陥没。
大丈夫私は元気です(ただしPCは逝く)
あいも変わらず濁声染みた咆哮を上げ続ける狼型腐敗者を前に、槍を携えた乱入者がジェシーに確認を飛ばした。しかし彼としてはもう返答も織り込み済みなのだろうということ自体は、すでに目に見えている。
「少年、やれるのか」
そうでなければそんな問いは飛ばさない。
「問題ない、ねじ伏せる」
手首の装着部分を確認しながらも、ジェシーは迷いなく答える。乱入者はその答えと声に確信を抱いたのか、それとも呆れたのか、「好きにさせてもらおう」といい再度腐敗者へ近づき、一閃を放った。一閃がダメージとして表面化する前にジェシーが後に続き腐敗者に向けて爪を振り下ろす。一閃の食い込みと爪痕が偶然か否か十字を刻み、吹き出る返り血は浴びないようにと傷を抉ったと同時にジェシーと乱入者はすぐさま退いた。
柘榴を握りつぶしたような、ゼリーが潰れたような音を盛大に響かせながら滝のような体液を撒き散らしながらもそれはまだ生きているらしい。いや、生きているというには些か死に絶えすぎているとは思うが。
「原始的のわりにやるじゃあないか」
「そりゃどーも」
爪で出来る行動は実はかなり限られている、というよりかはジェシーが出来る行動は限られているともいってもいい。不慣れというわけではないが、ジェシー自身としても倉庫の隅で埃を被っていた武器なぞ一ヶ月そこらで完全に使いこなせるわけでもなく。
殴る、喰らい付く、引き裂く、基本動作がそれだけに限定された可変武器はオプションが多すぎて逆に使えない代物ともいえる。がしかし、ジェシーは剣をもてるほどの度胸はなかった、この爪を選んだのは致し方なしといったところである。
「雨弾撃ちます! さがってください!」
屋根上から高い声が落ちる。聞き慣れない単語に疑問符を浮かべている乱入者の首根っこを掴み、無理やりに後退させたところで一発、銃声が空に振動を加える。一瞬の無音の後に腐敗者の周囲に降り注ぐ鉄の雨が目標を地面に縫い付け乱入者をかなり驚かせたようだ。──三秒進むまでの、沈黙。
「──!」
一応とどめが刺さったかを確認しようとしたのか、乱入者が事切れたであろう腐敗者に近寄ると、腐敗者は首を上げ、ひとつ、ごう、と啼いた。しかしそれで力を使い果たしたのか、腐敗者は糸が切れたようにどさりとその肉塊を地面に叩きつけた。それを最後にようやく聞き忘れていた雨の音が戻ってくる、状況終了と思ってもいいだろう。ジェシーはやっとかと安堵する。
さすがに三人いたおかげあってか想定よりも短く済んだ。もう少し粘られてもよかったが、それは欲というものだろう。
ぽかんと口をあけている──口元はスカーフで隠されているが、なんとなくそんな気がする──乱入者が得物に滴りついた血液を払いながら「聞きたいことがある」と若干恐々とした声で問う。
「うやむや情報でよければなんなりと」
「ボールス領は薬学の国と聞いていたんだが」
「自衛能力の一種です」
ボールス領はその土地の性質上、薬草学に長けている。他国との取引物件もほとんどが薬草や薬品なあたりからそう呼ばれるようになっているのは事実、しかし実際のところ勝手に薬草を持ってかれたりすることも多々ある、どれだけ優れていてもそれを奪われては仕方がない。そういうわけで自衛能力、おそらく完全に先々代の趣味と思われる猟銃や猟弓の対人武器化が進められていた。今代もそれに則ったというわけなのだがうまくいっているらしい。
あの屋根上の騎士は恐らく、もうあの試作武器を使いこなしているのだろう。すこし羨ましいばかりではある。
現象を説明するならば、ある程度の時間差で破裂し鉄の破片をばら撒く弾丸を撃ったというべきだろうか。詳しい原理はさておいて、そういう武器のアイデアを出したのは自分なのだから冷静は気取ることが出来る。
聖剣カレドヴールッハを模倣し特殊弾の装填を重視した、聖剣模倣品もとい姉妹品。正式名称はまだ決めていないそれは上手いこと運用できているようだ。しかもいい感じで実戦での動きをみることもできた、ジェシーとしては今回はラッキーである。
乱入者としては戦慄、というよりかは困惑しているが。
いや兵器だよねあれ? 言い訳もなく兵器だよね? という変わった反応がその証拠だ。やっぱりこの国の人ではないのだろう。
乱入者はこほんと一つ咳をして、いったん自身を落ち着かせたようだ。
「まぁ、なんだ、加勢には感謝しよう。おかげで早くあがることができた」
その他のところでつっこみどころが多すぎるがな! といいたいのだろう、彼、実は割と気乗りがいい性格なのかもしれない。よくよく見てみれば乱入者の彼は自分よりも背は高いが声などを聴いてみると、思ったよりも少年に近い印象を受ける。もしかしたら戦闘が終わったから気が抜けたのかもしれない。
「大丈夫ですかー」
屋根上の騎士がこちらを覗き込みながら声を飛ばしてくる、「だいじょうぶだー」と伝えると騎士も安心したのだろう、屋根上からよかったぁと気の抜けた声が聞こえてくる。多分聞こえているとは思っていないのだろうが、彼だか彼女だかよくわからないがとにかくお疲れ様だ。
丁度降り続いていた雨も止んでくれた、戦闘終了を聞きつけたのだろう周囲を警戒してくれていた騎士たちが後始末しにやってくる。これでもう大丈夫だろう、あとは周囲の後処理とその他もろもろの細かい作業だけだ。今度の自分の仕事は机の上でどうにかするもの、一度見回りしたら帰ろうか。
──そう、そんな風に思っていた矢先のことだった。
「っ! ボールス様逃げて!」
悲鳴とほぼ同時に身に走る、稲妻。
秒針が針を進めるその一回後に認識したのは、膨大な熱と痛み。右肩を中心に広がっていく痛みを伴う染みのようなそれは、たしかにただの痛みであると同時に不味いものでもあった。傷みに意識を食い破られる直前か直後か、中心地を見やればそこには倒したはずの腐敗者の顔が食い刺さっているじゃあないか。
さてはて声を出せただろうか、何も言えなかったかもしれない、理解不能の領域に踏み込んだ思考回路が断絶させるには、そう時間はかからなかった。
血の、演算。
(導入終了の賽の目が廻る)
(望み果てなき■算が箱を明けた)