⑥「妄想系後輩」
放課後、いつも通り図書準備室の扉を開ける。
「う~っす」
「あっ、先輩っ! ……お疲れ様ですっ!」
俺を労ってくれたのは俺の後輩である喜納さん。
整った顔をころころ変えて作られる表情は可愛らしく、ボディランゲージも激しく黒髪を高めに結んだポニーテールが本当の馬のように揺れる。……そこまで頭下げなくて良いって。
俺が通う高校は強制的に部活動に参加させる……というわけではないが、一応部活には入っている。
そして俺は二年生のため、先輩がいれば後輩もいる。……今日は、一人しか来てないようだが。
でも、その事に関しては起こる筋合いはない。
「活動日じゃない日に来てくれるのは、喜納さんくらいだよ」
「むむっ! この前可愛いあだ名付けてくれたじゃないですか! それで呼んでくださいよ」
「気恥ずかしいからイヤだ」
あだ名ってのは親しいヤツに呼ばれるものだ。
まだあまり親交が無い一つ上のヤツに言われたって嬉しくはないだろう。
「ていうか、活動日じゃない日は別に来なくていいんだぞ? 鍵もわざわざ職員室に借りていってまで……」
俺と喜納さんが所属する文芸部は活動日が定められており、それ以外の日は部室に来る必要が無い。
だから来るのは、家で宿題をやりたくない俺や、目的は分からないがわざわざ鍵を借りてまで部室に来る喜納さんくらいしかいないのである。
「まあ、今日はすぐにやるべき宿題が出なかったし、様子を見てすぐに帰ろうと思っていたんだが……」
「え!? じゃあ、先輩もう帰っちゃうんですか?」
そんなに驚くことか? 俺、いつも宿題やってるの知ってるよな?
「あ……あぁ。暗くなる前に帰った方がいいぞ、と言いに来ただけだ。最近物騒だしな」
「他人事のように言わないでくださいよ。それに……先輩が送ってくれればいいじゃないですか!」
他人事のようにって言われても……まぁ、先輩ではあるけどさ。
でも、俺が送るのは筋が違くない?
「まぁとにかく、早く帰りなってこと」
「でも、運動部とかは遅くまで活動してますよ」
そう言うと、立ち上がり図書準備室の窓を全開にした。
『いけ~! こん部~! かっ飛ばせ~!』
『あぁっ! 空をと部ペットボトルロケットにぶつかった!』
『I can fry!』
『ちくわ部~、ファイト~! せんぱ~い、ファイト――』
「え~、先輩どうして閉めるんですか?」
「いや……入る高校間違えたかなって思って」
近さと偏差値と倍率だけで決めたが、もっと考えた方が良かった気がする。
この学校の部活創設システムは余りにもゆるゆるで、五人集めて部活名と内容と部員の名前を、担任教師からもらえる「部活動創設届」に書いて承認されれば、簡単に部活を創設する事ができる。
しかも、その「承認」のハードルはあまりにも低く、高額な設備を必要とする部活や明らかに学校敷地内で出来ない部活以外は簡単に承認される。
ちなみに「空をと部」は、空への憧れを叶えることを目標としているらしいが、ラジコンヘリやドローンは購入を承認されなかったためペットボトルロケットを研究しているらしい。現在は人に装着させる計画が進行しているとかしてないとか。
そんなわけで、この学校には、おかしな部活が大量にあり、部活動紹介に配られる冊子はかなり混沌な事になっている。
さっき学校の前で聞こえた部活名もその冊子にはしっかりと載っており、毎年クレームの電話が来るらしい。大丈夫かよ。
「でも、私は先輩と同じ高校に入れて良かったですよ!」
まぁ、さっきのは冗談だ。合格できたのは嬉しかったし、良い後輩に恵まれたのもなかなか嬉しいものだ。
「おう、じゃあな」
「ええ、さような――え? この状況で帰るんですか!?」
どの状況だろう……
「待ってくださ~い! 加藤さんに言いつけますよ~っ!」
……どうやら、これから話し合う必要があるようだ。
喜納さんに付けたあだ名は何でしょう? めちゃくちゃシンプルです。