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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-08:バイ・プレイヤー
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獄寒。

 ジェシーに階下の制圧を任されたモルドレッドは着実に城の中身を制圧しながら、数歩遅れているとは自覚しておきながらも確かに玉座の間への道を捕っていた。 

 複雑な形状をした城が今回の場合仇になったが、この場を優位に使えるかは否かは自分次第だと息を呑み込みながら各所に騎士たちを配備させながら、最終的にモルドレッドは一人で玉座の間へと駆けていく。団体行動は最初からするつもりがなかったが、この国の騎士たちもまた効率を優先させるならば個人行動も厭わない精神の持ち主らしく、珍しく同じ思考回路を持つ者たち同士で詰まりかけになるであろう制圧作業は、そう時間はかからないだろうとモルドレッドは思った。


「ほう、やはりお前はこの道を選んだか」

「よし、今すぐ私の目の前から消えろやがれ宝石公爵くそじじい


 玉座の間に続く隠し通路を行くモルドレッドの目の前に現れた宝石公爵に対し、躊躇いもなく矛先を向けたモルドレッドは柄にもなく顎でどっかいけと命令を飛ばすも、公爵はまったくそれに従うそぶりも見せずにくすくすと笑う。まったくこいつは自分の立場をわかっていない。いつの時代でも一貫性を持つそれはいっそ邪魔でしかなかった。

 

「ほっほ、最近の若いものは血の気が盛んで恐ろしいのう」


 宝石公爵は楽しげに微笑むと、一つその杖を床に突ける。

 一突きしたわりには鋭い音が響けば、宝石公爵の背後で血しぶきが舞う。見せない一閃が隠れ潜んでいた腐敗者を絶ち切ったのか、それともただの偶然だったのか、技量で言えばまだまだ推し量れないモルドレッドは思わず一歩後ずさってしまった。

 そうビックリなさんなと公爵は白々しい誤魔化しを挟み、返り血で赤黒くなったマントを翻しては年を重ねても光を失わないぎらつきでモルドレッドを捉える。


「して、裏切りの騎士よ。ボールスをどうするつもりだ?」


 モルドレッドはいきなり叩きつけられた敵意に目を見開いた、やはり導師の一族、自分の正体はすべてわかっているようだがそれ以上にも重い敵意にモルドレッドはすぐに答えることができなかった。正体を知られているならば、目的も抜かれているのだろう。しかしそうであっても、嘘も本音も言わせないといわんばかりの威圧感が心臓を押しつぶそうと重力が加速する。


「……別に、どうするつもりもない」

「だろうな。……私はお前を買っているほうなのでな、そうあまり気張るでないさ。嫌に早死にされても困る」


 くるりと身を翻しいずこへと去り往く宝石公爵の悠然な背から叛くようにモルドレッドは駆け出した、もうじきに時間だ、呆然としている暇はない!


/ 


 一足早く玉座にたどり着いたジェシーは、その想像斜め上の光景に思わず乾いた笑いすら零していた。


「これは、想定外だわ……」


 てっきり譜面と同じくして腐敗者に群がられていることを期待していたジェシーだが、その光景はあまりにも肩透かしであり不意打ちに近かった。

 光に反射して煌くチャリスの牙は天井を空からぶち破り、玉座を叩き割ってはその底へと向けて突き刺さっている。その矛先は考えるまでもなく、あの真っ青な基盤譜面に向かっているのだろう。直に接触してのハッキングを狙っているのだろうし事実そうなっていることは先ほどの譜面を奪い返したときに把握はしていた。

 しかし、それだけだった。

 敵という敵がいない、何も殺気も感じることが出来ない異質なほどに静まった空間は、戦場を踏み越えてきた前提と熱を持つジェシーにはあまりにも寒すぎるがゆえ胚までもが凍傷で悲鳴を上げる。感覚だけの話だけであればよかったのだが、この部屋は物理的にも酷く気温が低くなっており一歩踏み込んだ絨毯がぱきりと音を立てた。

 一歩遅れてたどり着いた騎士たちもまたこの状況が理解できずに困惑の声を漏らしている、固まっている場合じゃあない、ジェシーは何とか意識を固定させると騎士たちへ周辺の警戒を指示しジェシー自身はチャリスの牙へと近付き、その情報を読み取ろうと瞼を閉じる。簡易的な調律ではあるが何が流れ込んでいるかは分かるだろうと思ったはいいのだが、それが悪かったのかどうなのか。


「──Gxaaaaaxaaaaaaaaaaa!」


 もはや形を保っていない天井の穴から飛び込んでくる赤塊が、ジェシーの纏まり掛けていた集中力を削ぎ殺してしまった。慌てて咆哮の方角を見やれば、一瞬本気で目を逸らしたくなるような理解の追いつかないゲテモノがフィルターもなしに飛び込んでくる。

 どろどろに融解した肉と内臓が黄色い骨に縋りついたような形で、ぎらぎらと揺らめいている眼光もまただらだらと液を混ぜている。辛うじて胴体かと思われるその背から引っ張り出されたような雑巾のように引き千切れた翼は、はばたきを見せるたびに周囲へ腐臭を撒き散らす。──腐敗者だ、どちらかといえば、本物の!


「すまない! 取り逃がした!」

「あは、もう逃がさないわ!」


 思わぬ来客に競り上がる衝動がジェシーを動かそうとするが、同じくその天井の穴から飛び降りてきた二つの影に阻止される。応援に来てくれるといっていた捕喰者ハルトとマリアだ、二人ともだいぶ消耗しているらしいがそれ以上に熱も空回っているように見ることが出来た。聞けば外周から漏れそうになっている腐敗者は緊急的に呼び寄せた捕喰者たちが食い殺してくれているとのこと、ハルトたちはジェシーとの合流を急ぎ、途中で現れた竜形腐敗者に手間取っていたらしい。

 確認作業も傍らに全力の咆哮が玉座の間を揺らす、ジェシーはちらりとチャリスの牙を睨み、再度竜型腐敗者へと視線を戻す。どちらを優先すべきだろうか、ジェシーは身の内に買う獣が檻へ体当たりしさっさとアイツを食わせろと咆えるのを聞いていた。思わぬところで欲が漏れそうになるのはいつものことだが、辛いことに制御が利きそうにないコレに対してどうしたものかと胃袋の牙を突き立てる。


「俺も加勢す──「うおおおらぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 欲に負けて得物に手をとった瞬間、竜型腐敗者の背から聞きなれない雄叫びが響く。誰だと全力で視界を確認すると次の瞬間には翼の付け根を叩き折られその勢いを殺しきれずに床へ身を叩き付けた竜型腐敗者の姿があるじゃあないか。誰がやったんだと思わずハルトたちを見るが、ハルトが全力で「俺じゃねえ! 俺は悪くねぇ!」と首を横に振りマリアは思わぬ光景にぽかんと口を開けているとまでくる。

 じゃあ誰が──と再度竜型腐敗者(あれでもまだ死んでないらしい)を眺めると、くるりと身を宙に翻しその大剣を床に突き刺して衝撃を殺していたモルドレッドの姿が映った。


「モ、モルドレッド……?」

「ジェシー! 貴様は早くチャリスの牙に調律ハックを掛けろ! アヴァロンのデータを抜け!」

「うぇえ!? え、なにどうしたんだっつかアヴァロンって何!?」

「いいからやれ時間がない! 捕喰者! 狩りに協力するから速攻でドラグーンを落とすぞ、そいつは果実もちだ!」

「お、おう!?」


 人が変わったように畳み掛けて言いくるめてくるモルドレッドに対抗できるわけがなく ジェシーは言われるがままにチャリスの牙へ向けて調律を展開する。

 集中は今度こそ一本の糸に縋りつき、周囲の音すら遠ざけてあっという間に鼓膜に届く音は鼓動の律動のみに絞られた。


「──ッ、グ、……!?」


 侵入者に対しての自然抵抗なのかなんなのか、襲い掛かってきたのは不協和音という音の暴力だった。

 鉄が悲鳴を上げ、頭蓋の中身が掻き毟られていくような不潔で拒否しか示さない音の波が吐き気すらも呼び起こし理性を揺さぶっていく。うちの基盤譜面はもっと素直だったぞとジェシーは喉の奥から競り上がる甘い臭いをかみ殺しながら、乱されていく集中力を束ねていく為の方法を模索していく。

 だが膨大な情報を選別するほどの余裕はなく、先ほど言われた「アヴァロン」という鍵のみを求めて深くまでのめり込んで行くもののうまく奥に進むことが叶わない。


「(ガードが固すぎる、!)」


 焦りと吐き気から滲み出る脂汗がぽたりと落ちていく、ジェシーは一度静かに息を吐き、大きく冷たい酸素を取り込みもう一度調律レンジを試みる。

 集中しきった神経がそれに間に合うように体勢を整えたのか、ジェシーの深層心理の中にそういった思考回路が残っていたのかは定かではないが、自然とその手はもう一つの異形と貸した手を握り返して──いうなれば神へと捧げる祈りの形をしていた。大きく跳ねた心臓が焼ききれた脳に精神に魂に情報開示の合図を見せ、ごく自然に繰り返される抜き出しと解凍の繰り返しは傍から見れば不思議と奇跡を引き起こす神子の祈りのようにでさえ見えのだろう。


 ──寒い。


 凍りつくような肺の中にまさぐる熱が声を荒げる、たった一つの情報がジェシーの記憶に掘り込まれた瞬間、何かが砕け散るような音さえも飲み込まれて消えたような気がした。

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