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魔法少女は笑わない  作者: 巫 夏希
第一話 魔法使いがやってきた!
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第一話5  『帰り道の一幕』

 ここだけの話、女性の家に上がるというのは初めてのことだった。幼稚園や小学校に通っていた頃も、親曰く、何処か大人びた様子の子供で群れを成すことがなかったと言っていた。所謂、一匹狼という奴だった訳だ。でも裏を返せば、そういう明るい話題に何一つかすりもしていなかった、と言えばそこまでの話である。しかしながら、どう言葉を並べ尽くしたところで、僕が女性の家に上がったことがない事実は覆ることはない。いや、覆したところで何が変わるというのだろうか。何も変わらないと思う。普通、こういう時、一般の男子中学生なら興奮の一つでもするのだろうか? 僕は普通の男子中学生とは違うから、それよりも興味の方が勝っていたのだが。


「さっきからどうしたの、何か考え事でもして。もしかして予定でも入ってた?」

「いや、そんなことはないよ。こんなことを大々的に言えるのは、寧ろ恥ずかしいことなのかもしれないけれど、僕のスケジュールは真っ白だからね」


 まあ、つまり予定は零という訳だ。――何の話をしていたんだっけ? ああ、そうだ。そうだった。僕は興奮というよりかは興味の方が幾分勝っていた。どうしてかと言えば、それがただの女子中学生ではなく、魔法使いだったということだと思う。魔法使いって普通に聞いていると、やっぱり何処か世俗とは離れたような類いなのかななんて思ったりする訳だけれど、しかしながら、僕自身の価値観としては教科書に載っているような人種、という答えに至ってしまう訳だ。例えるなら、今僕は間宮林蔵と一緒に歩いているような、そんな感じかな。間宮海峡の名前の由来にもなった歴史上の人物と一緒に歩いているような、そんな不思議な感覚に陥ってしまう、という訳だ。それが何処まで正しいのか、正直僕にもさっぱり分からない訳だけれど。

 僕とクレアは交通量の多い道路の歩道を歩いていた。名古屋市は車社会だから所々に車線が多い道が多く見受けられる。百メートル道路と言われる久屋大通が良い例だろう。初めて見た時は、この道路一杯に車で埋まることはあるのだろうか? なんて思っていたけれど、それは案外ラッシュ時に目撃されることになる。そこを通るバスに乗った時は、もうご愁傷様と言うほかない。

 そして、その道路を車はスピードを上げてどんどん通過していく。皆、何処へ向かうというのだろうか? 遠くへ行くというのなら、適当な入口から名古屋高速に乗れば良いし、昨今のエコブームを鑑みれば鉄道でも乗れば良いのだろうけれど、地下鉄が名古屋市全部に通っているかと言えばそうではなく、例えば北東部の守山区の大半や西部の港区の大半などはそれに該当しない。ではそのエリアでは交通はどうしているのかと言えば、前者ではゆとりーとラインという鉄道なのかバスなのか良く分からないけれど取り敢えずバスだろうな、みたいな交通手段が設けられているし、後者に対しては他のエリアに比べて――正確に言えば、名駅や栄といった名古屋市の中心部に近いぐらいの――バスの路線網が広がっているので、そこに関しては気にする必要はないだろう。まあ、なくても自家用車で何とかしている訳だけれど。


「それにしても、この街って車が本当に多いよね」

「クレアの住んでいた……その、」

「別に口ごもる必要はないよ。別に、昔みたいに魔女裁判が行われたり魔女狩りが行われたりする訳でもないし。寧ろ今は科学文明と魔法文明は共存しよう、なんて言ってるところなんだから。それについては、気にする必要はないと思うの」

「……そうか。だったら言わせてもらうけれど、君の住んでいた、魔法都市じゃ車は走っていなかったのか?」

「うん。あ、でも走ってなかった訳じゃないよ。ただ、科学技術がこの街みたいな場所に比べると、二段階ぐらい遅れてるような感じなんだ。高度経済成長期、って言うのかな? それぐらいの技術レベルは到達してると思って良いと思うよ。一応、この国の政府と協力関係にあるとは言っても、人々が皆科学技術に汚染されちゃったら、それこそ魔法がなくなっちゃうなんてことになるんだもの」


 汚染、ってそりゃ大げさな――なんて思ったけれど、世界各地で起きている先住民族の文化を新しくやって来た人間によって潰している事例は、この国を含めて多数確認されているので、はっきり言ってそれを否定することは出来なかった。僕がそんな偉い人間という訳でもないけれど、僕の知っている限りだと、その価値観は要確認といったところだったのかもしれない。


「あ、別に今の人間が悪いとは思ってないよ。だって科学は必要だと思ったから、存在してる訳だし。それが存在してなかったら、今の人間はここまで繁栄しなかったかもしれないんでしょう? だったら、別に悪いことじゃないかな、って思うんだ。あ、でも、魔法が使えなく鳴っちゃうのは嫌かな」

「やっぱりそこはそう思うんだな……」


 でもまあ、それは当然かもしれない。だって、今まで魔法を使っていたのに、魔法が使えなくなる――なんて事態が起こるかどうかは分からないけれど、もし起こったとしたら、全世界の魔法使いが暴動を起こすかもしれない。僕は魔法のことを、教科書で学んだ以上のことは知らないけれど、しかしながら、昔はそれが近代兵器に勝るとも劣らないぐらいの実力を持っていたことは知っている。ということは、実力のある魔法使いは、一つの近代兵器を一つ所有しているに等しい、という訳だ。かつては魔法使いを取り合って裏で様々な取引が行われていた、なんて噂も聞いたことがある。そう考えると、成る程、そうなるのも致し方ないのかな、と思う訳だ。まあ、平和ボケしている人間の考え、と言われればそれまでなのだけれど。


「ここが、私の家」


 ある場所で立ち止まったクレアは、目の前にあった建物を指差した。そこは喫茶店だった。名前は聞いたことないけれど、その建物の佇まいからして、長くこの場所で続けてきたのかもしれない。それにしても、この家はいったい誰の家なのだろうか?


「なあ、クレア。ここには君の家族が住んでいるのかい?」

「いや、ここには居候させてもらっているの。正確に言えば、『居候制度』というものを使ってるのだけれど」

「居候制度?」

「詳しくは、中に入って話すの。さ、入って」


 扉を開けて、僕を先に中に入れようとするクレア。一応僕が客人だからそのような態度を取るのだろうか。そう考えると、少しこそばゆさも覚えるけれど、ここで物怖じしていても仕方がない。僕は取り敢えず喫茶店の中に入ることにするのだった。

 喫茶店の中は、誰も居なかった。カウンターと、テーブル席が幾つかある、至って普通の喫茶店だった。カウンターの中では一人の女性が、この喫茶店には似つかわしくないような割烹着を着て、皿洗いをしていたのだが、僕が入ってきたのを音で確認して、こちらを見ていた。ちょうど、目が合ってしまった。いや、見ず知らずの人と目が合うのは非常に気まずいな。まあ、でも、恐らくはクレアの関係者なんだろうけれど。


「いらっしゃい。……あら、ボウヤ、お一人?」


 艶っぽい口紅をした唇から発せられた声は、何処か妖艶な雰囲気を漂わせる。行ったことはないけれど、夜のお店でそのまま働いていそうな、そんな感じだった。行ったことはないけれど。


「ただいま、最上さん。ちょっと一緒に帰ることになって。アイスココア二つお願いしたいの」


 僕の背後からひょこっと顔だけ出してくるクレア。

 それを見て最上さんと呼ばれた女性は笑みを浮かべると、


「はいはい、分かりました。手はきちんと洗うんですよ」

「ありがとうなの!」


 そう言って店の奥へと走って行くクレア。このままだと何処に行ったら良いのか分からなくなってしまうので僕も追いかけることにした。見ず知らずの人が住む見ず知らずの家は、あまり居心地が良いものではないからな。そう思って店の奥へと続く引き戸――その引き戸はクレアが開けたままとなっていた。僕が入るのを見越したのか、閉めるのを忘れていったのかは分からない――を閉めようとして、また最上さんと目が合った。最上さんは何も言わずにただにっこり笑みを浮かべていた。その笑顔に僕は少しだけ恐怖を覚えてしまい、逃げるように引き戸を閉じてしまうのだった。それが悪い行為であることは、重々承知していたのだけれど。

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