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第二話

 大学生になった今でも大里香苗(おおさとかなえ)は時々黒田芽衣(くろだめい)のお見舞いに通っている。

 大里にとって大学の通り道と言う事もありそこまで負担ではないが、今まで一度も芽衣が真面な精神状態に戻ったと聞いた事はない。


 彼女は何を見たのか、何があったのか。


 それについて不思議と考えていた。


「ねえ、芽衣。私もう大学三年生になったんだよ」

「…………」


 芽衣はいつも通り反応を示さない。いつものように目を見開き、ただ天井を見続けていた。


「ねえ、芽衣。私時々考えるんだ。芽衣があそこで何を見て、何があったのか。子供の時からずっと一緒だったから知ってるけど、あんなに精神力のある芽衣がこんな事になるなんてよっぽどショックを受けたんだね」

「…………」

「でも私は待ってるよ。芽衣が帰ってくるの。その時には私は何歳になっているかわからないけどね」


 大里は小さく力なく笑う。

 しかし、それに答える者は誰もいない。


 生活感のない個室の病室に、本来はそれが当然であると言うかのように沈黙が再来する。しかし、大里にとってそれは慣れたもので、沈黙の中で黒田と共有している空間を楽しむのであった。


 暫く沈黙が続いた後、

「芽衣。今日は私もう帰るね。レポートがまだ残ってさ」

 と言い立ち上がる。


「じゃあね」


 そう言って黒田の隣を通った時、

「………っ」

 と、声にもならない音を聞いた。


 それが本当に声だったのかどうかは分からない。もしかすると外でなく鳥のさえずりを聞き間違えただけかもしれない。

 それでも黒田が声を発したのだと信じたかった。


「芽衣!? 今喋った?」


 そう言って黒田のもとへ大里は駆け寄る。苦しそうな表情を浮かべた黒田の口元が少しだけ動いている。


 何かを伝えようとしている。


 そう直感的に感じた大里は一言も聞き逃さないように口元に耳を当てる。


「……すて、ィ……し……ォん」

「え、なんて? すていしょん? とりあえず先生を呼んでくるね!」


 そう言って大里は急いで病室を飛び出した。

 廊下に出ると一人の看護師が歩いており、チャンスと言わんばかりに大里は話しかける。他の患者もいたが、今の大里は彼らに構っている余裕はない。


「看護師さん!」

「え、はい!? どうしましたか?」


 呼ばれた看護師は大里の形相に驚きながらもしっかりと対応する。


「あの、ここの病室で入院している芽衣、じゃなくて黒田さんの見舞いに来ていた者なんですが、あの、今、声を」


 看護師は少し困ったような表情をしている。それには大里も気付いていた。しかし、余りにも大きな驚きによって思考を混乱されており、無意識のうちに今までで一番と言えるほどの速度で話をしていた。


「えっと。まず落ち着きましょう? もう一度ゆっくりとお願いします」


 案の定、看護師は内容を聞き取れていないようだった。大里は自身を落ち着かせる為に深呼吸をした後、大里は再度看護師に尋ねる。


「はい。すみません。あの、三○二号室で入院している黒田の連れなんですが、先程彼女が言葉らしき声を発しまして。一度彼女の様子を確認して貰ってもいいですか?」

「えっ! あの黒田さんが……。……分かりました。一度先生に声をかけてから向かいますので、先に戻って患者さんを見ていて貰ってもいいですか」


 看護師は驚きの表情を見せた後、そう言い残しナースステーションへと急いで向かう。大里はその様子を確認する事なく黒田の病室へと引き返した。


 暫くして病室に医師と先程の看護師が入ってくる。

 医師は一礼をした後、「貴方が黒田さんのお連れさんですか?」と大里に尋ねながら黒田の傍へ歩み寄る。


「はい。そうです」

「そうですか。彼女はなんて呟きました?」

「えっと、ステーションって」

「ステーション、ですか……。確か彼女がこうなった原因って」

「はい。駅で起こった事件が原因です」


 医師は大里に確認した事を頭の中に収めつつペンライトの光を目に当てる。

 そして左右の眼を確認した後、聴診、触診の順に診察を行った。


 大里はその行為が何の目的で行っているのかは知る由もないが、ただただ祈ることしか出来なかった。


 その身体診察を終えた後、

「黒田さん! 黒田さーん! 分かりますか!」

 と大声を出す。


 そしてその後の反応を見るかのようにピタリと止め、無反応の黒田の様子を観察した。

 暫くその様子を確認していたが、何かに納得したように小さく頷き、大里の方を向いた。


「……やはりまだしっかりとした反応は見られないようです。ですがもう一度きちんと再検査した方が良いかもしれません」

「……そう、ですか」

「でも、貴方がこうして何かしらの彼女の兆候を見つけてくださったのは本当にありがたいです。もしかすると、貴方の声に反応したのかもしれませんね」

「そうですか!」

「ええ。これからも貴方の苦にならない範囲で彼女に声をかけてあげてください」

「はい!」


 大里は自分の声に反応したと言われて満更でもないが、それを押し殺して返事をする。


「では一旦私達は戻りますね。そろそろ夜も更けて来ていますし貴方も気を付けてくださいね」


 医師の言葉を聞いて大里は病室に掛けられた時計を見る。

 時計は七時を少し回った所だった。


「はい。そうさせて頂きます」


 医師はそれを聞いて頷いた後、病室を後にした。

 それを確認し、大里はもう一度黒田に話しかける。


「ねえ。芽衣ちゃん。私の声を聞いて反応してくれたのかな? 少ししか聞けなかったけど私は嬉しかったよ」


 そう言って大里は黒田の温かな手を握る。


「絶対帰ってきてね」


 そう言って目を瞑って祈った。




 夏という事もありまだ太陽の光は微かに残っている。しかし、もう数分としないうちに沈むだろう。

 いつもよりも遅くなってしまった事もあり大里は帰路を急ぐ。


 大里はいつも通り地下鉄弓張(ゆばり)駅の改札を通り、ホームで電車を待つ。

 この近辺は閑静な住宅街に当てはまるためかこの駅に降りる人は多い。しかし、この駅から乗る人は少ない印象を受ける。

 そして、それを示すようにホームで待つ人は非常に少なかった。

 それにしても電車は中々来ない。

 普段この時間の電車には乗らない為あまりわからないが、この時間は本数が少ないのだろうと大里は考えていた。


 それから更に暫くしてようやく電車が訪れる。


「この電車は只今五分遅れで運航しています。お客様にはご迷惑お掛け致しますが、何卒ご了承願います」


 いつもの無機質なアナウンスではなく、人間の声でアナウンスが流れる。


「やっぱり遅延してたのね」


 大里は地下鉄で遅延なんて珍しいと思いながら独り言を呟く。

 そして大里はその遅延した電車に迎い入れられるように乗り込んだ。


 車内を見渡すと座席はガラガラで、乗っている人物は数えられる程度しかいない。

 その人数と比較すると大きすぎる椅子に大里はゆったりと腰掛ける。


 少しして発車を表すメロディーを鳴らしてから電車の扉が閉まる。

 そして小さく車体を揺らした後、その電車は走り始めた。


 地下鉄の車窓から見える景色は黒色で代わり映えしない。そんな景色はもう何百回と見慣れた物のはずであるが、大里は無性に車窓の外が気になっていた。

 もしかしたら今日あの事件について深く思い出していたからかも知れないと大里は半ば無理やり結論付け、気分転換にスマートフォンを取り出す。


 スマートフォンの電池はちょうど半分。この携帯電話を使用して二年を過ぎる頃だと考えると妥当だろうか。

 とは言え、自宅に帰るまでには十分に持つだろう。

 大里はそう考え、漫画のアプリを開いた。




 数駅進んだ後、大里はいつもと代わり映えしない車窓をちらりと見る。

 勿論何かあるはずがない。

 しかし何故か気になる。


「もう。仕方ないなぁ」


 小さく自分自身に言い聞かすように大里は出入口の窓から外の景色を覗き込んだ。

 もちろん見えるのは無機質な壁ばかり。そこに何かを見出す方が難しい。


「やっぱり気のせいよね」


 大里が心の中でそう思った瞬間、走る電車が急ブレーキを踏む。


 キィィィーーー!!


 そんな甲高い音を立てて電車が滑るように走る。それとともに強烈な衝撃が持続的に車内に広がる。

 もちろん中の人が無事な訳がなく、あらゆるものに衝撃が加わり、その恐怖や負荷を叫び声に変えて外に放つ。

 大里も例外ではなく、

「きゃああああ!!」

 と叫びながら、吹き飛ばされている途中で掴んだスタンションポールに必死にしがみ付く。

 そんな騒ぎが数秒続いた後、ようやく電車は止まった。


 この長いようで一瞬だった出来事の後に元気でいるものなどいない。大里を含めた多くの乗客は今自分が生きていることを確認するだけで精一杯だった。


 一瞬電車の照明がパチパチと点滅する。しかし、大里はそんなことを気にしていられる程の余裕はなかった。



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[良い点] コンパクトな会話文と状況説明で話の内容が分かりやすかったです やっぱり夏はホラーですよね あと、本当に『ステーション』=『駅』を指しているのか気になります!
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