第四話10 『名古屋市一周旅行⑩』
そんなことを話していたら、小さいバスがやって来た。バスの幕には地域巡回バスと書かれている。成る程ね、こういうバスは赤字路線だからなるべく維持費の関係で小さいバスを使うんだろうな。或いは、細い道を通るから小回りの利くバスを使うってことなんだろうか?
「これに乗って、イオンモールまで行けるんですよね?」
「そうですよー。イオンモールで食事と洒落込みましょう。しかし、まだまだ旅は終わっていませんからね。……それにしても、長い旅ですよねえ。何だか一日で終わっていないみたいですよ」
それ、あんまり言わない方が良いと思いますよ。何というか、メタいので。
「とにかく乗り込みますか」
そう言われたからには乗り込むしかなかった。バスには運転手以外誰も乗っていない。始発だし当然と言われれば当然なのだけれど、周囲に住宅と家具店しかないこのバス停から誰か乗ってくるのかと言われると疑問は残る。というか、どう足掻いても乗ってこない気がする。逆はあるかもしれないけれど。あれ? でもイオンからこっちに乗ってくる人が居るとするなら、こっちからイオンにやって来る人も居るはずか。そうじゃないとどうやってイオンにやって来たんだという疑問が払拭されない。
「ちょっとごめんよ」
僕達が乗り込むのと同時に、運転手が外へ出て行った。バスを置いて何処へ向かうつもりなんだろう?
――とそんなことを思っていたら、バス停から少し離れた位置にあった建物に入っていった。あそこが運転手の詰め所ってところか? でも、それにしては狭いような気もするが……。
「あれはトイレですね。長時間運転しますから、トイレはこういうときじゃないと出来ないんですよ。……ほら、特に今は出発時間まで三分ぐらい時間が余っていますからね。そのタイミングで行かないと次いつ行けるか分からない訳ですし。流石におむつをつけて運転する訳にも行きませんからね」
「……ほんとうにバスについては色々と詳しいですね。クイズ番組にも出たらどうですか?」
「そんなコネクションがあるなら話は別ですが。実際はそんなコネクションがないのが実情ですよ。あったら苦労しませんし、さっさと出ていますよ」
出る気はあるのか。
「……おや、戻ってきましたよ。多分時間も……うん、ちょうど良いですね。じゃあ、出発まで待ちましょうか」
と言った矢先、出口のドアが閉まり、バスはゆっくりと河合小橋のバス停を後にした。滞在時間十分も居なかったような気がする。因みにここまで連れてきたバスは三分ぐらいで折り返していったので遭遇していない。きっとその場面に遭遇していたら、僕達をバス好きなグループぐらいにしか認識しないのかもしれない。まあ、半分正解ではあるけれど。
◇◇◇
「待たせたのう」
エレナが僕達との集合場所――イオンモールのフードコートである――にやって来たのは、連絡をしてから三十分後のことだった。寧ろ良く三十分で来てくれたものだと思う。普通ならぶつくさ文句を垂れながら一時間ぐらいでやって来るか、電話でああだこうだ文句を言ってから結局来ないというケースの二通りしかないと思っていたのに。
「……何か私について、言っておきたいことがあるなら言っておいた方が良いと思うが?」
「いえ、まったく」
それを言ったところで何も改善されないのは分かりきった話だし。
「ところで……何をするためにここに呼び寄せたのじゃ?」
「いやー……ははは」
「実は名古屋市一周旅行をしておりまして。そして、ここで夕食を食べようと画策していたのですが……。以前、クレアちゃんがお世話になったと聞いて、一度話をしておきたいなと思っておりまして」
最上さんが全て説明してくれた。ラッキーと言えばラッキーだし、当たり前と言えば当たり前なのだけれど。それについては別に間違ったことは何一つ言っていないから、別にフォローすることもない。
「……ああ、そうじゃったか。で? おぬしは、クレアの保護者か何かか?」
「……話とか、しとらんかったかのう?」
「さあ。どうだったでしょう? 私、記憶力が乏しくて……。一応、お店を経営している時点では何の問題もないのですが」
日常生活に支障が出ている時点で大問題だと思うけれど。
「……で? 食事というなら、何故ここを。別にフードコートでなくとも食べれるじゃろうよ。ここには色々なお店が軒を連ねとるんじゃから」
「それなんですけれど……」
「私がそうしたいって言ったの。食べたことない物が、まだまだ沢山あるの」
クレアが目をキラキラさせながら、エレナに言った。
エレナは深い溜息を吐いた後、話を続ける。
「まあ……それなら分からんでもないか。魔法使いは基本的にこちらの世界の常識を知ることはあまりない。外に出ようと思わない限り、魔法都市の学校で習ったことしか知り得ないとも言われとる。それを考えるならば……クレアの無知も頷けるというもの。無知の知、とも言うからのう」
「今はもう少し開かれたようになってはいるけどね……。でも、魔法都市が国際社会に取り残されてるというのは、紛れもない事実。だからこそ、『魔女狩りの教皇』みたいな組織が暗躍するのかもしれないけど」
「そうそう。……その組織については、何か情報は?」
エレナの言葉に、クララは首を横に振った。
「……そうじゃったか。実は私も色々と調べとってな。まあ、実際に調査をするのは人形達じゃから、私は足労をかけることはないんじゃが……。ただ、雲を掴むような話じゃ。全くと言って良いほど、敵の情報は入手出来なかった」
「となると……」
「こちらから相手の本拠地に潜入することはほぼ不可能、ってことになるね」
もしかしてクララはそれを狙っていたのだろうか?
「しかしこちらも、やって来るのを待つだけでは何かと困るというものではある」
「それはそうだ。だが……」
「な、なあ」
そこで僕は口を挟む。何を言い出すんだと皆は一斉に僕を見た。何か期待をしているようだけれど、そんな簡単にいくほど世の中は甘くない。僕はただ、言いたいことを言って、責任は取りたくないだけだ。無責任だって? 学生に責任を取らせようというのが間違いなのだ。それぐらい理解してもらいたいものだね。
「……とにかく今は、予定通り食事にしないか? 最上さんの言っていたことが確かなら、未だ旅行は終わっていない訳だし……。その話し合いならいつでも出来るだろう?」
その言葉を、直ぐに受け入れてくれるかどうかは――また別の話だ。




