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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-07:イデア
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流転する世界の片隅で。

「お前もか」

「残念だったっすね、まあ俺今回お手伝いなんでお構いなく」

「じゃあお構いなく言わせてもらうが、ベンウィックの王が何してんだ」

「あら、ばれてらしたか」

「ばれるに決まっているだろう、王眼アルスマグナは此方の世界でも有名だ」

「あんたよか大人しいと思うっすけどねぇ」

「何を言う、私はいたって普通の捕喰者だ」

「ジャバヲックの腹食い破った馬鹿野郎のどこが普通だっつー話っす」


 郊外の街をふらりと歩く。その傍らで騒ぐのは癪に障るが鋸鉈とその人でしかなくて。

 前略、義勇軍としての行動を前に、フラットとタッグを組むことになった。フラット=バン・ベンウィックがこんなところで遊んでんじゃない。一応ムイのことはどうしたと聞いたが、知らなかったの一点張りである。こいつ知ってて巻き込んだんだな、そうなのだろう。言わなくてもそのイラつくにやついた笑顔で分かっているんだからな、ことの決着が付いたらしめてやろうか。だからその無駄なドヤ顔やめろ。

 とにかく、フラットはベンウィックの『王』としてブリテンに支援を送るその袖で、状況把握をしに来たらしい。部下ももう動いているらしくそちらはそちらで順調のようだ。しかし本人が直々に動くという異様な作戦は、ベンウィックではもう普通らしい。王までも即戦力、人望に厚く信頼されるその王の築き上げた信頼というレンガは案外、前線を持ってして戦うその背にあるようだ。いやもう王将が前線出張ってくるんじゃねえよと正直思わなくもないのだが、彼は彼の線引きと判断基準があるのだろう。さすがは元冒険者といったところか。


「オレとしちゃ意外っすけどね」

「何がだ」

「お前がそういうのに加担するのがって話っす」


 なんらかの組織に一時的に加わる、ということは事実今までも何度もあった。正直なところ自分はそう一人で立って歩いていける強さは有していない、自覚はすでに肺に刻み込んでいる。まぁあの人のおかげで生きていくため最低限の毅さは得ただろうが。……とにかく、経験上組織に組する利点は知っているつもりだった。

 まずこの状況ならば、入ってくる情報量だろう。

 情報があれば判断もまた変わってくる、感情のみで判断を下すよりもメリットのある方法を選択肢として認知することができるし、それ以上の回りくどいだろうが最善手を選ぶことも出来るだろう。最善手が本当にそうであるかどうかは別としても、情報は状況を左右する一つの舵だと鋸鉈は認識している。

 それに足して述べるならば、他人に協力を求めやすいといったところだ。組織というだけで信頼はあり、そこに属するということならば目的にもまた信用が置かれる。無意識にでも意識的にでも組織所属というものはそういうものである。一人で戦い続けるよりも、今は多少の縛りを飲み込んででもその信頼を利用せねば生きることは難しい。そう、もう独りでは不可能だ。独りでは、舞台にすら立てやしない。もういい加減に諦めて協力の手を伸ばすしかあるまいて、そうやって他人の腕にしがみつきながら誰かの腕を引っ張り上げ。……そういう、戦いだ。

 忘れてはならないのが、鋸鉈はニィナの居場所を得た上での合流が行動条件ということである。その為に何をすべきか、という話だがむしろ一度そこから離れるべきだと鋸鉈は判断を下すことにした。思考の熱は、最優先行動を潰す。あまりにそれに執心しすぎていてはむしろ目標から遠ざかってしまう、回り道、焦りが喉を焼くがそれでも耐えてこそだろう。


「しかし、これは難題だろうに」


 妖魔もとい魔王スメラギから、妖魔が次どのような手で何を目的に動くのかという情報は聞いている。その上でスメラギがなぜこのような行動を起こすのかということも、だいたい聞いているのだが。


 ──アヴァロンの脚本を覆す。


 アヴァロンという人物が何者かは分からない、だが直感的にそれが糸を引く本人だと思わせるには十分すぎた。いや今の状況ではそれが人間だとか知性存在だとかそういうものでさえ断定できないのだが、ひとまず人の形はしていてほしいということでそう考えている。アヴァロンという存在に関してはスメラギは多くを語らなかった、存在だけを知っていればいいとのことだろう。彼からの配慮は現状では言葉足らずではあるが最適であるように思えた。生憎知識欲はない、だからこそ。

 とにかくスメラギの最終目的はそれであるとして、その為にどういった協力が必要かなのだが。


「脚本にいない人物を引きずりこめ、ってどういうこっちゃって話っすよねぇ」


 ま、考えたのオレなんすけどね。

 いい加減にしろと鋸鉈はフラットを睨んだが、睨まれた本人は涼しい顔をしていらっしゃる。提案した本人がそれでは不安しか募らないじゃあないか、行く道往く道全て期待と不安の天秤に賭けられているのは、流石に精神が抉れても可笑しくはない。頼むからあまり精神に障ることはやめてくれよ、私はそんなに精神図太いほうではない。むしろ繊細なのだからもう少し丁寧に扱いやがれ。

 愚痴はこのぐらいにして、今後の方針なのだが。

 鋸鉈とフラットはあえて妖魔の戦いには手を出さずに、人間の方へと手を加えることにした。少数精鋭では到底不可能な戦い、だがこうなったらもう仕方がない。被害の規模などに構ってはいられないのだ。というのがフラットの言い分である、お前それでいいのか。なりふり構っていられないという意見には鋸鉈も賛成の意を示すが、立場を考えようか。どうせ被害こうむるのは自分なのだろうが、いつから私はこんな役回りばかりになったのだろう。

 あぁ憂鬱だ。まだ目的が分かりやすいだけマシなのだが。──目的は言うなれば、『ステージ作り』のようなものである。誰がいつそこに立つのか、その調整役を鋸鉈とフラットは引き受けた。普通は冒険者が行うらしい水面下の重労働、誘導されていることはアーサーも、冒険者も、恐らくそれを分かっていて……理解して動いている。皆で仕立て上げる偶然に見せかけた茶番劇。その地面が落ちないように支える役割。

 正直かなりしんどいのだが。早くニィナを探しに行きたい気持ちを押さえつけてため息をつく、耐えろ自分。耐え切ればいいんだから頑張れ自分。

 まぁそういうわけで。

 現状脚本の真核に関わっていない、だが相応の力を持った人物を探し出し物事に引きずり込む……舞台の上に引きずり出すのが今のところの小目標だ。


「いるはずなんすよ、何の脚本にも影響されていない、まさに『主役プレイヤー』ってやつが」


 今のブリテンには、主役がいない。

 主役だと思われていた人物は本当は違っていて、関わった人々は皆それぞれ舞台の途中で。……いうなればここは雑踏の中だ。多くの人物たちが違う目的を胸に同じ舞台を歩いては去っていく、その中で出くわす邂逅はひと時の偶然でしかなく二度と会うこともないのかもしれない。もしかしたらもう一度会うかもしれないが、きっと確率で言えば絶望的で。一瞬だけの顔見知りたちがある中心点を避けて、歩いていく。雑踏。

 人の海の中でただ真っ直ぐに立って、ただ愚直に自身の脚を動かせる、自分の意思で波を掻き分けていける主役がいるはずだ、と。


「難しいな」

「まー簡単にいや新人っすよ、新人。流石に何か巻き込まれてたりするだろうけど」

「区別はつくのか」

「会えば分かるっすよ、あーこいつだなって」


 曖昧な予感と漠然な行動指針。的確な情報は今はないが今から探せばいい。案外すぐ近くまで来ていたりするのかもしれないし、動き続ければニィナにも合流出来るだろう。そう思うほかないだろうし、考え込めば考え込むほどに状況は悪化していくのだからもういっそ直感的にいったほうがいいのだろう。多分だが、……やれやれ、もう何がどうなるやら。

 ただでさえ酸素不足な脳が、更なる気配を探知する。鋸鉈はここでもう自分の運命を呪うことにした、肩を回しながらも歩みを止めて大きく息を吐けば、気配はすぐそこまで迫る。


「……はぁ」

「どしたっすか」

「仕事だ」


 背後まで到った気配が膨張し、破裂する。


「うっはまじか」


 振り返ればそこには細い身体を持ったドラゴンが這い出ていた。血液と病の臭い、贓物を無理無理ひきつけて引っ掛けた内側から破裂した骨、空洞になった眼は既に溶け出しておりそこにはもう球はなく。空ろな闇がこちらをじっと眺めては、大きく首を上げて唾液交じりの薄汚い咆哮を響かせた。妖魔の作り物ではない、稀に見る本物だった。周囲を見れば察知していたのか、通りすがりの冒険者や旅人が集まってきている。この大陸は即戦力が多くて非常に助かる。


「じゃー頑張るっすか」

「部位破壊は程々に」

「使う部分あるんすか」

「食べる分がなくなる」

「……うぃっす」


 群衆の中で一つ感じる予感と鼓動と聞き逃さないように、ここはひとつ準備運動といこうか。表舞台を一時的に降りる場面にしては少々派手ではあるが、まあ行こうか。


「カウントダウン!」


 誰かがはじめる秒読みに心臓を合わせて精神を集中する。


「参──」


 本物の腐敗者の臭いを辿り、手の平に伝う血の熱が上がるのを確かに信じて。


「弐──」


 どくりと競りあがった心臓の活動を支えに、自らの呼吸を整え耳を立て。


「壱──」


 周囲の人々の呼吸を聴き、鼓動を聴き、高鳴っていく心拍をその零に標的をあわせて。 


「──GO!」


 同じ鼓動のタイミングに弾かれ、戦う意思を持った人々共に鋸鉈もフラットも、その得物を手に奔りだす。焦る心情も燻る想いも飲み込んで胃の底に押し付けて、消化はせずとも体内に残ったままの腐敗物を糧に舞台は幕を上げる音を確かに聞く。誰もいない舞台の上、スポットライトが照り帰るその下に映し出される影を目蓋の下に焼き付けて。 期待が峠に辿りつくその直前、そこまでたどり着くまでの道筋は長かったがもうその道も此処までだ。

 予感との遭遇まで、あと少し。





 切望がその大口を開けた。

(誰とも知られずに託された)

(トリックスターよ、今こそ前に出ろ)

まだまだ話は続くんじゃ。

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