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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-09:セカンドギア
98/134

散文。

 冒険者は基本どこであれ部外者である性質上、催し物をするとあっても彼らが中心となることはかなり珍しいことだ。

 しかし目の前に迫りつつある『月祭』というものはその珍事レアケースに唯一該当する激レアも激レアな大規模企画でもある。スモーカー自身も何度か月祭には参戦したことがあったが、考えてみても思い出してみてもシユが仄めかすようなシリアスなものではなかった。どういえばいいのか、認識がずれているということは確かだろう。

 

「何だ、今回そんなに厳しいのかよ。前回は、たしかウロボロスだったか、あれもだいぶひどいことになりかけてたじゃねえか」

「あれはフィールドが悪かったんだよ、治安悪かったし。でも正直洒落にならないんだ。前回が余震だったっていえば伝わる?」

「そりゃあ……詰みもありえるんじゃねえか……」


 しかしそれよりも、クォートは完全に状況を把握しているらしくシユもその前提で話を進めてしまっているのが何よりもまずい。完全に置いてけぼりにされている、同じ言葉を話しているはずなのにまったく別の言語にすら聞こえてくる。

 まだ「ソウルの系列とにかくグロイ」とかならばわかるが、何なんだよ「X2006のY01001から出荷のV5型F7式」とか、お前らは何の話をしているんだよ俺は数字強くないんだぞ。傍から聞いていてもチンプンカンプンだ、そもそも冒険者の会話なんて普通は解読できないものだがこれはひどいとかいう話じゃあない、会話の暴力だ。

 注文しておいていつの間にか届いていたらしい燻製チーズをつまんで理解はしようとはするものの、どうしたものやら。

 この状況で「何も知らないんですけど!」というにはかなり辛すぎる状況だ、しかも時が過ぎるほどに過酷になっていく鬼畜仕様だ。あぁクォートがめったに使わない緑の改造端末まで引っ張り出してきた、お前ら何攻略回路開こうとしてるんだよ本題ずれ始めてるじゃねえか。


「まぁ、今回に関してはこんな感じなんだけど……ってスモーカーくん、どうしたの明後日の方角向いて」

「いや……世界って広いんだなって……」

「んだよ知らねえなら知らねえっていえよ、めんどくせえな」

「全員が知ってる前提で話進めるのが悪いと思うんだ、俺は」


 面倒くさいなぁとシユがものすごく不機嫌そうに目を細め、黒手袋で覆った両手を組んで微笑む。どうにも死神と名乗っていた時代の癖は抜けていないらしい、その微笑みが示すのは「不愉快にさせんなよぶっ殺すぞ」という殺意に変わりはないのだろう。

 背筋を伝う冷や汗が一瞬にして凍結したのをスモーカーは感じ取るも表情は崩さないように心掛ける。一方クォートは何も気が付いていないらしく、極寒ブリザードの温度にも気が付かないままポカンとしていた。


「まいっか。スモーカーくんはテーブルガーデン出身だもんね、しかたないよね」

「ディストピアは総じて常識がないとかいう話はやめろ」

「誰もそうだとは言ってないよ」

「くたばれ死神」

「頭かち割って死ね煙野郎」

「お前らー話進めろー、いやもういいわオレが進めるわだからお前ら座れ! シユは爆弾持つな! スモーカーてめえは銃抜くな!」


 だってこいつが、と言いたかったがクォートが得物を構える音が聞こえたので大人しく座ることにする。──とにかく話を聞け、とクォートはため息まじりにだいぶ大雑把な説明をしてくれた。がしかし細かい専門用語も多く結局よく分からない、これだから冒険者の関係は嫌いなんだ。


「初心者に分かるように三行で頼む」

「月落ちる、祭りやる、阻止する」

「うんさっぱりだわ」

「分かれよこの野郎」

「ごめん魔弾クォートくん、さっきのはボクでもよく分からなかったよ」

「慈悲はねえのかよ!?」

「このメンバーだぞ」

「慈悲を求めたオレが馬鹿だったわ」


 月祭のことが結局わからないまま無駄に時間が過ぎていきそうなのは置いておくとしても、さっきから外がかなり騒がしい。外でどうやら殴り合いかなにかをしているようだが、これは人対人の殴り合いなのだろうか。店の窓が先ほどから真っ赤に染まっていて結構恐ろしいことになっているのだが。鉄の臭いが染み出ていなくはないはずが、それでも問答無用でパンケーキを上品に食べているシユが真面目に怖い。ついでにケーキをすんごく丁寧に食べ続けているクォートも怖いっていうか礼儀正しすぎて末恐ろしい。

 ひとまずこの流れだとスモーカーは月祭に参加することが確定してしまっているようだし、端末で調べる限りでは国からも許可を取っているそうだ。どちらかは分からないが、アーサー王もその場に姿を見せる予定もあるらしいし仕事をするにはまぁまだマシな状況だろう。というよりもそう思っていないと胃が痛くて仕方がない。

 いや本気で窓割れそうなんだが大丈夫かこれ。人型だが人ではない何かが滅茶苦茶窓をたたいているんだが。


「とりあえずよく分からないが分かった、シユ、一応聞いておくが報酬はあるんだろうな」

「町の人の笑顔プライスレスじゃだめ?」

「俺は! 傭兵! だ!!」

「まぁまぁ、さっきのは軽いジョークだよ。ジョーク。大丈夫、報酬なら用意してくれるよ。セージュが」

「結局他人払いか! そんな気はしてたがな!」

「別にこの仕事は無理にうけなくてもいいんだよ?」

「此処で引いたら夜道に気を付けるレベルじゃすまされないだろう!?」

「そうだね、しばらく新月が続くよね」

「ほらぁああもぉおおおおおおおおおおおおおおお」


 スモーカーは今度こそ陥落する、これは腹をくくっていくしかない。

 何が何でもこの状況下で勝負するしかなさそうだ、残念ながらメビウスからの連絡はないしもし連絡したとしてもスモーカーにこの状況を適切に説明できるかと言われれば絶対的に不可能だ。

 せめてもの自己主張だと勢い良くテーブルに額を打ち付け湯気を立てるも、そもそもいる面子が面子だ。そんなことしても同情すらされないどころか反応すらくれない。虚しさが加速しただけだ。こんなことならばクォートになんざ合流せずに一人で城に乗り込んだほうがましだった、少なくともこんな虚しさに襲われることはなかったはずだ。悔いても悔いても状況は無慈悲で変わらない。

 あのメビウスとの会話が静かだったのは嵐の前の静けさということだったのだろう、どんな大嵐が来るのやら。──だがしかし大嵐の到来は現在進行形で無慈悲であった。


「Gaaaaaaaaaaa──!」


 潔い音と共に、ホラーショウとなっていた真っ赤な窓がとうとう割れてしまった。

 飛び散る赤の混ざったガラス片は問答無用でテーブルの上に置かれていたパンケーキや紅茶に突き刺さり、とりあえず店の奥から悲鳴が聞こえた。こちらをギロリと見下ろしている片目が抜け落ちて顔の半分が融解した腐肉の塊が、その四肢のような形をしたそれで窓から這入ってこようとしているところまではいい。


「オレの紅茶の仇ィいいいいいい!!」

「ボクのパンケーキを返せこの【削除済】野郎!!」


 目の前の暴君二人が切れることは、想像はしていたが、やはり回避不可能だった。 

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