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魔法少女は笑わない  作者: 巫 夏希
第一話 魔法使いがやってきた!
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第一話1  『プロローグみたいな何か』

 僕がその、事件というか事故というか、どちらかと言えば事実に近い出来事に遭遇したのは、地下鉄に乗って繁華街へ向かおうとした時のことだった。僕が住んでいる、この一大都市である名古屋市の繁華街というのは、言わずもがな、栄であった。栄というのは名駅――つまり名古屋駅のことだ――からはバスや地下鉄で一本で行けてしまうのだけれど、僕が住んでいる場所からだと最低一回の乗り換えが生じてしまう。そういう訳で乗り換えをして、名古屋市をぐるりと一周している紫のカラーリングをしている地下鉄、名城線に乗り込むためにホームへ降り立った時のことだった。時刻は確か午後一時二十六分だったと思う。何故その時間を覚えているかと言えば、ちょうど電車がやって来たタイミングだったからだ。日本の鉄道は、JRだろうが私鉄だろうが、基本的に正確にやって来る。だから、時間を覚えていたという訳。


『間もなく、栄・大曽根方面、名城線右回りが参ります。黄色い点字ブロックの内側にお下がりください』


 そんな自動放送を聞いて、僕はそろそろ電車がやって来るなと思いながら、列に並んでいた。普通、日本人はドアが開く位置で二列に並んでいる。それは他の国ではあまり有り得ないことだって、インターネットで見たことがある。インターネットの知識は何処まで正しいかどうか分からないけれど。いずれにせよ、僕を含めた大半の人間は列を成して電車が来るのを待っていた訳だ。遅れは全くなかったはずだから、あまりイライラしている人は居ないように見えたけれど。

 と、ふと列の先端の方を見ると、一人の男性がホーム端を歩いているのが見て取れた。確かにホームは人でいっぱいだから、混んでいるところを通るよりかはそっちの方が良いのかもしれないけれど、しかしながら、そこを歩くのは正直安全性が確保されていないので意味がないと言える。多少混んでいてもホームの中心または壁際を歩いていた方が遥かに安全だからだ。実際問題、僕はそんな危険を伴う行動を取りたくない。取る必要も無いし、取る意味も無いし、取るメリットがないからね。

 さて、それはそれとして、その人間についてだが――特にふらついている様子もなく、のんびりと歩いている様子だった。中肉中背の男だった。恐らく半袖のシャツに、オープンシャツを羽織っている。背中にはリュックを背負っていて、何だか重そうだ。まあ、それ以外は特筆すべきこともないから、僕はただスマートフォンを眺めながら電車が来るのを待っていた訳だけれど――。

 叫び声が聞こえて、僕は直ぐに視線を戻した。

 何が起きたのか、と耳を傾けると――。


「誰か駅員呼べ!」「いや、それよりもホームに上げた方が良いのでは?」「馬鹿、そんなことしている暇なんてあるかよ!」「非常停止ボタンを押すべきだろ!」「間に合わねえよ、そんなこと言っても!」


 そんな言葉の洪水が耳に容赦なく押し寄せてきた。僕は訳が分からないので、前に歩くことにした。既に人だかりが出来ていて、前方の列の人間はそういう声を上げている人も居れば、スマートフォンを線路に向けて写真や動画を撮影しているような人も居る。SNSが流行しすぎた結果か。しかし、いったい何が起きたのかと思って、僕は人の柱を掻い潜りそちらを見てみると――線路の上に人が倒れていた。どうやら、さっきホームの端を歩いていた男のようだった。これは不味いだろ、どう考えても。急いで駅員を呼ぶか、緊急停止ボタンを押すかしないと不味いだろ。そう思って、どちらが早いかを考える。しかし、それよりも早く、電車のヘッドライトがホームを照らし出した。

 ホーム端に詰め寄る人間を威嚇するかの如く高い警笛(ホーン)を鳴らして、電車が駅構内に侵入する。運転手が線路上に横たわって動かない人間を見つけて、何度も警笛を鳴らすが、全く動かない。同時に、線路と車輪が摩擦してキィキィ音を立てながら電車が急激に減速していく。しかしながら、それでも間に合わない。あわや大惨事――と思わず目を瞑りたくなってしまった、その矢先。

 僕の一歩前を、一人の少女が通過した。

 赤いツインテールをした少女だった。そしてフリル付きの真っ赤なドレスを身に纏っていた。何というか、その少女を一言で言えば『赤』と言わざるを得ないようなそんな感じの少女だったのだけれど――そして、あまり必要ない情報を言うならば、僕と同い年ぐらいの少女に見えたのだけれど――しかし、少女は僕達のような動こうとして動けない人間や今の状況を楽しんでいる観客と混ざり合っている人々の集合から一歩前に出て、両手を合わせた。

 それだけだった。

 それだけのことだったのだ。

 刹那、極端に音が低くなった。どんな音が、と言われたらこう答えるしかない。全ての音が、だ。ホームの階段前で聞こえる、視覚障害者に階段であることを報せる電子音(言ってしまうと、その電子音と電子音の間隔も心なしか長く感じた)、向こう側のホームに居る人々の叫び声、電車が鳴らす警笛、全ての音が低くなっていった――と思っていたが、僕の周りに居た何人かの人間も、僕と同じ違和感を抱いていたようで、何が起きているのかさっぱり分からない様子だった。いったい何が起きているんだ、とそんな感じだ。

 そう僕含め多くの人間が呆気にとられていると、少女は踵を返した。


「そこ! 急いで、線路に倒れている人を助けなさい!」


 何人かを指して、そう言った。少女の言葉を聞いて人々は訳が分からない様子で、それぞれの顔を見比べていると――。


「良いから、早く!」


 完全に少女に圧倒されているようだった大人は、急いで倒れていた男を引きずり上げる。そして上げ終わったのを見たタイミングで、彼女はポケットから砂時計を取り出していた。青い粒状の砂がさらさらと下に落ちていくのを見て、彼女はほっと溜息を吐く。

 そして、安全になったのを確認して、彼女は右手を挙げて、指をパチン、と弾いた。

 それと同時に、世界が元に戻った。階段を報せる電子音、人々の叫び声、警笛、全ての音が元に戻り、そして男が倒れていた場所をゆっくりと通過していく電車。運転手の冷や汗をかいた、世界が終わってしまったような表情は忘れることが出来ない。

 僕は呆気にとられていたのだけれど、そういえば彼女は、と思って再び彼女に視線を移すと、彼女はもう居なくなっていた。

 そして、それが僕こと間宮和史と魔法使い黒津クレアとの出会いだった。


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