名もない物語
瓦礫の中を彷徨い歩く一人の少女。
彼女は背丈に会わないボロボロのパーカーを羽織り、これまた背丈に会わないぶかぶかのジーパンを履いている。
だがそれを指摘する者はここにはいない。
何故ならここにいる人達にとってサイズの合った服を着ている人の方が珍しいからだ。
彼女の綺麗な金髪の髪の毛は腰辺りまで伸び、埃でまみれ傷みきっていた。
だがそれを指摘するものはここにはいない。
何故ならここにいる人達は皆埃まみれで傷みきった髪をしているからだ。ここに美容院なんてあるはずもない。
この街にもかつては名前があった。大人たちに聞けばその名前がわかるかもしれないが、子供たちにとって、彼女にとってそんなことはどうでもいい話だ。
この街はかつて地図に載っていた。大人たちに聞けばその場所がわかるかもしれないが、子供たちにとって、彼女にとってそんな事はどうでもいい話だ。
この街もかつてはそれなりに栄えていた。砂漠地帯のに存在するこの街は近くの街々の中継地点に位置するためいつでも沢山の人が訪れ、そして去っていった。
今では訪れる人と言ったら銃やらミサイルやらで武装した集団くらいだろう。そんな武装集団も様々な人達がいる。どこかのお国の軍人やらどこかのテロリストやら。
でも彼らがどこの誰かなんて彼らは、そして彼女は気にしない。街に銃弾が飛び交おうと、昨日出会った人が道端で死んでいようと皆気にしない。そんなことは日常茶飯事。特に小さい子たちからしたらそんな日常しか知らないからだ。
そんな地球のどこかの国のどこかの街で少女は今日も瓦礫の中を彷徨い歩く。
その眼には何が映っているのか、何を考えているのか誰にもわからない。
「見つからないなぁ。どこにあるんだろ」
少女は誰に話すわけでもなく、誰もいない瓦礫の中でそう呟く。
探し物ができる時間は限られている。一日中そんな事をしているわけにはいかない。食料を確保する時間をつくらなければならないからだ。
少女は瓦礫の中から出ると何度か振り返りながら街の中心街に向かう。今日は何か食べられるかな?最後に食べ物を口にしたのはいつだったか。そんな事を考えながら街を彷徨う。
そんな時近くで銃声が響く。少女は急いでその音の鳴った場所を探す。すると近くの路地裏から武装集団が走っていくのが見えた。
今日はついているかもしれない。少女は胸の高鳴りを抑えその細い足を一生懸命動かして彼らが出てきた路地裏へと急ぐ。
そこには数人の武装した集団が血を流し倒れていた。身なりからすると彼らはどこかの国の軍人なのだが少女はそんな事気にしない。
急いで彼らに近寄ると慣れた手つきで彼らの荷物を漁る。するとすぐに目的の物が見つかった。そこになんて書いてあるかは分からなかったが、パッケージに描かれたそれは食べ物の写真だった。
「だ、誰かいるの、か?た、助けて、くれ」
死んだと思った軍人が少女に向かってその血まみれの手を伸ばす。少女は一瞬驚き彼を見つめるがすぐに興味を失ったかのように彼を無視して再び荷物を漁る。
その時間は一分にも満たなかったが少女は両手いっぱいの食べ物を抱えてその場を走り去る。軍人は涙を流しながら少女の背中を見つめ続け、そして事切れる。
「へへ。今日は本当に運がいい」
少女はさっきの瓦礫の場所に戻ると今日の戦利品を地面に置いて眺める。さて、どれから食べよう。小さいパッケージに包まれた棒状の物にしようか、この丸いものにしようか。
だが思わぬ戦利品に酔いしれて悩んだのが少女の運の尽き。
「いた!アイツだ!さっき路地から出てきたんだ!」
「よくやった。おい嬢ちゃん。これが何かわかるな?わかったら食べ物をよこしな」
少女が振り返ると3人の大人と一人の少年がいた。大人の一人が持っているそれを見た瞬間少女は諦める。それの名前は知らないけど、それの引き金を引けば人が死ぬ。それだけは知っている。
少女は黙って床に置いた食べ物から数歩横にずれると男たちはニヤリと笑いそれらを奪っていく。
「話の分かる嬢ちゃんで良かったよ。おかげで無駄な弾を使わずに済む。じゃあ行こうか」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!場所を教えたんだ!分け前をくれるってやくそ……」
少年が最後まで言葉をはすることはなかった。
「ったくうるせぇガキだな。無駄な弾を使わせやがって」
少年だった肉の塊を男は蹴り飛ばすと食べ物を食べながらどこかに消えていく。
「馬鹿だなぁ。そんなことをしたら殺されるに決まってんじゃん」
少女はそう呟く。ここでは人が死ぬなんて日常茶飯事だ。今の光景だって別に特別な事じゃない。だが少女の運は最後までは尽きていなかったようだ。
「へへ、でもやっぱり今日は運がいい」
少女はそう言うと下着の中に手をいれる。下着から手を出すと、その小さな手の中には小さな棒状の食べ物が握られていた。少女は声をかけられた瞬間とっさにそれを下着の中に隠していた。鞄なんて上等な物を持たない彼女にとってそこが唯一の物の隠し場所だった。
今度こそ誰にもと取られないようにそれを言の中にしまう。
念のため先ほどの路地裏に行くと案の定武装集団は丸裸で横たわっていた。ここの住人にとって下着の一枚だって中々手に入らないものだ。死ねば、いや、死ななくても油断すれば全てを奪われる。それがこの名もない場所の暗黙のルールだった。
再び瓦礫の中に戻ると少女は再び探し物をする。
一体いつから少女はそんな事をしているんだろう。少女自身もう思い出せない。彼女は此処に暮らし、そしてここで生きている。
そんな時瓦礫の中に小さなガラスの破片を見つける。少女は急いでその周りの瓦礫をどかす。
「へへ。やっぱり今日は運がいい。やっと見つけた」
その手にはガラスの割れた写真立てが握られていた。そしてその中には一枚の写真があり幸せそうな顔をした男女と、との腕の中には生まれたばかりの赤ん坊がいた。
「そっか。これがお父さんとお母さんなんだ。って事はこれが私?へへ。ちっちゃい」
誰に聞いたんだったか。少女の事を知っている人がいつだったか言っていた。「あんたの生まれた家は此処だよ」って。
それから少女は長い間それを探していた。両親の写真を。両親の痕跡を。
こんな街では親の顔も知らない子供など沢山いる。それでも、知らなくても、会えなくても、それでも彼らには親がいる。そして彼らにとってもそれは唯一の存在だ。
少女は写真を暗くなり見えなくなるまで嬉しそうに見つめていた。
この砂だらけの何もない街でも夜になると空に宝石たちが浮かび上がる。何故そんなものが空にあるのかは知らないが、少女はその光景が好きだった。
昔聞いた話だと街の向こうにも大きな街があるらしい。それは道はどこまでも続いていて、沢山の国や人が居るらしい。
話が大きすぎてよく分からなかったが、少女はそんな遠い景色をいつか見てみたいと思っていた。
一体どんな景色が広がっているのか。話によれば大人よりも大きな生き物や、見渡す限りの水溜まり、沢山の木々が生った場所まであるそうだ。
少女はそんな事をすでに暗くなり見えなくなった写真に向かって話しかけ続ける。写真を持っているだけで何となく一人じゃない感じがした。なんだか胸の辺りが温まる気がした。
「お父さんとお母さん、どんな人だったんだろ。優しかったらいいな。会ってみたいな」
少女はおもむろに立ち上がり空に浮かぶ宝石たちに向かって両手を胸の前で組み祈りをささげる。
と言っても少女は神様の存在も、ましてや祈り方なんて知らなかった。ただ何となく、そうしたらお父さんとお母さんに会える気がしたのだ。
ふと少女が瞳を開くと先ほどまで真っ暗だった辺り一面が昼間のように明るくなり、昼間の明るい風景の空に数えきれないほどの宝石が浮かぶ奇妙な光景に様変わりしていた。
「……綺麗」
それが少女が最後に呟いた言葉だった。
その瞬間地図にすら載っていないその街は完全に消失し、ただの更地となった。
街の事はしばらくすれば人々の記憶から消えるだろう。ましてや少女の事などだれも知るはずがない。
これはそんな地球上のどこかにあった名もない街の、名もない少女の最後の物語。
少女は両親に会えたんでしょうか……。
会えてたらいいな。