7-(2) 紫龍の三つの罪
ここは集光殿の朝集の間――。
帝は可も不可もないといった顔で泰然としていたが、実のところは段下で跪拝する天儀の出方うかがっていた。
最初、帝は侍従から天儀から上書があったと聞かされると、
――天儀も朕を批判するか!
不快を覚えた。この不快とは不安といったほうがより正確だ。
帝は安心院蕎花の大逆罪という自身の軽佻を悔いていたが、言の撤回を逡巡するうちに処刑は粛々と進み、もたらされた結果は李紫龍の反乱軍への参加の中継映像という散々なもの。
帝は李紫龍がランス・ノールから総軍司令官の証である元帥杖をうけとる映像を見て、
――それは本来、朕が与えるものだった!
という険しさが胸懐に満ちた。
若くして星間戦争の最高英雄である李紫龍が将来軍の頂点に立つ想像にやすい。もう大将軍職はないが、李紫龍が新国家で全軍の長につくときに認証し褒詞をさずけるのは間違いなく皇帝だ。
帝は当然、8度目の大逆罪に対して世間には無言の非難があるのも知っている。無言もまたよく物を言う。沈黙はときとして雄弁だ。
帝は世間の空気を敏感に感じとり鬱怏となった。
帝は中天にして、その存在は至尊。間違わない。たとえ間違っても、
――正しい。
それがグランダの皇帝という存在。
「間違いを犯せば苦しいものだ。過ちを認めることすら許されん」
というのが帝の苦さ。
それに死刑にしたが間違っていましたでは、死んだものは浮かばれない。司法は間違いを犯すが、皇帝は間違わないのだ。帝としては、どうにかして安心院蕎花の死を意味あるものにしなければならないが、どうにもその方法はない。
帝からして、
――そんな方法あるわけがなかろう!
というもので、きわめて帝は憂鬱だ。そんなおりに天儀からの上書と聞けば、帝は諫言としか思えなかった。
「思えば天儀は太師子黄のように廉直で剛毅なところがある。直言をはばからないであろう。上書は開かなくても想像にやすい。どうせ長々と人君とどうあるべきかなどと書かれているに決まっておる。うんざりだ。そんなものは生まれてこのかた散々聞いている!朕にとって最も無駄な説教といえるわ!」
と、帝は激しくいらだつと同時に、
――だが、そのわかりきっていたことを間違えた。
という強烈な苦味で口中が満ちた。
それに才能あふれる李紫龍は天儀が目をかけ、かわいがっていた部下だ。そんな部下の妻を殺し裏切りに走らせた。どう見ても言い訳が立たない。
――絶大に信頼する天儀からも批判されれば耐え難い。
これが帝の心情。
だが侍従からつたえられた上書の内容は簡単にいえば、
――逆臣(李紫龍)を直ちに討滅する。
という短いもの。自責を覚えていらだっていた帝にとっては意外な内容。
世間の大逆罪への無言の批判に反し、
――天儀は朕へ、へつらってきた。
とは帝は思わなかった。
帝からして、天儀はその程度の人間ではない。
だが帝は不安だ。帝は天儀の面謁を許可しはしたが、
「天儀は上書では李紫龍を討つと書いておるが、朝集の間で強烈な諫言を吐くのでは?」
という疑念があった。
それがいま、
「李紫龍には三つの罪があります」
という天儀の明朗とした声が朝集の間に響いていた。
――朕への批判ではない。
帝の心が重みから解き放たれていた。いま帝の心は軽やか。気分の良ささえ覚える。
「つづけよ」
と帝は段下の天儀へいった。
桑国洋や国子僑を始め朝集の間に集まった群臣たちも天儀がどんな言葉を吐くか興味津々だ。
「一つ、降って故李紫明の名を汚したこと。これはご説明申しあげるまでもございません」
帝がうなづく。これは、いうまでもないということだ。
仮に歴女でミリオタの鹿島容子が李紫明の名を聞けば――、
「李紫龍のお祖父さんの李紫明はグランダの名将ですよ。しかも、いまは廃止されたグランダ軍トップの大将軍でもあった人物で、約40年前の第一次星間戦争の責任をとって自決。これでときの皇帝の戦争責任を回避させた忠烈無比の男です」
と興奮気味に説明してくれるだろう。
つまりグランダの名門李家は〝忠誠〟を家門とするような家柄だ。たとえどんな理由があろうと敵に降るという行為は許されない。
「次に二つ目。賊の将となったこと」
鹿島が、
――賊将。
と聞けば、聞いてもいないのにさも得意げにこう説明してくれるはず。
「賊将とは、さすがは朝廷での問答。古語を交えたいいかたですね。李紫龍がランス・ノールの反乱軍、自称神聖セレスティアル軍のトップに就任したことを断罪した言葉です」
天儀からでた李紫龍の二つ目の罪。これも当然すぎるほど当然の罪だが、こんどは帝はただ諾とはうなづかず、
「賊将となればまさにそれだけで罪であるが、将軍はこれにどんな罪を見る?」
という問いを発した。
天儀は帝からの問にかしこまって、
「ハッ――」
とうけてから、
「背信」
と、一言、はっきりと放ってからさらに継ぐ。
「賊が紫龍を将に望んだのは、まさに星間戦争での李紫龍の功績にあります。ですが李紫龍の率いた下軍の将兵はなにも李紫龍を賊将にするために獅子奮迅し死んだのではございません」
「なるほど。朕にはわかるぞ。部下の死を糧に賊将として地位を得るとは部下の死を無為にし、かつ汚しておる」
天儀が身に鋭さを帯びて少し頭をさげた。
――李紫龍を名将たらしめたのは本人の資質だけではない。
というのが天儀の厳しさ。
「愛妻を殺されたから帝を裏切った」
この理由が下軍の全将兵に通用するのか?そんなわけはない。
上書をしたためた時点で天儀の心身は戦いへと解き放たれたようなものだ。戦場に没頭する天儀に一切の甘えはない。
――将の帥たるもののすることではない。
という狷介ともいえる強い思いが、天儀の身から鋭さとしてもれでたのだ。
「賊、李紫龍は祖父の名を汚し、部下の忠節を裏切ったか」
帝が嘆息していった。
天儀がすかさず跪拝して、
「人臣に一つでも罪があれば刑法で裁かれるのに、三つもあるのです大罪といわずなんというのでしょう。臣は願わくは、これを誅伐する許可をいたきたく存じます」
勅命軍を率いる許可を願いでていた。
天儀は三つ目の罪を口にしないまま終えた。だが誰もが三つ目の罪は聞くまでもないと思った。
天儀の口にした罪は、一つ、二つと続いて内容が重くなっている。
三つ目は、
――帝の信頼を裏切ったこと。
当然これだろうと朝集の間の全体が決めつけ、誰も気にもとめなかった。
だが天儀はあえて三つ目を口にしなかった。
口にしなかった三つ目は――、
「妻の安心院蕎花が殺されると反乱軍へ加わることを決意したこと」。
これで李紫龍の妻の安心院蕎花の死が無駄になった。と天儀は思う。安心院蕎花は、なにも夫を離反させるために死んだのではない。
――安心院やつは紫龍に反乱軍に加わって欲しいなどと思うまい。
という淡愁の思いが天儀の身に霜のように降りていた。
安心院は紫龍を絶対的に信じていたからこそ、
「紫龍が叛いた」
と決めつけていた帝を痛烈に非難したのだ。
――なぜその思いをくまなかった!
天儀に寂しい怒りが生じ、ただ己の無力さを慚愧した。
そう天儀が思う三つ目を音として外にだせば、間接的に帝を批判することになる。
天儀は帝の心情を気づかったといえば美しいが、おもねったといえばそうだ。天儀も目的のためなら方便をつかうことをいとわない。
天儀にとっては、
――軍を率いて討伐にでる。
それだけだった。
「李紫龍を英雄たらしめた星間戦争で、李紫龍を起用したのは私だ。責任は取る」
天儀が無言に思い。目を炯々とさせ青白く燃えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――天儀将軍が凄まじい気を放っている。
と、その美貌を国宝級と称えられた国子僑がひたいに汗をにじませていた。
国子僑は、天儀将軍に勅命軍を率いさせば帝の思いをくみつつ、朝廷の面子が立つように上手くやってくれるだろう。と、ゆるい見通しをもっていたが、
――これでは少数を率いていますぐ突貫しかねない。さてどうする。
という焦りを覚えていた。
いや、李紫龍を誅するために往時の6個艦隊の編成が、天儀将軍の念頭にあるのでは?という予感すら国子僑の頭には浮かんだ。
「あの様子では集光殿を担保に資金を捻出するといいだしかねない」
と国子僑が青くなる横で、桑国洋は、
「いや首都のテンロン特区を売り払いかねない勢いすらあるぞあれは。首都の競売など聞いたことがない」
と卒倒しそうな思いに駆られていた。
朝廷の貴顕である2人が心配で青くなるなか、
「天儀将軍へ斧鉞を授け、勅命軍を任せる。第一星系内にある軍備はなにをつかってもよい。加えて他に必要な物があればいってみよ」
帝が天儀へ軍を任せることを決定すると、天儀の瞳がギラリと発光、体貌を膨らませ異常な戦意をみなぎらせた。
瞬間、国子僑も桑国洋も、あれは虎狼にひとしい。と、嫌な予感を覚えさらに青くなる。
――おい、まさか六軍を要求してくれるなよ。金も人もないぞ。
と、国子僑が思えば、桑国洋は、
――皇室財産の供与を要求されれば帝は許可なさるぞ。どうすればよいのだ。
などと悲壮し、皇室も朝廷もこれで破産すると涙目だ。
「では、わがままを一つ」
と天儀が頭をさげた。
国子僑と桑国洋の2人が同時に心中で、
「「やめてくれ――!」」
と叫んでいたが、
「虎符を頂きとうございます」
天儀からでた言葉は意外なものだった。
――虎符?
という疑問が朝集の間全体に広がっていた。
おそらく鹿島が虎符と聞けば当然知っていて得意げにこう説明してくれる。
「うふふ、またしゃしゃり出ちゃいますよ。虎符とはですね。派遣される宙域の公営財産を自由につかえる権限に、さらには動員の権限まで付与されている凄い制度です。艦隊が駐留する宙域の行政組織から様々な援助を現場の将軍の裁量で引き出せます。動員とうことだから徴兵までできちゃうんですねぇ」
長いので要約すると、
「つまり、虎符はなんでも引き出せる魔法のカードです!」
ということだ。
「なお、虎符制度はまだ大将軍制度がなく、グランダの構成惑星や宙間行政体の独立性がいまよりまだ強かった時代に機能していた制度ですね。大将軍職ができると、その権能が大きくかぶるので、虎符はつかわれなくなって忘れさられたという感じでしょうか。主計科の私も教科書で見て、そんな制度がありますよーってちょこっとだけ習ったていどですね」
財務大臣を務めたことのある桑国洋は国の制度には詳しい。桑国洋は虎符と聞いてホッと息をつくと同時に、
――なるほど天儀将軍は考えたな。
という明るさを覚えていた。
虎符を携えていけば、少数の戦力で発っても勅命軍としての体裁が損なわれることはない。
「虎符には、まがりなりにも派遣される宙域での動員の権限も付与されている。少数の兵を率いてでても、道々集めていくという格好がつく」
というのが桑国洋の考えだ。
国子僑も長いまつげをしばたかせ、
――天儀将軍は上手い手を思いついた。
と、桑国洋と同様の感想をもった。
いまグランダは大将軍職が廃止されたので、柔軟に動くのに虎符を携えるというのも理にかなっている。もちろん同君連合とはいえ、この虎符が星間連合内の宙域で効力を発揮するかは別だったが、それでも格好はつく。
「なるほど、虎符か」
と、帝は口にした。
虎符と聞いた帝は、天儀はよく朕の好むところを理解している。と気を良くした。
天儀は朝廷の慣習や様式には疎かったが故事を好んでいるようで、つかう単語や言い回しは帝の好むところだ。
――その口から出る修辞は巧みとはいえずとも、好感を持つ。
というのが帝の天儀への当初の印象だった。
気分の良くなった帝は思わず、
「天儀将軍は、朕が李紫龍を司令長官に親任したことを正しかったと思うか。忌憚なく述べよ」
内にある慚愧の思いを婉曲に天儀へ向け吐いていた。
国子橋の顔が思わずあがった。これは答えかたが難しい問いだ。
――あらゆる親裁は是である。
帝は絶対に自身の処置へ是非を問わない。
それをいまあえて声に慚愧の色をのせて発したということは、
――帝は天儀将軍がどう応じるか試しておられる。
と、国子僑は見た。
帝は、帝であって人ではない。人は過ちを犯すが、帝は間違わない。という究極の原理のもとにある。
往古、皇帝のその一言が生死を与奪し、法となって世界をめぐった。帝の一言は万世において影響をおよぼす。言翻す、撤回するということはありえない。
――あれは間違いでした。
で、すまないのが帝の言葉であり詔勅だった。
また帝は親裁を下す前にあらゆる言葉を組み上げて言を下す。例え施した処置が、間違っていても群臣の助言がたりないのであり、帝の間違いではなく、たとえ一見間違いに見えても遠くまわって良き結論を導く。そして一度親裁がくだれば、親裁が良き結果となるように群臣は粉骨砕身して努力すべきなのである。
政界の若きホープ国子橋の専業は法。国子僑が帝の究極の形とはなにかを法の上で突き詰めると、帝は間違ってはならない。とうことであり、この言いかたを変えれば、
――帝は絶対に間違わない。
こうことになった。
そんな国子僑からして、いまの帝は明らかに面白い答えを望んでいる。単純に「ない」と答えては帝の気分を害するだろう。だが責任があるというようなことをいえばやはり気分を害する。




