邂逅のようです。
前回のあらすじ。この世界の住人に話は通じない。魔法放たれた。
異世界の住人から魔法を放たれ、命からがら逃げ出した結果、俺は元いた草原に突っ伏していた。疲れ果てた足を休めながら、今ある情報から状況を整理する。
まず、ここは異世界だ。それはもう間違いようがない。本の世界でしか見たことがない魔物や魔法を目の当たりしたから、疑いようがないだろう。
何故俺は異世界にいるのか。原因は、あの魔法陣だろう。俺とカイトは魔法陣に吸い込まれた結果、異世界に転移されることになったと考えて良いだろう。カイトはThe・主人公という感じだったし、世界を救うためとかそんな理由で異世界から召喚されたのだと思う。
そう考えると、俺はお呼びではなかった。と、なると。異世界転移が完了する間際に起こった事故のような不具合のようなものは、俺は本来召喚される予定になかったからとかそんな理由だろうか。それで、想定外のことだったから、転移が完了するわけでもなく元の世界に戻されるわけでもなく、中途半端に転移させられたというわけか。
異世界に憧れは持っていた。俺だって少年の心を持った男だ。世界を救うという使命を受けて、皆を護るために悪を倒す主人公を見ては、俺もなってみたいと思ったことくらいは何度もあった。
けれど現実は、やりたいことは見つからないし、自分にしか出来ないことなんてなかった。将来の自分が見えないし、生き甲斐も目標もなくて毎日を無為に過ごしていた。
だから文字通り世界が変われば、きっと自分も変われるのだろうと勝手に期待していた。本当は、ただ目的が欲しかっただけなんだったんだ。何でもよかった。自分にしか出来ない、自分の存在証明が欲しかったんだ。
でも、世界が変わっても何も変わりはしなかった。海図も羅針盤も持たされず大海原に放り出され、乗組員もいなければ周囲には島一つなくどこまでも続く底が見えない水の世界。目的地は不明、到着時刻も不明。そんな世界に放り出されただけだった。
これからどうしようか。辺りは闇に染まり始めた。何だか疲れてしまった。そう思った俺は草原に寝転んだまま、そのまま野宿することに決めた。
†
翌朝、誰かが呼びかける声で目を覚ました。鳥の囀のような綺麗なその声は、何もない空っぽの心によく響いた。その声の主が知りたくて、重たい上半身をもたげる。起き上がると、その声の主と視線が合った。
──その瞬間、ふんわりとした優しい風が並び咲く草花を靡かせる。それは、冷たい空気を乗せて頰にもそっと触れる。刺激が与えられ覚醒した脳は、朧げだった視界を徐々にクリアにしていく。そうして、目の前にいる女性を瞳にはっきりと深く捉える。
「──大丈夫ですか?」
朝のぼんやりとした暖かな光に包まれた女性は、雪のように白い手をこちらに差し伸べていた。その手をとると、女性は優しく微笑んだ。
ドキッ、とした。……なんて綺麗なのだろう。淡く輝くブルーの髪、どこまでも深く誘う漆黒の瞳、大人の魅力を感じさせつつも幼さの面影も見え隠れする綺麗に整った顔立ちで、生きた芸術品のような神々しささえ感じる。ずっと見ていたい、そう思わせる雰囲気を持っていた。
瞬時に理解する。あぁ、そうか。これが──一目惚れか。
「大丈夫、だと思います。ところで、えっと、その。……お名前を伺っても良いでしょうか?」
大丈夫かと尋ねられていたことを思い出し、早く返事をしなくてはと焦り慌てて返事をするが、慌て過ぎたせいか変な言葉になってしまった。
「……ふふっ。私はベルクライネと申します」
しどろもどろに言葉を紡ぎ合わせてしまったことを少し後悔していると、女性は俺の慌てふためく様子がおかしいのか、クスリと笑って答えた。──その笑顔が凄くかわいかった。どうしようもなく衝撃的で、俺の記憶に深く刻み込まれ、その笑顔を護りたいと思った。
「一目惚れしました。どうかいつまでも、あなたのお側にいさせてください」
俺はこの日、自分の存在証明を見つけた。
本当はもう少し先まで行きたかった……っ!