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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
01:視認偽装。
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始動。

 いかなる時でも、まず己が立つ位置を確認しろ。

 それはあのどうしようもない野郎マーリンから学んだ一つの教訓であり、アーサーにとって混乱した時に最もよく効く気付け薬であった。今だけは、マーリンに感謝する。カリバーンが眠っている今、水も酒も必要ない気付け薬はアーサーを捕らえる思考の熱をあっという間に冷ましてくれる。


「新王に聞きたいんだが」

「答えられる範囲内ならなんでも」


 一つ、残り絡まった熱を廃棄するように息を吐く。そしてこのベンウィックらしい冷たい空気を肺に吸い込むと、アーサーはようやく新米王へ視線を合わせる。


「勝つ気はあるか」


 冷水のような鋭い沈黙が新米王とアーサーの間に雪崩れ込む。新米王バンはその冷水の中、ゆらゆらと視線を泳がせては思考を動かす。その緑色の瞳の奥に潜めるものが何なのか、アーサーにはまだ読み取ることが出来なかった。どうやら彼は、そういう人物らしい。さぁ、どう出る。視線の先を揺らすこともなく、アーサーはじっと返答を待つ。

 

「……なるほど、あのマーリンが入れ込むわけだ」


 ──新米王フラット=バン・ベンウィックは、静かに沈黙を破った。



/


 どうやらこの部屋は宿屋の一室だったらしい。部屋を一歩出、廊下を通り階段を下ると数人の客がそれぞれ好きなように時間を過ごしていた。

 酒場兼ね宿屋なのだろう、バン王曰くベンウィックでの標準的な宿。らしい。さて客たちを遠目に眺めてみれば、彼らはただの客にしては個性的な、具体的には旅人の装備を身に纏っている。しかも奇妙なことに、酒場だというのに客たちは皆アーサーとそう年が変わらない青少年や少女ばかりだ。


「……誰も、酒を空けてないのか」

「ここまで空気が綺麗だと逆に怖いですね」

 

 よくあることっすよ、とバン王は二人にいうがどうにも違和感が拭えない。

 さて新米王を含めた三人が降りてくると、客人たちはぴんと張り詰めた気配でアーサーとエイトを眺める。するとすぐさまその場の空気は一変する。そう先ほどまで緩やかに動いていた時間が、まるで殺意を持った速度を得たように。アーサーとエイトはその空気の切り替わりに一種の寒気すら覚えた。話に聞いていたとはいえ、速すぎる。

 硬直する二人を見て、やれやれとバン王は軽く手を叩き彼らの注目を集めた。

 

「よーっす、皆揃ってるな」

「新米王ー、メビウスさんがまだいませーん」

「またメビウスは遅刻っすか」


 まぁメビウスだしな。と誰かが言った。

 その傍ら、状況の変化に慣れきっていないアーサーに声をかけるものがいた。


「やっほ、あなたが噂のブリテンの杖の王様?」

「え、あ、あぁ……」

「やっぱり! ほんとに杖抱えてるのね、重くないのかしら? ねぇねぇ、お隣にいる子はなんていうの?」

「僕ですか? 僕はエイトといいますが……あの……」

「そう、エイトっていうのね! あたいはアンナっていうのよ、あ、ちょっと待ってて今お菓子あげる!」


 アーサーではなくエイトに標的を絞り、目を輝かせながら会話を続けるのは少女のようだった。

 桃色の髪を二つに束ね、可愛らしく飾りつけを施した少女の姿はとても現実離れしているとすら感じる。絵物語からそのまま飛び出してきたような異様な雰囲気に、アーサーはとてもついていける気がしなかった。

 ひとまずアンナという少女はエイトに任せ、バン王に話しかけようとする。ざわざわとする部屋のなか、酒の匂いよりも錆の匂いが強いこの状況は、とてもじゃないが自分のみでは把握するには難しい。いや、目的は定まってはいるのだが。


「バン王、彼らは……」

「面白いっしょ」

「いや、そういうことじゃなくて」

「ははっ、まぁビックリするのもしゃーないっすよね。いつもこんな感じだから、細かいことは気にしない方向で」

「はぁ……」

「えーと簡単に紹介するっすけどー」


 彼らは、と続けたかったのだろうがその声は横から入ってきた人物に遮られる。

 金髪の、金色の目をした男性だった。だがその顔にはバン王の火傷痕とは違う、明らかに剣によってつけられた傷が三つ刻まれている。服装などは全身を覆い隠す外套で分からないが、少なくとも最前線に出る類の人だということは直感が告げる。


「私たちは冒険者リーヴという流れ者の集まりだ。少なくともそこの新米王の部下だとかそういうことではない」


 冒険者リーヴ

 アーサーはマーリンから聞いたことがあった。この大陸の外にある別の大陸。そこを中心として世界中を旅する者達がいる、と。そして彼らは皆体は若いが、そこらの騎士や傭兵よりも突き抜けた精神と独自の戦闘技術、さらには彼らのみが有する情報網が存在すると。だが気まぐれなものが多く、基本中立であり自由主義なため軍人などからはあまりいい顔をされないそうだ。

 それが、今目の前にいる。


 ──真っ向勝負ではなく、奇策で迎え撃つか。


 バン王の答えを聞いたことにより、アーサーの取るべき行動は決まっていた。

 ロト王を撃退する。

 だがロト王は果てしなく気まぐれで、いっそ無邪気といっていいらしい。清清しいほどの無垢で不条理な暴力にどう対抗すべきか。下手に騎士団を動かせば相手が調子に乗りかねないこの状況下、それでも信頼できる戦力が欲しい。それが策を練るより先の問題だった。だったが、この問題はあっさりと解決しそうだとアーサーは思う。


「……あんたたちが協力者というわけか」

「端的に言えばそうなる」


 敵に回すと一番厄介な相手が、ごく自然な形で味方となった。アーサーの思考は確信へと変貌する、勝てる。いや、勝つ。想いは不思議とカリバーンを握っている手に力を集めていた。


「知っていると思うけど、俺の名前はアーサーだ。あんたは」

「アレフ。今のところこのチームリーダーを務めている。他の連中は……勝手に名乗るまで待ってやってくれ」

「分かった。よろしく頼む、アレフさん」

「呼び捨てでいい。むず痒い」

「あぁ、分かった」


 端的で淡々とした挨拶を済ませると、バン王やエイトのほうも丁度キリがついたようだ。誰かが言ったわけでもなく皆一番大きなテーブルの近くへ集まるのを確認し、バン王がまた一つ手を叩き空気を切り替える。



「盲王ロト撃退作戦会議、始めるっすよ」



 テーブルに大きく開かれた地図ベンウィックを舞台に、まずは模擬演習といこう。

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