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癒やし系の魔法使いはどの世界でも若干いやらしい


 大型連休明けの金曜日、俺は昼休みの終わりを告げる予鈴と共に、寝不足による頭痛にさいなまれながら魔法学の教室へと向かった。


 寝不足の原因は、バイト終わりになんとなく見始めてしまった「OL道代(26)が転生した異世界で握るのは魔王のあれだった」という神アニメの所為だ。「あれ」に隠された秘密に号泣し、気づけば午前三時を過ぎていた。興奮覚めやらぬ中なんとか目を閉じたが、遅刻ギリギリに設定したアラーム音で目を覚ますと、分かり易い鈍痛が頭に居座っていた。


 そんな頭痛と戦いながらも魔法学の授業にスキップ混じりで向かっていると、いつもの廃れた二階建て校舎の前で、並んで歩く寿門先輩と紫乃先輩に鉢合わせ、軽い挨拶を交わしながら三人で扉を通る。


「寝不足で頭が痛いんですよ」

 廊下を歩きながら、俺は軽すぎるどうでもいい世間話を展開した。


「だ、大丈夫?」

 寿門先輩の長すぎる前髪から覗く片目の上目遣いが、午前授業で行われた体育の所為で痛みの増した頭痛を微かに和らげてくれた。


「寝不足だといつもこうなるんです」

 俺はさらにどうでもよすぎる会話を続ける。


「よしっ、じゃあ今日は、紫乃がシュウヤ君の頭痛を癒しの魔法で治してあげようっ」

 

 あはぁっ、天使が微笑んでる、と思ったら紫乃先輩だった。両手を前にギュッと組んで(その所為で胸の膨らみがもう凄い事に)、上体を少しだけ前方に傾けた紫乃先輩が、横から俺の顔をのぞき込む。その仕草にナチュラルブラウンの髪がふんわりと揺れた。ヤバい、超可愛い。奥歯を噛み砕いて、抱きしめたい衝動を抑え込んだ。


「い、良いんですか?」

 あらぬ妄想が口元を緩ませようとする。それを振り払い、なんとか平静を装った。


「もちろんっ。久しぶりだからちょっと不安だけど、シュウヤ君の為にいっぱい魔法を込めなきゃねっ」


 紫乃先輩は気合いを入れるように小さく頷いて、唇を噛みしめた。あまりの可愛らしさに、俺は犬歯までも噛み砕いて飛びかかりたい衝動を抑えつける。


 不意に、彼氏とかいるんですか? という質問が喉まで上がってきたがゴクンと飲み込んだ。もし「いるよ」なんて答えが返ってきたら、燃え上がる嫉妬の炎で人体発火現象という火の魔法を発動しかねない。知らぬ事で見られる夢もあるのだと、俺はアイドルに幻想を抱くファンの気持ちを初めて理解した。


 そして教室に到着する。三年生の二人と真穂さんはすでに腰を落ち着けていた。当たり前の様に、箒に跨がる魔法中年は箒に跨がり飛び跳ねている。


「じゃあ早速準備しなくちゃねっ」

 

 紫乃先輩は席に座らず、教室後方に並ぶ棚の列に向かう。そして色んな道具の入った大きめの箱を取り出し、両手を支えにお腹に抱え込んだ(そんな持ち方をしちゃうもんだから偶然にも箱の上におっぱいが載っちゃってそりゃあもう凄い事に)。


「て、手伝いますよ」

 俺は揺らぐ目線を紫乃先輩の顔だけに固定して、椅子に落ち掛けた腰を上げた。


「いいのいいの、今日シュウヤ君は紫乃の患者さんなんだから。準備出来たらお呼び致しますので、少々お待ち下さいませっ」


 冗談めかして首を傾げたその姿と、お腹に抱える箱が持ち上げるおっぱいと、その口から発せられた言葉に、俺は歯を食いしばりすぎて総入れ歯の危険に晒された。


 だって今、紫乃先輩が俺の事を患者さんだと言った。裏を返せば俺にとって紫乃先輩はお医者さん(or ナース)って事だ。つまりその患者と医者なんていう設定をそのままに飲み込めば、俺と紫乃先輩がこれから始めようとしているのは、お、お、お、お医者さんごっこじゃないかっ。なんだそれはっ!! なんのご褒美だよっ!! ヒヤァッホーーッ!!


「あ、あの、じゃあ、待ってます」

 そんな心境を押し殺して、俺は全歯をギリギリときしませながら、腰を下ろした。


「はーいっ、お待ち下さいっ」

 紫乃先輩はそういって、箱を持ったまま(おっぱいを目立たせながら)ベランダに出て行った。そしてガラス扉の向こう側で、モチモチとした腰回りを振りながら(あ、ヤバい、パンツ見えそうっ)、なにやらせっせと準備を始めている。もちろん、俺の頭痛を治す為に……なんだか嬉しそうに、健気に楽しそうに……まるで理想の彼女を思わせるほど献身的に……もう考えただけで辛抱たまらんっ!! んああぁあっ、紫乃先輩って彼氏とか好きな人とかいんのかなぁあぁっ!! 居たらヤだなぁあっ!! 羨ましいなぁあぁぁあぁっ!! あぁあぁぁ――


「どうしたんだい?」


「ひぇっ、なっ、なんですか?」

 堀田先輩の声で我に返る。危なかった。空想の人物に抱いた嫉妬の業火に焼かれ死ぬところだった。おそらく世界一無様な死に様だろう。本当にギリギリだった。


「いや、体調が悪いのかな、と思って」

 堀田先輩の純粋を纏う心配そうな表情を向けられて、俺は信じられないほど胸が痛んだ。優しさと清らかさに包まれた魔法学で、紫乃先輩とお医者さんごっこだヒャッホーなんて事を考えていた自分自身に、無尽蔵の自己嫌悪を抱く。あまりのバカさに吐きそうになった。必死に耐える。気づかれないように息だけを吐き出して、気持ちを落ち着けた。


「い、いや、体調が悪いって事は無いんですけど、寝不足で、ちょっと頭が痛くて」


「ああ、それで紫乃君に」

 堀田先輩は安心と納得を同時に浮かべた。そしてすぐさまにその表情を得意げな笑みに切り替えて続ける。

「紫乃君の魔法は効き過ぎてびっくりすると思うよっ。僕も何度もお世話になってるからねっ」


 誇らしげに、まるで自分の事の様に話す堀田先輩に、俺の自己嫌悪がさらに膨らんだところで、始業の鐘が響きわたった。


「それじゃあ、始めようか」


 いつものかけ声に、各自魔法学の準備を始めた。自己嫌悪と頭痛に苛まれていた俺は、ふとベランダへ目線を向ける。


 ガラス扉の向こう側で、紫乃先輩はベランダを囲む壁の隙間を通り、質素な森の方へと姿を消した。おそらく俺の頭痛を治す為に、純粋にその為だけに、動いてくれている。俺は胸に広がる自己嫌悪を深く吐き出し、そこから目線を逸らした。


「あ、あの、シュウヤ君」


 不意に寿門先輩の声が耳に届き、自己嫌悪で落ち込んでいた俺は顔を上げる。


「えっと、前に約束した絵の事なんだけど、い、一応、描いてきたんだ」

 寿門先輩は揺れまくる上目遣いで俺と目を合わせたり逸らしたりしながら、机の上に置いたノートから二枚の紙をゆっくりと抜き出した。そして恐る恐るという具合に、俺の前に差し出す。

「ちょ、ちょっとアレンジも、加えちゃったんだけど、えっと、ど、どうかな?」


 頭の中を支配する自己嫌悪の灰色をかき分けて、寿門先輩が何を言っているのか記憶を探した。そしてすぐさまに思い出す。あの絵の事だ。まさか本当に描いてきてくれたの? と俺は若干トキメいて、すぐさまに差し出された二枚の紙に目線を向けた。





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