玉藻の前討伐は公共事業でおじゃる
あれは半年前になる。
麻呂は都に暮らすしがない貧乏貴族。の筈だったのだが帝を惑わした玉藻の前なる物を討伐する為に陰陽師や武官などに同行する羽目になってしまったでおじゃる。
断ると出世に響くのでなけなしの財産を捻出して討伐に加わる事に。
だが麻呂は都に住んでおるがその玉藻の前とやらを一度も見たことがないので不思議に思っておったが考える暇もなく武官に首根っこを掴まれて連れて行かれてしまった。
でその玉藻の前と言われる狐の娘を追い詰めた。都を離れて半年後の話でおじゃる。つまり今現在。
漆黒の髪に金色の瞳。頭頂部の狐の耳を除けば都に女子達と変わらぬ美しい娘でおじゃった。だが討伐に情けは無用。帝に仇なすのであれば討伐せねばならぬ。宮仕えは悲しいでおじゃる。
そして最後の対決と言う時に邪魔が入った。
「それ以上の攻撃は必要ない! 第一、彼女が何をしたと言う!」
異国の男だ。白い肌に金髪で青目で背も高い。足も長い。麻呂は自分と比べて悲しくなってきたでおじゃる。異国の男は玉藻の前を庇うように立ち塞がっておる。
貧乏貴族で歌も下手で嫁もおらぬ麻呂には妬ましい光景であった。
「ふむ。話を聞こう」
事もあろうに陰陽師はその玉藻の前と異国の男を交えて話し合いを始めてしまった。
聞こえてくる話を総合すると玉藻の前なる狐の娘は都になんぞ行った事もなくまして帝を惑わした事はないと言い出す始末。しかもこの異国の男は彼女に助けられて惚れていたらしい。そして今、目の前で結婚してくれなどと言っておる。
遠路はるばる旅をしてきておったのは化物ではなく異国の男と玉藻の前なる狐の娘。そして麻呂の目の前で抱擁と接吻を交わしておった。
ない財産を捻出してまで討伐に加わった麻呂が道化ではないか。このまま、都に帰っても帝の怒りを買うだけではないか。
麻呂の人生最大のピンチ。
「陰陽師殿! このまま都に帰ったら下手すりゃ死罪でおじゃる! 帰る所がないでおじゃる!」
「そうですな。このまま帰ったら、ですが倒して戻っても同じ事ですよ」
陰陽師殿はトンチを言い始めた。
「倒して戻っても同じ事なんてどういう事でおじゃるか」
「結局、別の玉藻の前を作り出して政治利用されるだけです。貴方は知らないようですが玉藻の前とは帝を拒んで逃げてしまった女性の事を示す隠語です」
「はい? で、では陰陽師殿、帝は最初から狐になど拐かされて居らぬのだな」
目の前が暗くなった。謀られたのだ。麻呂のような貧乏貴族なら犠牲になろうと討伐して帰ってこようといかようにも出来たのだ。
「この2人は逃げたら良いだけだが麻呂たちはどうするでおじゃるか。討伐して帰っても討伐できなくても詰んでおるでおじゃる」
「簡単な事です。我々で玉藻の前を作り出してしまえばいいのですよ」
麻呂は陰陽師殿の言っている事が理解できない。
「まずは文を書いて都に援軍を頼みます」
「して?」
餅つきをするかの如く、麻呂と陰陽師殿は会話する。
「強大なる玉藻の前を討つには我らでは戦力が足りぬと」
「どうなるのじゃ?」
何故か狐の娘と異国の男が笑っておるが気にしてはならぬ。
「その間は我らの身は安泰です」
「陰陽師殿は天才でおじゃる!」
「その隙に身の振り方を考えましょう」
陰陽師殿の神がかった提案じゃった。
しかし、援軍に来た連中も困ってその度に都に文を書いてはその都度援軍が派兵されたが誰も責任を取ろうとしなかったでおじゃる。
陰陽師殿もここの生活がすっかり気に入ってしまったのか拝み屋などやって暮らしだす始末。
麻呂も阿呆らしくなってしまったでおじゃる。もう、どうにでもなれ。
あれから幾年月が過ぎた。
陰陽師殿は寿命で勝手に死んでしまって、玉藻の前と呼ばれていた狐の娘は異国の男と共に異国へ旅立って幸せに暮らしたそうな。
ただ一つ問題があるとすれば麻呂は命は助かったが都の自宅を失った。麻呂は貧乏貴族ですらなくなったのだ。
「こちらは玉藻の前が姿を変えた石で殺生石と──」
麻呂は今日もやってきた旅人を案内している日々でおじゃる。
器量はそんなに良くなくても優しい嫁と出会えて幸せに暮らしておるでおじゃる。
帝? 帝は失脚して別の帝が擁立されたと聞いておる。原因は財政破綻だったそうな。誠に無駄な公共事業とは恐ろしいでおじゃる。
え? 公共事業じゃなくて人の保身のせいだって? 細かい事は気にしてはいけないでおじゃる。