「集団自殺ごっこ」
「集団自殺ごっこ」
ジー‐‥‥ガシャン、
古いプリンターが悲鳴を上げながら紙が吸われてゆく。
そして無事三枚全て吐き出されるのを確認すると早々とパソコンの電源を絶った。
プリンターから吐き出された紙を強く握りしめ、あるオフ会の日程やソコへ行くための地図に目を走らせる。
東京……此処から二時間程度の所だ。
生まれて数十年、地元から出たことの無い、出ることもないと思っていたのに、最後の最後で生まれ育った場所を離れるとは。
プリンターの音が止むと今度は外のセミの羽音が聞こえてくる。
強く掴んでいた紙は気温のせいだけじゃない、手の汗でインクが少し滲む。
「あ、やべ、」
それにやっと気付くのも遅く、しわくちゃになってしまった。
紙を折り畳み、また大きくため息をした。
「はやく、」
母さんが帰ってくる前に、家を出なければ。
俺は買ったばかりの新しい財布とを紙を着ていたパーカーのポケットに突っ込み、部屋を見渡した。
愛用していたコンポも、小さい頃クリスマスに貰ったプレステも、漫画も、全て無くなった。
「…?」
本棚に何冊か、小説が残っている。
自分で売り払ったくせに、残していた事自体忘れていた。
薄っぺらい、短編小説。
小さい頃から持っていて、今はもうカバーも無くなっていて、落書きが何ヵ所か―‐、名前の部分が、クレヨンで塗り潰してあって著者が誰か分からない。
急に懐かしくなって手に取り、適当なページの所で今しがたポケットに入れた紙を挟みまたポケットに突っ込んだ。
―これぐらいだったら、誰かなんて分からないだろう―‐、
小説と財布で少しかさばるがカバンに入れて持っていく訳にはいかないから、少し膨れた腹を気にせず部屋を出た。
ホコリっぽい廊下。
最後に掃除をしたのはいつだったかー‐‐
父さんがいた時?
いや、
母さんがーーーーーーー
ピンポーン。
びくり、
ゆっくりと軋む階段から降りてゆく足を思わず止めてしまった。
***
ピンポーン、
ハァァァ。
ため息混じりの紫煙を吐きながら畠野警部は自分の役職を恨んだ。
警部。
よりによって警部。
自分は巡査とか、下で文句言ってるほうが性に合ってんだよ、
上の事情だとかで勝手に昇進されてもなぁ。
ハァーーー…。
今度は本当にため息を吐きながら、薄手のコートのポケットから出した携帯灰皿に煙草を押し潰すように火種を消す。
少したってから開けられた扉には見知った顔がひょっこりと出てきた。
「あ、畠野サンだー、お疲れ様ですぅ。」
相変わらずのしかめっ面、と続いてへにゃりと目元に皺を作りながら笑う。
後輩の佐久間だ。コイツも相変わらずヘラヘラと笑顔を振りまいている。
佐久間を軽く小突きながら家へ入る。
「母親は?」
畠野警部は少し乱雑に靴を脱ぎながら佐久間が案内する部屋へと入った。
「病院ですー」
スッキリと整頓され過ぎた部屋。
ベッドー勉強机にー大きい本棚。しかし、本棚には2、3冊ほど古ぼけた小説しかおいていない、
奥のクローゼットにも荷物は殆んどなく、またしても古ぼけた、もう着れなくなってしまったのだろう、子供服が少し畳んでしまってあった。
まるでない。
「母親の身内は少年1人だけだったようで、今回の事で凄く取り乱しちゃいましてー、何も聞けずに精神科に」
はぁ…参っちゃいましたよー。
と佐久間はその置いてあった小説をパラパラと捲りながら絶えず笑みを浮かべながら言う。
「へぇ」
畠野は眉間の皺を更に深くさせながら唯一最近まで使用されていた形跡があるPCに手を伸ばした。
佐久間の場合その母親を心配して参った、のではなく、
その場に不幸にも居合わせて、暴れる母親を落ち着かせる為の労力を無駄に使ってしまった事に参った、と言う事なのだ。
畠野は、佐久間の悪い奴ではない、が、そういう警察官らしい姿が嫌いだった。
***
それから、金属の間接で、腕と足と、頭を、しっかりと胴体にとりつけてくれたので、前と同じように、自由に動き回ることができるようになったのです。ところが、悲しいことに、心臓もいっしょになくなってしまったので、マンチキンのむすめにたいする愛も、すっかりなくなってしまい、結婚などしてもしなくても、もうどっちでもよくなってしまったのです。
ーーーー次は〓〓〓次は〓〓〓、〓〓〓の次は〓〓〓に止まりますーーー
家から持ってきていた本を読みながら電車に揺られていた俺は、車内のアナウンスで意識を浮上させた。
プシュー………
《〓〓〓ー》
人の波にのまれつつ紙を確認し目的の改札へと向かう。
ドンっ
「「わぁっ」」
何か柔らかいモノとぶつかった。
紙から目をはなすと女の子が転んでいた。
どうやら俺とぶつかった拍子に転んでしまったのだろう、
「あっ、ご、ごめん!」
女の子が落とした紙を拾いその細い手をとり立たせる。
「いえ…私のほうこそすみません…
…………!?」
女の子が俺の顔をみて一瞬硬直する。
「?????」
俺が首をかしげるとすみません、ともう一度謝ってきた。多分、彼女もメモを見ながら歩いていたのだろう。自分もそうなので少し罪悪感に駈られながら手をはなす。
彼女の手は白くて冷たかった。
ふと、彼女が落としたメモを見てしまう。
手書きで、女の子らしい可愛い字、
ーーー
なつこ→B系、赤いケイタイ
しゅう→〓〓高校制服、トトロのぬいぐるみ、
ケイ→パーカー、ジーンズ
ーーー
「………!!!!」
ケイ…
そこには自分の仮の名前、ハンドルネームが書かれていた。
その他にも架空の世界で出会った人達の名前。
ということは、この子は今回のオフ会の参加者の一人なのかー……
「ハナ、さん?」
俺は唯一メモに書かれていないHNを口にした。
ビク、
その紙を受け取ろうとした彼女の手が一瞬揺れ、顔があげられた。
「「……………」」
目が合う。
しかしー、お互い言葉が出てこない。
「すいません、もしかして、ケイさんとー、ハナさん、ですか?」
ビク、
今度は二人して横から来た低い声に驚く。
くたびれた灰色のスーツを着たくたびれた中年男性。
営業担当なのか糸のように細い目にくしゃりとできる笑い皺、というより癖みたいなものがなんだか印象強い。
僕達がぽかんと眺めていたらまたその男性が口を開いた。
「ごめんなさい、どうやら人違いみたいだ」
と、勘違いをしくるりと踵を返す。
「あっ まって…」
ーーー
続かない
ーーー