第四話14 『名古屋市一周旅行⑭』
「……今、こんなところに高速バスなんて来るのか? みたいな顔をしましたよね」
「し、していませんよそんなこと……。ちょっと心を読むのが多過ぎやしませんか」
「うん? もしかしてほんとうにそんなことを思っていたのですか。前半と後半で言っていることが真逆のような気がしますが」
そりゃあ、反転ぐらいするだろう。一文の中で、文意が二転三転することぐらい良くある話だ。日常茶飯事と言っても良い。
「でも、実際思ってたの……。こんなところに高速バスは来るの? 高速バスって、普通のバスとは違う……もっと大きなバスなんでしょう?」
久しぶりにクレアが口を開いたと思ったら、高速バスについての単純な疑問だった。
うん、まあ、いや、その通りではあるのだけれど……。
「さあさあ、来ましたよ皆さん。本日最後に乗るバスが」
有松町口無池のバス停にやって来たのは、普通の路線バスだった。しかし、行き先表示には高速1と書かれている。……他にも高速バスがあるのだろうか? しかし、どう見ても普通のバスだ。高速バスというのなら、もっとちゃんとした大型バスで、通路に立って乗ることなんて出来ないものとばかり思っていたけれど……。
「あ、言い忘れていましたが。……あの切符と一緒に十円支払ってくださいね? 事前に言っておかないといけませんけれど」
「……え?」
高速料金が十円でオッケーってこと? だとしたら、破格の値段過ぎる。嘘なんじゃないかって思ってしまうぐらいだ。ほんとうにこのバスって高速乗るんですよね? しかも行き先表示が栄になっていますけれど、ここから栄まで何時間かかる計算なんでしょうかね?
とまあ、そんな思惑は無視する形で、僕達はバスに乗り込むのだった。バスには人が疎らに座っていたので、難なく後部座席を手に入れることに成功した。まあ、それならそれで良いのだけれどね。実際、後部座席の方が景色は良いし。
しかし、やはり設備はただの路線バスだな……。良く見るとシートベルトはあるようだけれどね。でも、このスペースだと普通に立ち席も有りになっちゃうけれど、オッケーなのだろうか?
「発車しまーす」
アナウンスを聞いて、僕は目を丸くする。何故なら次のバス停が、東郊通三丁目だったからだ。ちょっと待ってくれ、東郊通って鶴舞とかあの辺だよな? どうしていきなりそこに行くことになるんだ……。ノンストップで通るってことか?
「まあ、見ていなさいな」
しばらく進んで右に曲がり、少し景色が開けてきた。そして高速道路の直下にあるインターへと続く道路を左に曲がり――そのまま高速道路へ進入したではないか。
「ちょ、ちょっと……。これってどういうことなんですか! 高速バスでも何でもない見た目なのに、いきなり高速行くとか聞いていないんだけれど」
「これぞ、名古屋市営バス唯一の高速バス、高速1号系統の醍醐味なんですよねえ……。わかんないですか。実は高速と言っておきながら、名古屋高速しか通らないんですよね。名古屋高速は高速道路ではなくて自動車専用道路なので、割とその辺りルーズなんですよ。そうじゃないとやっていけないというか。十円で高速に乗れるのも、同じ運営だからこそ出来るというか」
「同じ運営? ……ああ、名古屋高速と名古屋市営バスはどっちも名古屋市が運営しているんだっけか。と言われても、ほんとうに十円で乗って良いのかちょっとだけ心配になってくるな……」
高速道路なので、普通の道路と比べるとカーブが緩やかだし、スピードもそれなりに出している……と思う。でも自動車専用道路だと制限速度は高速道路のそれとは見劣りするんだったかな? 確か七十キロとか六十キロとかそれぐらいしか出せなかったような気がするけれど。
「次のバス停までどれぐらいかかるんでしょうか?」
クレアの問いに、僕は首を傾げる。うーん、確かにどれぐらいかかるんだろうな。実際、名古屋市の端っこからずっと高速を使って中心部まで向かう訳だけれど、流石にそれだけで五分しかかかりません、はないだろうし。もし高速が混んでいたらもっとかかるだろうし、それについては大体これぐらいかかるだろうな、としか言いようがないんだよ。
「えーと、確か二十分ぐらいでしょうかね。実際、高速は早いですけれど、そこからは制限速度を守らないといけませんからね。それに、今まで乗り続けてきたのなら分かるかと思いますけれど、バスって色々とルールを守って運転していると思いませんか?」
最上さんはいきなり質問をし出した。質問というよりは問題? それを言ったところで何を言っても無駄のような気がしてならないけれど、そこまでは気にしていないってことなのかな。最上さんの問題について、僕達は考えないといけないのだろうけれど……。
とまあ、考えたところで正解というのは導き出せないものなんだけれどね。導き出せたら苦労しないよ。テストの正解が全て分かっていたら苦労しないのと同じ。逆に言ってしまえば、正解を全て分かっている人間が百点の点数を取れるかというとそれは無理に近い。例えば、証明問題や説明問題が出てきたらどうするんだ、という話。答えが二十五という問題があるとして、それを答えるだけで正解にしてくれる問題は少ない。選択肢に二十五があれば、それを選択することで問題ないのだけれどね。
「さて、それじゃ正解と行きましょうか。……バスって、社名が書いてあるじゃないですか。それにカメラと乗客という逃れない視線がありますから、証拠が残っちゃう。だから、変な運転が出来ない……って訳です」
「いや、それって社名が入っている車だったら何でも入りませんか? バスのほかにもタクシーに郵便車……後は社有車もそれになりますかね。だからレンタカーになるんでしょうか」
何か会社によっては、クレームを避けるために敢えてレンタカーで使っていることが多いって聞いたことがあるけれど、何処までほんとうなのかな? 聞いてみても良いけれど、統計を取ることは多分出来ないだろうな。だってバレちゃうし、この会社はレンタカーでこの会社は社有車があるってことを。それはリスキーだよ。
「そうですねえ。確かに、私はそこまで気にしていないんですよ。だってねえ、そんなことクレームを入れようとする人間の方が少数派な訳ですよ。普通に経営をしていて、普通にお客さんの信頼を勝ち取っていたら、ね。けれど、どの会社でも一定数は居るんですよ、クレームを入れる人というのが。そしてクレームを入れる人のために無駄にお金をかけたくないけれど、一番手っ取り早い方法が『そもそもクレームが起きないようにする』ということである訳で……。企業だって色々と大変らしいですよ、私は務めていないですけれどね」
じゃあ、いったいそれを何処から聞いたんですか、最上さんは。




