(七章エピローグ) そのころ鹿島は、⑦
室長カタリナ・天城は高身長にスラリとしたボディに堂々たるバスト。
ハイヒールとメガネの似合う女カタリナは鹿島容子の憧れだ。
――特にヒールをはいた従姉さんは、ふくらはぎが格好いいんです。
と鹿島は憧れの女性を自身の席から眺めていた。
一方、従妹から眺められていることなど知らないカタリナは、秘書課の課長と真剣に話し込んでいる。
鹿島がそんなカタリナを眺めつつ、うふふ、今日は新品の黄緑のスカーフが決まってますね。あれ日曜日にいっしょにショッピングへでかけたときに私が選んだやつなんですよ。やっぱりカタリナ従姉さんに似合います。などと鹿島がデスクに頬杖しニコニコしていると、
「容子ちゃんいい?」
という突然の声。
カタリナが課長との話を終えて鹿島の前に立っていた。
「さ、ぼってません!従姉さん違うんです。ちょっと休憩です」
驚き狼狽する鹿島に、カタリナはメッという顔をして、
「それを世の中ではおサボりというのよ」
といってから、
「で、私、カタリナ・天城は?」
怒ってますという顔をしていうと、鹿島は意気消沈、うつむいて反省の色。
「うぅ、主簿室の室長で私の上司です。失礼しましたカタリナ室長」
「よろしい。で、容子ちゃん仕事は終わったのね?」
「え、あ、う――」
と鹿島は顔を青くして、まずいな、というように視線を泳がせると、
「お、い!」
カタリナが声のトーンをあげて一喝。
「えぇ!?」
と鹿島は思わぬ大きな声に目をぱちくり。
そんな鹿島の表情にカタリナは満足げに一笑してから言葉を開始。
「ふふん、容子ちゃん『あ・う・え』って口にしたでしょ。だから抜けてた『い』と『お』で注意したのよ」
「ああ、五十音順の、あ行ですか」
「そうよ」
カタリナは、そう答えながら鹿島のデスクのモニターを覗き込み、
「ふーん」
と一言。対して鹿島の顔は真っ赤。
「ち、違うんですこれは――」
慌てる鹿島にカタリナは嘆息一つ、
「まだ、あきらめてないのね。艦艇勤務」
そう困り顔でいった。
覗き込んだカタリナの目に飛び込んできたのは開かれたGaaglcの検索エンジン。そこには『主計科』とか『秘書官』。ついにはそんな思いが高じた『艦艇勤務したい』という検索ワード。そしてこれは鹿島のおサボりの動かぬ証拠。
「うぅ……ごめんなさい」
「ま、いいわ。仕事終わってるでしょ?ちょっときて」
カタリナは鹿島をブリーフィングルームへといざなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「虎符が発行されたわ。忙しくなるわよ」
カタリナが椅子へ腰をおろすなり鹿島へ向けていった。
いま2人は椅子が3脚づつ対におかれたブリーフィングルームでテーブルを挟んで向かい合って座っている。
「え、〝こふ〟って……あの?」
「ええ、あの虎符よ」
「つまりそれて――」
「そう。勅命軍の派遣が決定されたわよ。紫龍様を討伐するためのね……」
鹿島は物憂げにいう従姉のカタリナを見て、
――従姉さん李紫龍のファンだから……。
どう慰めの言葉をかけたらいいか迷っていると、カタリナから口を開いた。
「これから忙しいわよ。反乱軍の規模が2個艦隊と考えると、最低でも1個艦隊規模の編成を2週間以内に終えなきゃならない。そう考えるとね。明日辺りから私たち軍経理局に泊まり込みよ」
「ああ、いまのグランダ軍の実態って解体されちゃってますからねぇ。戦う準備も大変そうです」
「そうよ。だから老朽艦やドック入りしてる艦艇を急ピッチで修理してなんとか間に合わせるってことになると思う。使える艦艇手配して、それから弾薬からあらゆる物資。あと人員の手配も私たちの主計部の仕事よ。だから」
「だから?」
他人事のようにいう鹿島に、カタリナは嘆息。どうも従妹に自分のいわんとするところがつたわっていない。
「だからね。今日帰ったら泊まり込みの準備して、明日持ってきたほうがいいわよってことよ。スキンケアとか忘れちゃダメよ。売店じゃ売ってないから」
「なるほど!」
そっかというように、ポンッと手を打っていう鹿島。
カタリナは嘆息するしかない。カタリナからすれば、
――容子ちゃんってちょっと抜けてるのよねぇ。
というものだ。
一方の鹿島は俄然やる気で、
「じゃあいまから動員が予想される艦艇のピックアップと、そのリストができたら必用な人員・物資のリストづくりですね!」
などといって燃えあがっている。
だが意気込む鹿島にカタリナは不思議顔。
「あら、やる気じゃない容子ちゃん。どうしたの?」
まだ内々も内々の話で正式な指示もでていない。カタリナにとって鹿島の過剰なやる気は不可解だ。
「ええ、だって!」
「だって?」
鹿島が、ムーっと頬を膨らませ、
――もうカタリナ従姉さんったらさっしが悪いですよ!
と思い。この状況なら一つしないじゃないですか。と、ばかりに、
「私は秘書官として勅命軍の旗艦に乗り込みますから!いまからやれることやっておいて残る人たちの仕事を少しでも減らしておきます!」
そういってカタリナへ迫った。
カタリナへ迫る鹿島は握りこぶし。気合も凄まじい。
だが迫られるカタリナといえば、
「ハ?」
と、意味不明とばかりに引きつった顔。
「だから!」
立ちあがって駄々をこねるようにいう鹿島の様子はまるで子供だ。そして勢いよく立ちあがったので、鹿島のトレードマークのホワイトブロンドのツインテールも勢いよくゆれている。
鹿島はグイッとテーブルに身を乗りだし、カタリナの手を取って懇願。
「お願いお従姉ちゃん!私を勅命軍の秘書官にって課長に推薦してよ!お願い!お願い!一生のお願い!」
とたんにカタリナに険のある暗い表情。口元は怒りで引きつった。
カタリナらして従妹鹿島の打算はわかる。そして、それがカタリナが瞬間的に静かに怒った理由でもある。
もう容子ちゃんったら!私が容子ちゃんのあざとい仕草に弱いからってそれにつけ込んじゃって!しかもよ!ブリーフィングルームで2人きりっていうのを利用して、こんな甘えん坊な仕草でろこつに媚びるってどういうこと。人としてどうなのよそれ!というか私、容子ちゃんに見くびられてるのね。
――従妹に舐められている!
と思ったカタリナは、
「容子ちゃん?」
たしなめるようにいうが、鹿島は気づかない。
「はい!お願いします!」
「あのね?」
「いいですよね!ね!?」
「だからね」
「いいんですか?!お願いします!」
瞬間、ブリーフィングルームに、
――バーン!
というテーブルを叩く大きな音。同時にカタリナの巨大なバストが爆ぜるようにゆれた。
ビク――ッ。と、驚く鹿島は目をギュッとつぶって肩をすくめた。
カタリナがついに切れていた。
カタリナは驚いて固まる鹿島へ、
「私、怒ってるのわかる容子ちゃん?」
と笑顔で確認。だが笑顔には険があり目に見えて怒りの色がある。
「あ、あの?」
「現実を見なさい。艦艇の勤務なんてろくなものじゃないわよ。頭に筋肉か、弾薬がつまってるだけの将軍様のご機嫌そこねないように毎日ニコニコしなきゃいけないんだから。私はね。容子ちゃんに、そんな辛い思いして欲しくないの」
「あ、え、でも諸葛孔明が、エパミノンダスで……ベルティエで……」
ここで引さがると今後いつ戦争があるかわからない。夢の名補佐官は半永久的に遠のく。鹿島の異常な意気込みはこれだった。それがカタリナからでたのは強烈にして断固たる拒絶。鹿島は頭が真っ白だ。
あわあわ。と、シドロモドロになる鹿島にカタリナが小言を続ける。
「数字のエキスパートの私たちが、毎日お茶くみって辛いわよ?」
「で、でも名補佐官になりたくて……」
「無理よ」
「私の夢で……」
「もう大人でしょ」
「だって!」
「ダメ!!」
カタリナが一喝。
とたんに、
――ワー!
と泣きだす鹿島。
カタリナがその大きなバストのしたで腕を組んで厳しい表情をするなか、鹿島は最初は顔をあげてわんわん泣いて、ついにはテーブル伏して泣き続ける。
その鳴き声からは、
――お従姉ちゃんのいじわるー!
という悲しみがあふれでている。
これで二十歳を超えた大人の女なのだから情けない。胸もお尻も十分以上。容姿も美人。お化粧所上手。オシャレも一人前。どこからどう見ても立派な大人の女性。
「ハァー」
とカタリナは嘆息し、
「容子ちゃん、かわりにいいこと教えあげるから泣き止んでよ」
困りはてていった。
それでも、
――ビー!
と、泣き続ける鹿島。
カタリナはイラッとしたが、頭のなかで自重の言葉を繰り返す。
「ダメよカタリナ。ここで怒ったら。こんな容子ちゃんをブリーフィングルームの外にだしたらそれこそ大変。容子ちゃんのちょっと天然っぽいけど仕事はすごくできるしっかりした女ってイメージが崩壊しちゃう」
そう、いまの鹿島は誰がどう見てもたんなる甘ったれ。みっともない女だ。
従妹大好きのカタリナからすれば、鹿島が主簿室にいづらくなったらかわいそうというもので体面も保ってあげたい。なぜなら鹿島容子は、カタリナの自慢の〝いもうと〟なのだから。
「勅命軍の司令官、カタリナお姉ちゃん誰だか知ってるんだけどなぁー。容子ちゃん泣き止まないし知りたくないのねぇ。そっかぁ仕方ないわねぇ」
とたんに鹿島の鳴き声が急停止。ピクッと体が動いた。
「知りたくないかぁ」
と、カタリナはチラチラと鹿島を横目で確認。そんななか鹿島がムクリと顔をあげ、
「カタリナ従姉さん知ってるんですか!?」
もう笑顔。
――チョロい。
と、カタリナがニンマリ思い微笑んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カタリナは泣き止んだ鹿島に、確実な情報じゃなくて推理なのだけれど、と断ってから、
「なんと虎符が発行された少しあとに天京で軟禁状態だったある人物がグランダ軍に召喚されたって。これってタイミング的に、どう見ても虎符の大権による召喚よね」
と話を始めた。
「おお、それはどなた?」
「なんと天童愛よ」
カタリナが口元に手をやり声をひそめていった。情報は完全に内輪のリークだった。ブリーフィングルームにはカタリナと鹿島の2人だけだが、カタリナの仕草は他言無用という意味だ。
「えぇ!?本当に?超がつく大物じゃないですか」
驚く鹿島は最後に、凄い……。と、ため息をもらすようにつけ加えた。
「容子ちゃんは天童正宗って大予想してたけれど、当たらずとも遠からずってところね。まさか大起用よ。天童愛っていったら1年前の星間戦争では敵よ。帝、肝いりのグランダの勅命軍の司令にまさかの星間連合軍の天童愛って」
「そうです知ってます。星間連合軍のトップだった天童正宗の妹で、9個ある艦隊のうちの第二艦隊の司令官。座乗艦はヤマトオグナ。兄同様に電子戦の天才です」
「ウィザード級の兄マグヌス天童に対して、アイスウィッチと畏怖される〝六花の天童〟が妹のほうね」
「六花って雪のことですよね。やっぱり氷の女って感じなんですかね」
「そうね。星間連合軍じゃ雪女っていわれてるぐらい、こわ~い人って有名ね」
「写真で見る限り長い黒髪で目のパッチリした。すっごい美人さんですよね。でも確かに真っ白な肌が印象的で、イメージ的に雪の花かも?」
継いで鹿島は、へー天童愛かぁ。としみじみと独り言。従姉カタリナの情報は確定ではないが、天童愛が召喚されたという話は鹿島にとって耳寄り情報だった。
「あ、でも召喚っていうのが、ちょっと上から目線で押しつけ的ですよね」
「どうして?」
「召喚って、特定の日時に出頭するようにって〝命令〟じゃないですか」
「なるほどね。でも運命って感じね。敗軍の将天童愛がグランダ軍に呼び出されて使われるって思うと」
うなづく鹿島が継いでいう。
「天童愛って私たちとあまり年齢変わらないですよね?」
「そうね。でも、お兄さんの海賊討伐についていって実働部隊の指揮官。十代で違法武装宇宙船30隻を拿捕って最初から凄いわよ。戦歴が段違いよ」
鹿島は従姉の話を聞きながら、天童愛さんの秘書官になれば、名将&名補佐官で私の夢に完璧符合じゃないですか!と思ったが口にはせずに、
――我慢々々。
と耐え忍ぶ。口にすれば従姉のカタリナの機嫌がまた悪くなる。
そんな鹿島が、
「でも李紫龍の誅伐に天童愛を差し向けるって……」
意味ありげにいうと、
「そうねぇ。皮肉よねぇ」
カタリナもしみじみいったのだった……。
不敗の紫龍と天童愛には浅からぬ因縁がある。




