魔王討伐をしてほしいようです。
前回のあらすじ。勇者として召喚された
「──大丈夫?」
困ったような表情を浮かべ、碧眼は私の瞳をジッと捉えている。
コクリと頷くと、彼は優しげに微笑んだ。その笑顔が鮮明に脳に刻まれ、顔が火照るのを感じた。それを隠すように魔法陣を見やると、魔法陣は役目を果たしたと言わんばかりに光を失っていた。
脳裏に焼きつく笑顔と魔法陣に見える光跡が、勇者召喚の儀が成功したのだと裏付ける。溢れんばかりの嬉しさを胸に抱きながらも魔法陣を見納めていると、その付近の石製の床が少しめり込んでいることに気がついた。それから少し間隔をおいてこちらへ向かうように石床に足跡がついていた。
そこで彼女は我に返り戦慄した。木や藁でもなしに、石に足跡を残すなんて馬鹿げた脚力が信じられなかった。よく思い返して見ると、倒れる直前まで彼の姿は見えなかったのだ。と、なると。彼は。
──見知らぬ場所に突如飛ばされたのにも関わらず、一切の躊躇やら戸惑やらを投げ捨て、倒れ込んでから地につくほんの数瞬の時間に、10メートル離れた場所から、見も知らぬ他人を助けたというのか。
不慮に動じぬ胆力と冷静な判断力。それと、目前にいる者を理由なしに助ける優しき心。あぁ、間違いない。彼こそが勇者様に違いない。
そう感動していると、国王がいつの間にか傍に立っており、ニヤニヤと笑っていた。数瞬間、その意味が分からず呆けていたが、依然、勇者様の腕に抱きかかえられていたままだということに気が付き、慌てて飛び上がって、照れ隠しにロープを軽く叩いて咳払いをした。
兵士達が魔力切れを起こした魔術師達を別室に運び終えるまで、ずっと国王は面白いものを見つけたかのように笑っていた。
†
少し時間が経ち、騒動が収まると、勇者召喚の儀で召喚された彼──天野海斗──は不思議そうに周囲をキョロキョロと見回していた。
眼前にいる男は玉座の肘掛に肘をかけ、手を軽く握り頰につけ、不敵に笑っていた。
玉座に座っていることと、窮屈そうに頭に乗せた黄金の冠から、この国の王様であることが分かる。しかし、カイト本人が抱く王様のイメージ──白髪に髭を蓄えた熟年──ではなかったので、少し違和感を覚えていた。
20代半ばだろうか、王位を継承するにはまだ若そうだ。真っ赤に燃える髪と瞳。顔立ちはかなり整っていて、少し遊んでいるよう印象を受ける。
「まずは、謝罪と歓迎を」
若き王様は笑みを消し、小さく口を開けた。
「俺はウィズ王国の五代国王、ルーク=ディルク。この度はこちらの勝手な都合で勇者殿を呼び寄せてしまい申し訳ない」
反省からか、拳を両膝に置き目を固く瞑った。国王の自己紹介を聞いてカイトは慌てて口を開く。
「僕は天野海斗です。えっと、よく事情が呑み込めないんですけど。勇者……って僕のことですか?」
そう言って苦笑いを浮かべるカイトに、国王は虚空を見つめる。
「カイト、といったか。……お前、魔王って知ってるか?」
どこか遠くを見つめながら問う。それに対しカイトは俯いて少し考え込んだ。
「……人々を、困らせる悪者?」
あまり遊ばないRPGの知識を手繰り寄せながら、正解を窺うように口にした。自身でも正解かどうか問われれば断定出来ないものだが、まぁ、大きく逸れてはいないだろうと予想し、国王の瞳をジッと見つめた。
「あぁ、大雑把に言えばそんな感じだ。問題はその『困らせる』の範囲なんだ」
国王は悩ましげに額を押さえて大きな溜息を吐いた。その動作から苦労の程度が窺える。
「簡単に言えることじゃあないが、簡単に言うと世界の危機だ。俺たちは魔王軍の侵略によって命を脅かされてるんだ」
国王は気怠げに顔を俯かせて呟いた。その様子を畏まった態度で見守る、傍にいる十数人の近衛兵に目が移り、カイトは疑問を口にする。
「その、国の兵士達で太刀打ちできないんですか?」
近衛兵達は、立ち振る舞いを見るに手練だと推測できる。魔物、の強さがどのようなものかは分からないが、重装備の兵士で敵わないのならば一般人の自分ではもっと無理だろう、とカイトは考えた。
「太刀打ちは出来る。いや、出来ていたと言うべきか。……こちとら国に鍛えられた立派な兵士だ。そんじょそこらの魔物如きには負けやしない。ただ、魔物達が指揮系統を手に入れ、軍となってからは少し厳しいものがある。被害も増大していて城の兵士だけじゃあ手が回らない」
と、そこで、今まで憂うようにしていた国王が突然顔をパッと上げる。その瞳は爛々と輝いていた。
「というわけで、勇者のカイトに魔王を倒して欲しいんだ」