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口から飛び出る百均の乾電池



「何」


 立ち止まることも振り返ることも無く、真穂さんは歩き続けながら投げやりな返事をした。良いよ良いよ、無視じゃないって分かっただけで。同じ一年生だし、俺もその方が話しやすいし、急いで教室に戻らなくちゃいけないしね。まだ時間はあるけど、そういうのは人それぞれだもんね、と自分に言い聞かす。


「楽しかった……で、すね」

 うん、この距離感だし、敬語が妥当だろう。


「あぁ」


 あれれ? それはどっち? 楽しかったの? 楽しくなかったの? 後ろ姿だから表情が見えないんだけど。声が不機嫌なのは伝わってるけどね。ハハハ。あれ? あれれれれ? まさかね、だって何もしてないもん。


「次の魔法学、楽しみ……で、すね」


「まぁ」


 二文字縛りの会話にでも挑戦してるのかな? もしそうなら止めた方が良いよ。それは人をとても不安にさせるから。あぁヤバい、心が折れる。話題を変えよう。負けるな。これから一緒に魔法を学ぶのだから。


「真穂さんは、何組なん……で、すか?」


「三」


「三組か。隣ですね。俺四組」


「だから?」


 よっしゃ、三文字ゲットっ…………いやいやいや違う違う。喜んでる場合じゃない。何これ? 何だよお前。いい加減に俺も苛ついてきたんですけど。


 おっぱい見たのがそんなにいけませんか? それとも昨日のパンツ事件ですか? どっちも俺何一つ悪く無いんですけどっ!! いっとくけど怯まないからな。嫌いなら嫌いって言えよっ。俺は中学の頃マムシディフェンスの戸崎(本当はオフェンス)って呼ばれてたんだからな。


 ああ、マジ苛ついてきた。ふんぬっ、と俺は鼻息を吹き出して、苛立ちを抑えることなく口を開いた。


「だからって言われても何も無ぇけど、これから魔法学で一緒だから声掛けただけ」


「マジで無理なんだけど」


 こここ、こちらこそぉおぉーーーーーーっ!! ああ、なんだこの女っ!! マジムカつくっ!! おお、やっとこっちを向きましたか。何睨んでんの? 全然怖くねえよ。何だよ、言ってみろ。


「もう魔法学の授業に来ないでっ」


 はあっ!?

「はあっ!?」

 はあっ!? 


「今日見て分かったでしょ。皆真剣に魔法を叶えようとしてるの。うちはあんたみたいなヤンキーにそういう気持ちを冷やかされるのが一番嫌いなの。金髪だからって皆が怖がるとでも思ってるの。堀田先輩とかが話してた時もニヤニヤしてバカにしてたでしょ。そういうの本当にムカつく。真剣な人たちをバカにしないでっ。ほんとだいっ嫌い。分かった? 魔法学には絶対に来ないでっ」


「いいいい、行きますけどっ!! 絶対行きますけどっ」

 にに、ニヤけてねえしっ。いや、もしかしたらニヤけてましたけど、そそっそ、それは憧れたんだしっ、格好良いと思ったんだしっ。


「来ないでってばっ」


「行くしっ。それに俺堀田先輩の事格好良いって思ってるし」


「だからっっ、バカにしないでって言ってるのっっ。もういいっっ」


 ななな、なんで涙ぐんでるのっ!? それは卑怯だよっ!! どどど、どこ行くのっ!! 話終わって無いっ。お、俺は、魔法学大好きなんだってっ!! たぶん真穂さんと同じぐらい、好きなんだってっ。あぁ俺まで泣きそうだよ。なんだよこれ、どんな状況だよ。

「ちょ、ちょっ待てよっ」


 とあるイケメン俳優の様な掛け声を無視して、真穂さんは小走りで離れていく。いや、本当にちょっと待って、と俺はその背中を追いかけた。

「待ってって」

 

 真穂さんは止まらない。俺は追いかける速度を上げた。

「本当に待てって。言っとくけど俺次も魔法学行くからなっ」


 真穂さんは投げやりに振り向いて、目元を乱暴に拭った。

「来るなって言ってるのっ、この金髪不良品っ」


「っ品って付けるなよっ。俺は百均の乾電池かっ」


 精一杯に振り絞った突っ込みに微かな笑みを浮かべることもなく、真穂さんは人の波に紛れ込んでいった。俺はその後ろ姿を眺めながら、立ち尽くす。えぇ、なにこれ? 


 真穂さんが、魔法学を本当に好きなのは伝わった。当たり前に、魔法学が同じ様に大好きになってしまった俺は、その気持ちが知れた事が、微かに嬉しかった。


 でも、でも、それは無いでしょっ。あの言い方は無くない? 酷くない? 金髪は傷つかないとでも思ってんの? あぁ、もうマジで、酷くない? 沸々と、そう沸々と、悔しさが、沸き上がり、沸点を、越えた。


 キッ、キッ、キィーーーーーーっ!! なんなのあいつ。ふざけんじゃないわよっ。何泣いてんの? そんなん卑怯じゃない。バカにしてないし。俺皆の事大好きだし。空飛びたいし。金髪だから? 俺が金髪だから? 絶対止めてやらないんだから。俺が一番最初に魔法使ってやるんだから。今にみてないさいっ。絶対認めさせてやるんだから。金髪のまま認めさせてやるんだから。キィーーーーーーっ。悔しいっ。真剣なのにっ。なによあいつっ。恋の魔法? はん、振られちゃえっ、バーカあーほ、うんこたれ。もうやだっ。本当に悔しい。きぃーーーーーっっ。


 俺は手足をジタバタとさせながら教室に帰った。苛立ちを吐き出しながら席に着く。続けて大和とユキノブが一緒に戻ってきたので愚痴を吐き出そうと思ったが、同時に鐘の音が響き、涼子先生が入室する。


 ちきしょう、吐き出せなかった。駄目だ、まだ悔しくて苛つく。なんだあいつは。酷いじゃないのっ!! 金髪なだけじゃないっ。


「じゃあ今日はこれで授業終わりでぇす。皆全学年統一の選択授業はどうでしたか? 結構珍しいから、楽しかったんじゃないかな。何度も言うようにいつでも変えられるから、色々楽しんでみてねぇ」


 絶対に変えてやらないんだからっ。空飛んでやるんだからっ。


「さて、来週からはテストが始まりまぁす」


 涼子先生の話を聞き流しながら、俺はずっと苛立っていた。そしてすぐさまに帰りのHRは終わり、最後の挨拶と共に席を立つ。部活をやっている大和とユキノブに慌ただしい別れを告げられて、寂しさも感じながら、教室を後にした。


 学校を出て、商店街を抜ける。電車に乗り、電車を降りる。自宅へと向かう。絶え間なく頭の中を支配するのは、悔しさと苛立ちと、真穂さんの涙。愛しさと切なさと心強さは全然感じない。なんだそれ、急に。苛立ちで俺はオカシくなりそうだった。


 絶対飛んでやる。魔法学で。認めさせてやる。金髪でも、魔法を信じ抜く事が出来るんだ。ああ、マジで、あのオカッパめっ。あああああぁっぁっぁああっ。


 俺は周囲に誰もいない事を確認して、出来るだけ全速力で走った。微かに膝が痛んだが、構わず走った。この苛立ちを、真っ黒なもやもやを、魔法に変えて、今日俺は、空を飛んでやるっ。いけっ!!


 走りながら細い路地に入った。斑模様の猫が驚いて逃げていく。人は誰もいない。俺は全速力を保ちながら、地面を思い切り蹴り上げた。


 着地して、ただ膝を痛める。なんだそれ。あぁ、ムカつく。


「今日は飛べそうな気がしたんだけどな」


 そう独り言を呟いて、どこかで聞いたような気がするな、と思いながらも思い出せず、結局苛立ちと膝の痛みだけを抱えて、俺は家に帰った。



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