表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-08:バイ・プレイヤー
93/134

接戦。

 牽制に近い揺らめきと閃光が世界を見開かせる。

 ジェシーは集中するために閉じていた瞼をゆっくりと開くと、目の前の世界にある種絶句した。

 そこは先ほどまで立っていた空間とはまるで違う、どこを見ても地平線の広がる世界だった。突然の現象に驚きジェシーはあわてて周囲を見回すが、それは今まで見てきた少ない世界の中でも見当がつかないものばかりが転がっている。鉄屑の残骸、というべきか。いくつか形をとどめてはあれどその形は知るものであったとしても、その存在の大きさは異様だった。──人の身長よりも大きな、銃。おおよそ人が扱えるものではないということが伺えた。

 しかしそれはこの世界、少なくともこの壊歴の大陸の産物ではないということを直観させる。

 ……さて、こんなものが雑多に転がり赤茶けた空が覆うここは、いったいどこなのか。


「……直接対決マッチングかよ」


 調律チューニングという技術は確かに情報の塊なれど、施行者の感情に振り回される感情優位の数値化できない不安定な技術だ。感情の重さと自我の強さで食い合うこれは、調律妨害ジャミング合戦などをする場合なんらかの現象を映すことがある。そもそもが人の脳みそには荷が重すぎる技術なのだ、人が制御するために、理解するために何らかの劣化処理を起こすことは何ら不具合でもなんでもない普通の処置だ。

 この目の前の現象も、似たようなものだ。

 いうなれば不可視の殴り合いを「可視化」するというものだろう。調律は演奏合戦セッションバトルとも称されるほど、人間の視覚には中々に手厳しい形状を持つ。しかし不可視というだけで人の頭は必要以上に労力を消費するものだ、見たこともないようなものを想像しろ、ということを平然と要求してくる時点で普通じゃ理解もできない。この時点で調律を理解できる人種は限られてくるのだがこの場合、この状況の場合は間に合わせの救済処置としての「可視化」ではないのだろう。


「伝承派、スモーカー=ベレッタ。宣告なしの直接対決マッチングという無礼を謝罪する」


 目の前から真っ直ぐに歩いてきた男は、頭を下げずにそう声を投げかけてきた。

 妙に線の薄い、すらっとした立ち姿の男……スモーカー=ベレッタは見ただけでもわかる手練れだった。戦闘経験皆無の連中にはもやしと言われても仕方がないやせ型をしているが、黒と白のジャケットパーカーから見せる腕や身体全体のバランスからしてもまるで戦火に名を呼ばれて育ったような異質な鬼の風を纏っていた。

 普通に考えるならば、正面からなぐり合ったところでジェシーが勝てる相手ではない。


「今更無礼も礼儀もないだろ、こっちは初心者だってのに」


 ジェシーはとにかく自身の姿勢スタンスを見せないことを心がけようと、わざと苛立ち気味に返答する。苛立っていないわけではない、焦っていないわけではない、しかし勝ちを急げるほどジェシーには生身での戦闘には──特に一対一タイマンには傲慢的な自信などなかった。ここが普通の戦場だったならば、むしろすでに白旗をあげていてもおかしくはないだろう。 


「そうか、なら手加減したほうがいいだろうか」

「出来ればそうしてほしいところだけど、いいのか? 給料さがるんじゃないのか」

「最低元を取れればいい。それに全力を出せるようなフィールドではないからな」

「そりゃあな、そっちが侵入してきてるんだし。どうせなら法則優位戦セミオートにしてくれよ、俺はそっちのほうが得意なんだ」

 

 元よりこれを管理してきた導師の一族がこのような事態を想定していないわけがない、基礎ばかりでこの戦場で戦うことはジェシーはど素人ではあるが戦ったことがない訳ではない。ほんの少しのさわり程度だが、自分が得意な制限というものは掴んでいる。なにせこの目の前の衰退した世界は現実にない仮想空間だ、現実では不可能なことでさえ実現させることができる。


「分かった、技術優位戦マニュアルにしよう」

「大人げないことしやがる」

「お前はもう少し子供っぽく振る舞ってくれていいんだぞ、そのほうが読みやすいからな。ボールス王」


 ジェシーの露骨な誘導にスモーカーは軽々と乗ってくれる、どうにも逆境がお好きな人種のようだ。

 先ほどジェシーが提示した法則優位戦は文字通りに一定の法則に乗っ取った制限だ、魔法や魔術を扱う者たちが属性の相性を唱えるように、火に水が利くように物理的にもそういった法則が乗っかる簡単なほうの制限。まるで遊戯のようだがそもそもが遊戯だ、情報の取り合いならば実質そうなっていくのも仕方がない。

 しかし、スモーカーが設定したのは技術優位戦。本来ならば選択権は形式上ボールス王の座に立つジェシーにあるべきなのだが、基盤譜面もとよりこの譜面を乗っ取られている現在、スモーカーに選択権があるのは当然のことだ。

 だがジェシーからしてみれば、それでよかった。


「はじめよう」

「あぁ」


 何が合図というわけでもなく、互いの声が必然的に戦闘開始の鐘を鳴らした。



「派手に行こうか!」


 爪の上に装着するように構えた連射銃が猛り啼く。カラカラと廻っていく銃身から小さな、されど殺傷する気に満ちた鉛玉が鼓膜をびりびりと震わせるような爆音を立てて吐き出されていく。

 対するスモーカーはそこらから引っぺがしたらしい鋼鉄の盾を片手に、あくまでも瓦礫の山から瓦礫へと移動を繰り返す。追尾性能などない弾丸たちは平然と瓦礫の山に着弾するも、その衝撃波を体現するかのように土煙と波紋の球を膨らませる。土煙のカーテンの中から人影──スモーカーがこちらへ向かって飛び出してくるも、ジェシーは狙ったかのように片腕に確保していた拳銃の引き金を引く。

 だがただでは食らわぬといわんばかりにスモーカーは鋼鉄の盾をジェシーへ向かい投げつけ、さらにその上でマスケット銃の引き金を引く。重い一発を辛うじて構えていた連射銃で受け流し、ジェシーは危なかったと安堵のため息をついた。


初心者ルーキーの癖にやるじゃあないか! 子供の癖して生意気だな!」

「お子様だからな!」


 エンジンがだいぶ空回ってきたのか、スモーカーの褒め言葉を間髪待たずに適当な言葉で反撃する。

 ジェシーは正式名も分からない使い物にならなくなってしまった連射銃と弾切れになった拳銃を、壊れたおもちゃを廃棄するかのように投げ捨て新たな得物を探すために瓦礫の影を経由しながら駆ける。

 先ほどから続くあまりにも異質な戦いは、息を呑ませぬほどのむせ返る鉄の臭いに塗れていた。

 この舞台はおそらくスモーカー自身が得意とする世界そのままを表現しているのだろう、ジェシーからしたら全く知らない別世界に等しいと同時にその世界のルールで戦えという一見難解なものだ。普通の思考回路を持つ人間が放り込まれたら、こうやって動き回ることすらできないだろう。

 だからこそ、現実ではない、調律の中でしか行えない別次元のものへは「想像力」と「許容力」をもつものが勝る。

 自身の持つ世界観に捕らわれていては疑問符が生み出す行動の鈍りですぐに蜂の巣になってしまう。疑問をあげている暇はない、使えるならその原理はどうでもいい、使う方法がわからないなら考えて打ち出せばいい、ようは深く考えたらそこで死ぬ。

 特にジェシーからしてみればこの直接対決は勝たなければ現実での戦いも同時に負ける重要局面だ。身勝手な疑問符ごときで落とされるわけにはいかない、だから勝つしかない。負けることなど考えない。

 ジェシーは影から影へ移動しながら、遠目にまだ使えそうな火薬を積んだボウガンを見つける。そこへ向かおうと足を進めた瞬間、移動線上に数発の穴が銃声とともに出現する。距離のある場所からの狙撃だと理解した瞬間にはジェシーは舌打ちし、とにかく武器をと言葉での時間延滞を試みる。


「──ッ、しつっけぇな煙の癖に!」

「煙草の煙は髪にまで浸みるからな、安心しろすぐに息の根を止めてやる」

「どんだけきっつい煙草なんだよそれは! 不健康な! 肺ずたぼろになって死ね!」

「あっはっは、まさか子供に健康について叱られるとはな!」


 血脈が廻りすぎて思考回路が焼かれ、ついには言語回路も配慮という制限を外したか。ジェシーは自分でも驚くほどにすらすらと敵対者を貶す言葉が喉を痛めながらも飛び出していく。これが戦闘の熱が逸脱する結果かと、そう感じるたびに現実ではしようともしなかった動きが表面へ弾かれていく。

 スモーカーの穿つ鉛玉を飛び跳ねるように避けながら、たまたま足元に落ちていた短銃を拾いあげそのままの勢いで後を追いかけてくるスモーカーへと銃口と矢先を向ける。


「病原持ちのモスキートに好かれるほど余裕はないんでさぁ!」


 ボウガンと短銃の両手撃ダブルトリガーちはその見た目の異様さからもスモーカーの動きを揺らがせることには成功する、幸いにもボウガンは弾丸を自動装填してくれるものだったらしく、便利なものもあるものだと構造を頭の中に叩き込む。

 しかしそんな異質な攻撃でさえ数発あたったが限界で、スモーカーは受けた傷も厭わずに切りかかってきた。


「しゃあらああああぁああッ!」

「だ、ぐぅッ──」


 さすがに引くだろうと考えていたジェシーはそもそもが防御手段を考えていなかった、また武器を犠牲に直撃は免れるものの腹部に叩き込まれた衝撃は重く、そして熱い。業火に焼かれるような痛みが恐怖を煽るも、軽々と吹っ飛ばされた体が地面に叩きつけられた衝撃がなんとか恐怖を引っ込めさせる。

 くらくらする視界でスモーカーの姿を確認するも、その姿はほとんど至近距離にまで詰め寄っている状態だった。追撃が来ることは間違いないとジェシーはまだその形を保っていたボウガンを投げ捨て、自身に装備されている爪で地面をえぐり土と鉄の残骸を巻き上げる。

 荒々しい目くらましを切り裂くがごとくスモーカーの振りかぶった剣は、火の色に燃え上がった軌跡を描き邪魔な障害を切り伏せる。──だが切り伏せたその先にジェシーの姿はない。


「がら空きだぜ煙野郎」


 あえて引かずに懐に潜り込んだジェシーの爪が、スモーカーの脇腹をえぐり取った。スモーカーがあからさまな嫌悪感を表情に出しもはや言葉も浮かばないか、肉片の残る爪を弾くジェシーが勢いのまま距離を捕ろうとする姿へと片腕に控えた短銃に火を吐かせる。

 まともに狙いをつけなかったことが原因か、スモーカーの直観が鈍かったのか、短銃の追撃は掠るのみに終わり「くそが」と撃ち切ったガラクタを吐き捨てた。

 だが互いに楽しんでいたのも事実だった。

 というか、もはやこれが調律妨害から発生した強制戦闘だということを互いに半分忘れかけている。あくまでも殺し合いの熱は、スラムの鼠でさえ理性を歪ませた。


『──スモーカー! 戻れ! 九割奪われたなら撤退といっただろうが!』

「「あ゛ぁ!?」」


 だからこそ、突如割り込んできた第三者の言葉にスモーカーもジェシーもまるで不良が如く不満の詰まった唸りをあげてしまったわけなのだが。

 どうにも相手側の補助係らしく、譜面の奪還され具合がかなり進んでいたらしいことに呆れのため息すら聞こえてくる。「もう少し遊んでもいいだろ!」とスモーカーが子供っぽく駄々をこねるも、その第三者の声がぴしゃりと「駄目だ、それ以上続けたら来月までの小遣いをさっぴくぞ」とまるで母親(にしても厳しいが)のように言い放った。

 

「だぁあもおお! ボールス! この勝負預けたぞ、再戦はこちらから連絡する」

「覚えてたらな」

「クソガキが……」

『いいから戻ってこい馬鹿野郎! チャリスの牙まで落とされたら困るのは私だ! 最低賃金分ぐらい働け!』

「もおおおおお! わかった! 分かった!! 帰るから働くから怒鳴るのやめろ頭に響く!!」


 なんだかものすごく切実な事情を聞いてしまった様な気がするが、問い詰める前にスモーカーはさっさと姿を消してしまっていた。向こうも大変なんだなと思いながらも、勝てたことにジェシーは安堵する。

 閉じた瞼を開けば、ここに来る前の譜面前に立っていた。

 冒険者シエルと騎士たちに任せた腐敗者の軍勢は見事に蹴散らされたようで、よかったと息をつく。


「王、制圧完了です」

「こっちも丁度終わったところだ、騎士の中に調律できるやつはいるか?」

「それならばカルリオ隊が適任でしょう」

「ならカルリオ隊とルーク隊はここで待機、カルリオ隊は調律保守でルーク隊は遠吠えを使ってモルドレッドの制圧組と俺たちとの中継。それ以外は玉座に向けて進行する」

「承りました。では皆! いつも通りにだ!」


 士気はどちらかといえば上昇傾向にあった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ