拝啓、もういないあなたへ
「さぁ、書いて」
先生の声が教室に響き渡った。
そこには、黒い枠線と黒い点線が並んでいるだけだった。
誰が書くもんか、とシャーペンを置いた。
「美香、何書く?やっぱ小説?」
「望美は?」
「うーん。願い的なものになっちゃうかも」
題材は15年後のわたしに対する手紙だった。
15年後、みんなで30歳になる。
結婚してるやつもいるだろう。
仕事に夢中になってるやつもいるだろう。
子供を産んで、頑張って働いているやつもいるだろう。
もしかしたら、ニートやフリーターもいるかもしれない。
「いいよなぁ、頭いいやつは」
なんて男子の声も聞けたりする。
たしかに今から頭のいい子は、もう未来設計図がばっちりと組み立てられていて、楽そうではある。
私は、将来の夢なんてものは、去年海に捨ててきた。
初めて売れた大切な一冊だった。
『拝啓、あなたへ』という本だ。
所謂ラブコメにするつもりが、最後はヒロインが死んでしまうという何とも皮肉な物語だった。
その切なさが響いたらしく、田楽文庫で大賞を取って、書籍化までして、自分の手元に届いた時は本当に本当に嬉しくて、涙が止まらなかった。
そして、本屋に並んでるのを確認したその日、その本を私は、海に投げ捨てた。
嬉しくて堪らないその本がもういらなくなった。
自分の本なんて、もういらない。
「で、どうするの?アニメ化してますか?とか?」
「うん、考えとくよ」
クラスのみんなのシャーペンの音が試験の時と同様にカチカチとサラサラと音が聞こえ始めた。
きっと真剣に将来のことを考え始めたのだろう。
私は考えに考え抜いた。
この意味のない手紙を必死に書いた。
いいだろう。担任は知ってるんだ。知ってて、この意味のない手紙を書かせてるんだ。書いてやるよ。
全身全霊で。
『拝啓、わたしへ
本、たくさん売れましたね。初めて手に取った時、信じられなくて親に見せた時も信じてもらえなくて大変でしたね。
私の大好きな切ない恋愛小説を自分の手で書ききることが出来て、それが本にまでなって、それが本屋さんに並んで。いつかドラマになってくれたりするのかな。
あの小説がこんな皮肉になるなんて思いもしなかったけれど、きっとそういう運命なんだと思います。
だから、そんな本もあれが最初で最後になるなんて私はとても悲しいですが仕方がないですね。
なので、この小説を最後にあなたに捧げます。
是非よんでください、天国で』