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羞恥は続くよどこまでも



「何をしてるといっても、基本的には自由なんだけどね」


 堀田先輩はそういって、烏骨鶏うこっけいの肉質を思わせる柔らかな笑みを浮かべた。そして細い笹身を思わせる優しげな声で続ける。


「でも、だからご自由にどうぞって言われても困るよね。僕も初めてこの教室に来た時は戸惑ったんだ。最初の生徒は僕一人だけだったし、先生には自由にやれって言われたけど、何をすれば良いか分からなかったよ。だから授業が始まってしばらくは、箒に跨がる先生をずっと眺めてたんだ」


 その状況はいったい、何地獄と呼ぶのだろうか。たった一人、箒に跨がり鼻息を吹きさらす中年男と教室に閉じこめられる。どれほどの罪を犯せば、そんな地獄に堕とされるのだろうか。俺ならモノの十秒も耐えきれない。無を極めたとされるかの有名なタンコブパンチパーマでさえも、おそらく五分と持つまい。それ以上に耐えれるのならば、その境地はすでに何かしらの神であろう。


「そのまま十分ぐらい経って――」


 神の誕生であるっ!!


「先生に、見てるだけで楽しいかって訊かれて、全然面白くありませんって答えたっけな、確かあの時は。今考えると、大分生意気だね」


 過去の壮絶な恐怖体験を楽しげに話す堀田先輩に、俺は畏怖すら抱いていた。なぜ笑っていられるのだろう。何を思い何を感じ、なぜ逃げ出さなかったのだろう。凄いな、先輩って。堀田先輩って、本当に凄いな。思わずも、心で織りなす二礼二拍一礼である。


「ごめん、話が逸れちゃったね。じゃあ僕の若気の至りは置いといて、軽い説明をさせて貰おうかな。まずは――」


 と堀田先輩は凄惨な過去を振り払うかのように(そう見えただけかもしれないないし、本当にそう思ってるのかもしれない)恥ずかしげな笑みを浮かべ、魔法学とは、を教授し始めた。俺はその言葉を耳に入れ、その目線が向けられた先を追った。


 気にも留めていなかったが、室内の前後には、背の高い本棚が併せて三つ設置されている。その棚の中に並ぶ本は、世界各地で発行された多種多様な魔法に関する書籍、と堀田先輩が説明する。


「本当に色々とあるから、自分が目指す魔法とは違う分野でも、読むだけで面白いと思う。恋の占い本や心理学の本なんかもある。それに、体の中にある気の操り方とかね。空を飛ぶなら、そういうのを読んでみるのも良いかもしれないね」


 笑みと助言を承った俺と赤リボンのオカッパ女子、真穂まほさんは同時に会釈を返す。他にも、と堀田先輩が続ける。


「他にも、科学書籍とか、薬草、植物学の本なんかも置いてる。これは主に僕と、紫乃しの君が読んだりしてるかな。ベランダにある植物なんかは、紫乃君が育ててる。僕も何度かお世話になったけど、本当に魔女が作ったお薬みたいに、切り傷や体調不良に凄く効力を発揮する。怪我した際は是非、紫乃君の魔法菜園を訪れてみると良い」


 言葉に導かれベランダに目を向ければ、確かに小規模な菜園が造られていた。たくさんの植木鉢が並び、張り巡らされた編み目状のネットには、小さな何かを実らせたツタが絡まっている。


 続けて俺はベランダから目線を走らせて、隣に座るナチュラル茶髪のふんわりお姫様(E、いや、Fカップっ!!)、紫乃先輩を見定めた。不意に目が合うと、紫乃先輩はよろしくね、と唇だけを動かした。ふんぬっ、エエ、エロい。


 これから幾度と訪れるだろうか、この魔法菜園。巨乳天使が育む魔法菜園。おそらく俺は普遍的な学園ドラマに出てくる男子生徒の例に漏れず自傷を繰り返し、機会あれば病を取り込み、ここを訪れるかもしれない。


 そんな心境を抑え込んで、会釈をきっかけに紫乃先輩から目を逸らした。意気地なしっ!! と誰かが叫ぶ。


「後は黒魔術とか、天文学なんかも置いてる。寿門じゅもん君とアリス君が主に活用しているかな。他にもファンタジー小説なんかもある。つまり魔法に特化した小さな図書館みたいな感じで、本当に色々と置いてる。皆で持ち寄ったモノもあるけど、ほぼ全部先生が買い集めてくれたんだ。こんなに有り難い環境で魔法を学べることに、改めて感謝しなくちゃね」


 堀田先輩は自身に言い聞かすように呟いた。その言葉に、俺は箒に跨がり飛び跳ねる魔法中年の後ろ姿へと目線を移す。様々な思惑が浮かんでは消えたが、まぁ、この先生のおかげで魔法学に出会えた訳だから、感謝は感じていた。いつか口に出せると良いな。いつかは。いつだろうか。

 

「そして後ろにあるんだけど」


 続く堀田先輩の言葉に目線を走らせる。教室後方にある本棚の横に、大きめの段ボール箱があった。真っ黒な布や簡易的な天体望遠鏡、先の尖った何かしらの棒など、所謂雑多と呼ばれるモノの数々が突き出している。


「あれには、水晶とか、寿門君が集めた格好良い形の棒とか、アリス君の天体望遠――」

「あ、ちょ……と」

「?」


 堀田先輩の口にした何気ない言葉に、寿門先輩が控えめに口を挟んだ。堀田先輩の顔にはクエスチョンが浮かんでいる。俺は、気付いていた。


 寿門先輩は、格好良い形の棒を集めている。うん、分かる。俺も一人なら拾ったりする。でも、初対面の人の前で言って欲しくないよね。分かる分かる。だけど別に恥ずかしい事じゃ無い。なんせここは、魔法学なのだから。大丈夫です、寿門先輩。俺、分かってますから。


「う、ううん、何でもない」


「そうかい。寿門君も、何か気になった事とか、僕が言い忘れている事があったら、伝えてくれると嬉しい。よろしく。それで、えぇと、話が途中だったね。後ろの箱には、水晶とか、寿門君が集めた格好良い形の棒とか、アリス君の天体望遠――」


 堀田先輩は改めて言い直した。寿門先輩、そんなに耳を赤くしなくても大丈夫です。俺は全然気にしてませんから。仕様が無いですよ。この人は天然なんですから。俺もさっき苦しめられましたから。なんだろう、不意に抱く絶大な親近感。あぁ、寿門先輩、今凄く辛いだろうな。


「天体望遠鏡とか、アリス君自作の杖とか――」


 さすがはアリス先輩。自作の杖に表情一つ変えない。


「後は……そうだな、寿門君の漆黒マントなんてのも入っている。格好良いんだよ、漆黒マントを羽織った――」

「あしゅっ……もう大丈夫でしゅ」

「?」


 寿門先輩の顔が、茹でた蟹よりも赤くなる。俺も釣られて、顔が火照る。しかし堀田先輩は、全く気付かない。クエスチョンを顔に浮かべている。俺が唯一出来のは、なるべく無関心を装う事だけだ。うんもうっ、止めたげてっ!! と心で願う。


「うん……あの、なんでも、無い」


「良かった。変な事を言ってるんじゃないかと心配になったよ。気付いたら構わず教えてくれると嬉しい。じゃあ、話が途中だったね。まぁ簡単に言えば、あの箱には色んな魔法道具が入っている。さっき言ったのもそうだし、寿門君が丹精たんせい込めて造った闇ドラゴンの鉤爪かぎづめなんかも入ってるんだ。凄く危険な香りを放つね。興味があれば帰りに――」


 もうわざとだろっ!! と危うく声に出しそうだったが、堀田先輩の自慢げな語り口調に顔を俯かせて耐えている寿門先輩を差し置いて、俺が声を上げる訳にはいかなかった。


 同じく何かに気づきソワソワとしている真穂さんと俺が寿門先輩の為に出来るのは、やはり無関心を装う事だけだった。


「興味があれば帰りに見てみると良い。本当に凄く格好良いから。掃除用具入れには悪魔の槍なんてのも入ってる。寿門君は本当に魔法道具の創作が上手なんだ」


 耐えろっ、寿門っ!! あぁ、もう、後輩だったら俺がぶん殴ってるのに。悪気が無いってのは底なしの悪意だ。何故そんなに純粋に人を辱める事が出来るんだ。堀田先輩、ねぇ堀田先輩、隣で友人が死にそうになってますよ。あなたの呟く闇の呪文で、闇の魔法使いが死にそうになってますよ。止めたげてっ!! 見ていらんないんだっ!! もう止めたげてっ!! 


「さて、教室の説明で言えばこんな所かな。じゃあ次は、主観で申し訳ないけど、僕なりの魔法研究についてお話しようか。別に僕のやり方を押しつける訳じゃ無いからね。ただ、その手助けになれば嬉しい」


 その言葉に、俺と真穂さんと寿門先輩は、同時に息を吐き出した。やっと、終わってくれた。良かった。もしかしたら、わざと寿門先輩を辱めていると思っていたから。まるで崖の縁を掴む五本指を一つ一つ外していくような、嫌がる生娘の着物を無理矢理脱がしていくような、そんな人に見えてたから。良かった。本当に良かった。堀田先輩がそんな人じゃ無くて。寿門先輩が崖に落ちなくて。全裸にならなくて。


「じゃあ出来るだけ簡単に説明するね。魔法へのアプローチ方法は、大きく分けて四つぐらいだと、僕は思っている」


 何かに感づくこともなく、堀田先輩は続ける。あぁ、天然って怖い。底なしの悪意に、満ち満ちている。俺はその恐怖に、未だ震えていた。気をつけよう。この人は、危険だ。



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