(四章エピローグ) そのころ鹿島は、④
やってしまいました寝坊です――!
鹿島容子はトレードマークのホワイトブロンドのツインテールを激しくゆらし急いでいた。
『映像で見る世紀(全182巻)』
鹿島の寝坊の理由はこれ。
うぅ、特別巻の『第四次星間戦争編』が発売されるって知ったら、観たくなって――、気づいたら2時をまわってました。私のバカバカ!などと焦る鹿島が時間を確認すると始業3分前。
「カタリナ従姉さんに怒られちゃう!」
と主簿室へ駆け込んだ鹿島を襲ったのは、遅刻寸前の出勤への叱責ではなく、
「大変!紫龍様が反乱具への参加を表明ですって!」
とう悲壮感に満ちた室長カタリナ・天城の叫び声。
この驚きはカタリナだけではない。グランダ軍全体が、いや同君連合となっているグランダと星間連合が蕩揺なかへと放り込まれていた。
後方担当で、ちょっとやそっとの戦況の変化では関係ない、と普段かまえているはずの経理局ビルも騒然としている。
だが、遅刻寸前で出勤した鹿島には、突如襲ってきたカタリナの叫びについていけない。
「えっと、ちょっと待ってください従姉さん。どうしたんですか?落ちついて、えっと、こういう場合は深呼吸ですよ」
けれど面食らう鹿島にカタリナは容赦なく、
「容子ちゃん朝のニュース見てないの?!」
と、迫った。
尊敬する従姉で上司のカタリナの急進に鹿島は混乱。えっと、えっと、第二星系でランス・ノールの2個艦隊が独立宣言、もとい反乱軍ですけど。この反乱軍を討伐しに李紫龍の連合艦隊(2個艦隊)が派遣されて、それから――。
「紫龍将軍は中立コロニーでランス・ノールと交渉してたんですよね?」
「わかんないわよ。交戦があって、反乱軍が勝利宣言。同時に紫龍様が反乱軍へ参加したって……」
カタリナが泣きそうな顔でいった。
――えええ!?
と鹿島は驚きで声がでない。
「とにかくニュース見なさいよ」
カタリナが自身の携帯端末を取りだし手早く操作。画面に動画の埋め込まれたニュースページを表示。鹿島が画面に目を落とすと、カタリナが動画再生。
『――不敗の紫龍は神聖セレスティアル共和国の理念に共鳴し、我々と行動をともにすると表明した。我々は喜んでこれを迎え入れ――』
おおー、ランス・ノールです。あいかわらず偉そうに演説してます。とのんきに思うも次の瞬間にはハッとして、
「って、ええ?!本当に?!」
驚いていた。
「私が聞きたいわよそんなこと。とりあえずいまは連合艦隊から反乱軍側へ投降する艦が多数でて、李紫龍司令長官も戻らないという状況よ」
「そんな……」
「こんな状況で岐陽台から声明がでたから、みんな紫龍様の裏切りは間違いないだろうって」
「ええ、岐陽台って朝廷が記者会見とかやる場所ですよね?なんで朝廷が?関係ないですよね?」
鹿島は大混乱。疑問が三連続。
「連合艦隊司令長官の認証を帝が行なったからよ。帝はご自分に責任があるって。で、声明の内容をかいつまんでいうと、朝議を召集して事の真偽を確かめるから、みだりに騒ぐなって話だったわ」
「それって……」
「帝と朝廷は紫龍様が反乱に加わったって認めたようなものよ。しかも朝議の召集の名目は〝李紫龍の詮議〟よ。詮議って調べてみたらグランダ朝廷だと〝弾劾〟のことじゃない」
「弾劾って……」
と、鹿島が言葉を失った。
問罪して不正を公開し責任を問う。これが弾劾。そして弾劾された時点で罪は確定しているようなものだ。小学校のころに政治のシステムとして習う。
「ああ、どうなっちゃうのよこれ」
カタリナが端末を操作。別のページを表示した。そこには李紫龍ファンクラブ的な会話グループのログ。
ログには李紫龍を信じるという声も多いが、
――私も紫龍様と運命をともにして神聖セレスティアル共和国へ亡命する!
とか、幻滅したという裏切りを認める声も目立つ。
鹿島が引きつった顔で従姉のカタリナへ目を向けると、そこには目に涙すら浮かべているカタリナの顔。鹿島は動揺。
「あ、あえっと」
「容子ちゃーん、うぅうう」
そう叫んで鹿島の胸に顔をうずめてくるカタリナ。
鹿島は慰めなきゃ――と思い。
「あ、そうだ。カタリナ従姉さんも反乱軍へ亡命したら?!あ、あはは」
鹿島としてはウィットの効いたジョークのつもりだったが……。
カタリナはサッと顔をあげ信じられないという幻滅の顔。
鹿島が引きつった笑みで、
「ご、ごめんなさい」
と謝罪を口にするもカタリナは冷えた無表情で傲然と無視。静かに怒るカタリナは数秒前まで情けなく涙を浮かべ鹿島の胸に顔をうずめていたとは思えない。
――と、とりあえず冷静になりましたが、怒らせちゃった……。
と鹿島が青くなるなか、カタリナはプイッと背を向け自身の席へ向かってしまう。
鹿島は、あれではとうぶん口を聞いてもらえそうにないと嘆息したが、
「カツ丼」
と一言。カタリナの背がピクっと動いた。
「味噌カツ丼」
継いで鹿島は、
「なお予算は私持ち。つまり奢りです」
とつけ加える。
自身の席へと進んでいたカタリナの歩みが完全停止。
けれどカタリナとのつきあいの長い鹿島は、その背から、
――むむ、でもまだ怒ってますね。
と、まだカタリナの心中にくすぶる怒りを見つけて、
――では追撃弾です!
と心で放って、
「つる丘のカレーうどん!」
ダメ押しの一発。
これでカタリナから怒りのオーラは消えた。が、怒った手前振り向きがたくもあるのが、いまのカタリナ。
鹿島は顔をうつむき、
「私、主簿室へきて従姉さんへお世話になりっぱなし、なにかお礼をと思って今週末お誘いしたかったんですけど怒ってますよね。なかったことにします。私ったらデリカシーなくてごめんなさい」
しおらしくいってから顔をあげると、そこには、
「あら、いやーねぇ。怒ってないわよぉ」
というカタリナの満面の笑み。
「悪いわねぇ、いいのに気にしなくて。でも、お礼したいっていうならいいわよ。可愛い従妹のいうことですし、断ったら悪いわ。金曜が都内の高級和食のカツ丼で、土曜が老舗の味噌カツ丼で、日曜がつる丘よ」
「はい!紫龍様もいっぱい食べて元気なカタリナ従姉さんが好きですよ!」
「あらだめよー私を食いしん坊さんみたいにいったら、私はちょっとだけ食が太いだけなんだから」
食が細い。という言葉はあっても、食が太いなどという言葉はない。それは大食いというだけだ。鹿島は苦笑するしかない。
「じゃ、今日も業務も頑張っていきましょ」
機嫌良くいうカタリナに、
「はい!カタリナ従姉さん!」
機嫌よく応じる鹿島。
カタリナが中指を立て、メッ、とばかりに、
「だめよ容子ちゃん。ここは職場」
そういって鹿島をたしなめた。
「あ、すみません。カタリナ室長」
鹿島が、てへ。というように、あざとい仕草でカタリナの後ろに続いていた。
明日から5章です。ユノ・村雨以上に強烈なキャラクターが登場します。
お読みいただいている方には苦痛かもしれません。
それでも付き合っていただければ、と作者としては努力した上で願うばかりです。では。




