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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-07:イデア
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断章/此岸に漂着する決意。

 何かの騒動に巻き込まれるたびに、鋸鉈にはその最中で強い予感というものを感じることがあった。たとえば目の前の相手が非常に友好的であり仲間であるが、根拠はないがこいつは裏切るんだろうなという漠然とした予感。そして騒動が収束に近づきその仲間が裏切った。あぁ、やっぱりなと心のどこかに安堵の息をつく。そういう感覚。

 大抵、そういう感覚を感じたときにはその騒動が何者かによって仕組まれたものだったことが多かった。普通に思うならばそうなのだろうけれど、全てが総て仕組まれていたというのならば、そこに立たされた役者──彼らたちの意思は本当にあったのだろうか。生きているはずだった彼らの心臓に、確かな鼓動はあったのだろうか。描かれきった脚本の中で踊らされ、踊らされているという自覚すら芽生えることすらなく進んでいく駒たちを鋸鉈たちはかつて泥人形だと蔑んだ。

 冒険者風にいうならば、それはきっと物語の支配なのだろう。

 そのように今の状況を見据えるならば、現状はこうだ。

 この大陸において燻る勢力、所謂山札は今のところ王国、妖魔軍、冒険者、影は見せてはいないがこの場合導師の一族も関わっている。それに勢力とまではいかないが、全く別の目的を持ちながらも巻き込まれた者たちも多数いるだろう。複数の山札から零れるカードたち、まるで本筋の見えない、飽和状態。妖魔による宣戦布告からわずか数時間のこの状況でさえ、既にこれというのは珍しい、むしろ、妖魔の襲撃は始まりではなくスタートダッシュの為の空砲のように思えた。

 今までは確かに本筋というモノが存在した。具体的な例をしくならばアーサー王、その人だ。中心軸ではないが彼の動きで大抵の状況は変化し続けてきた。しかし今回はそうではない、今までを舞台という表現にするならば、いまここには主役が立っていない。

 だが、ある意味ではこれが普通だったのかもしれない。この世はいつも何かに漬け込んでは騒動や戦争という形で時間を消費してきた、そこには本筋も何もなくただ事象が起きているのみ。そこには確かに、台本は存在しなかった。

 あの大陸の世界は、台本が敷かれているような予定調和が多い。あの空気は此方の意思を奪うように蒸している。まるで大規模な魔法がかかっているようだった。思考から騙す、空気。さながらミーム汚染のようなもの、そう、今まで鋸鉈が感じたことのあった強い予感というものでさえ握りつぶし、もみ消し、それが自分の意思だと思わせるように物事に糸を絡めて引きずっていく。そういう世界だ。

 異常だと思わなかった今までが、異常だったのかもしれない。あの時感じた思いは本当に自分自身のものだったのか、祖を確かめる術はもうない。


「ここからは、全てアドリブになるのだろう」


 顔しか知らぬ捕喰者が言う。今までどおりに全て戻ったのは恐らく、あのアーサーが何かをしたおかげなのだろうがそれは同時に、あの大陸においての逃げ場を失ったといってもいい。

 現時点で捕喰者たちに妖魔との戦争に身を投じる絶対的な理由はない。此処から先は自分の意思で飛び込むか否かを決めなければならない、鋸鉈からしてみれば逃げるという選択肢はないに等しく、それと同じくしてニィナという存在を回収したら既にそこに立ち続ける理由を失うといってもいい。本格的に関わるつもりならば、相応の責任は自分で背負うことになる。誰かの所為だと諦める事が難しくなることは、避け続けた責任の重量から負う裂傷を受け入れるということでもある。

 ──条件は皆、同じ。

 捕喰者たちにはそれぞれの目的があり、それを遂行する意志がある。その遂行のためにこの戦火に飛びいることを強いられるものたちもいるだろうし、既にそういった理由を担がされ大陸に出入りしていた者たちもいるだろう。その時の意志が自分の物ではなかったとしても、自分の物だったとしても、面倒ごとにわざわざ手を出すのには中々に重い。鋸鉈も同じだ。しかし同時に感じるこの鼓動が眼下の花火に突っ込めと脚を急かす、汚染が溶けていないのかそれとも本当に何かの予兆を愚直に信じて進みたいのか。

 

「オレからいえることはそう多くないが、唯一断言できるのは【好きにしろ】ということだけさな」


 鉤爪が情報交換の会を一度閉じる。すぐさま立ち上がり屋敷を出、あの腐臭のする大陸に戻っていく捕喰者もいれば、そこに座り考える捕喰者もいる。

 【好きにしろ】。

 長らく自分の意思というものを確かめることに不安を持っていた鋸鉈は、今は立ち止まるべきだと椅子から降りることはしないままに考えを回す。

 まず、ニィナの回収は絶対だ。その為にはブリテンに戻らねばならないことも確かである。しかしそれが絶対条件であるからこそ、その後は? という問いが芽生える。

 アーサーから感じ取ったあの臭いがまだ染み付いてとれそうになく、何かあると感じさせた漠然的なそれに高鳴る鼓動は今確かに存在している。そもそもあの大陸に渡ったのは、鋸鉈自身が追い続けているある人の情報を求めてのことだった。しかしあの空気に飲み込まれてその探す、という行動が頭の中からすっかり抜けてしまっていたことによりまったく情報収集できていないのも事実。もしかしたら本当に何か情報が落ちているかもしれない、だがそれはあまりにも危険すぎる橋だ。少なくとも今の時期にあの国で活動するには、リスクが大きすぎるように思えてくる。まだ調べていない国や大陸も沢山ある、ここは今は後回しにするというのも妥当な手だ。

 しかし、不思議と「私」はまだあの大陸にいたいと思っているような気がしてならない。

 何故? 話題に事欠かない騒動の波の中で生きるには体力が持ちそうにないだろうに、明確な目的もなく留まり続けたいという想いは一体どこから来るのだろう。

 私をあの世界にひきつける杭は、一体誰なのだろう。


「鋸鉈」

「なんだ、義肢」

「お前は確か、人を探しているといっていたね。その人というやつはどんな奴なんだい」


 義肢がとつぜん、しかも今更そんなことを問うのか、鋸鉈には予測が出来なかった。もしかしたらただの気まぐれだったのかも知れないが、聞かれた問いに答えない理由もない。

 

「金色の髪と青い目の娘だ、顔は知っているが名前は知らない」

「家族か何かかい」

「いや、血筋でいうなら無縁だ」


 無縁の少女を探す理由が分からないと言わんばかりに、義肢は首をかしげているようだった。

 糸のように細い金色の髪を揺らしたあの少女を、鋸鉈はずっと探し続けている。これは確かに自分の意思によるもので、あの奇妙な体験は今の相棒と共に心臓が覚えている。まだニィナと出会う前のことに出くわした騒動に彼女はいた、彼女が何を想ってあのようなことに鋸鉈を巻き込んだのかなど今でこそ不明瞭で理不尽だったが、あれにはきっと物語はなかった。それだけで終わればよかったが、そうもいかずに鋸鉈は彼女と唯一つ必ず遂げると誓った契約があった。


「……探し出すと約束した」


 どこにいるかも分からない、名前も知らない、ただあの泣き顔だけを焼き付けて、ただ確かに生きていることだけを頼りに鋸鉈は歩を進めて流れを選んだ。

 だからこそ生き抜くために腐敗者を狩らねばならなかった、何があっても、せめてそれだけは達成するまでは死ねない。死んではいけないのだと、鋸鉈はその約束を自身が生きる理由に括りつけて今まで旅を続けてきた。

 義肢が何か想うところがあったのか、目を細めて忠告と助言を残す。


「そうかい、ならばお前はむしろあの舞台に戻るべきだと言っておくよ」


 何故、と問う前に義肢はさっさと屋敷を出て行ってしまった。

 

「まぁ、そうだな」


 確かに探している少女がこの大陸にいたなら、戦火に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。急く理由はないがもしもそうだったなら、危ないかもしれない。建前的で妄信的、だが動くにはそれだけの理由でよかったような気がした。ニィナを回収してその後は、自分の目的の為に回りを利用してもいいのかもしれない。幸い顔見知りという繋ぎはある、だったら協力してその対価で探し出すのも有効な手だろう。かつて彼がそうしたように、自分もまた何かを利用するべきか。

 あの頑丈で頭のいいニィナのことだ、全力戦闘を行った後でも恐らくどこか有力な人間のもとに転がり込んでいるだろう。そういう意味ではニィナは信用しているし、同時に心配でもあったがなんだかそれも無駄のような気がしてきた。多分私は、思考の熱にうなされていたのかも知れない。

 

「──、」


 自分が生きやすいようにこの名を譲ってくれた人にも申し訳がない。気は進まないが、巻き込まれていくことにしようか。


  ──なぁそうしようじゃあないか、僕、まだその得物は折れていないだろう? 

  捕喰者としての誇りの為でもない、誰の為でもない、漠然とした自分の為でいい。

  ……もう少しばかり頑張ろうじゃあないか。

  今からスタートライン、まだ走るための両足は残ってるだろう。

  この頭はまだ腐りきってはいないぞ、これでまだ誰かを偶然でも引き上げられたならばそれでいい。

  この両手はまだ、獣に侵されてはいないぞ。

  だから行こうじゃあないか、自分。

  まだやれる。

  まだ、はじまったばかりじゃあないか。


 何をしたらいいのかなんていつも分からなくて、何から何まで翻弄されてばかりで、そうしていつしか流されることに慣れていたつもりだったがそうもいかない状況だ。自分の名が掲載されていない台本の上で、ひとまずは自分の目的で戦ってみようか。そしたら次は何か手伝えることを手伝えばいい、そうしていれば、最低変な泥沼にはならないだろう。手を貸す義理はなくとも、それが全てじゃあないと今まで動いてきたじゃあないか。


「やるだけ、やるか」 


 だいぶ遅れたスタートダッシュだが、まぁ、まだ間に合うだろう。間に合わせて、そこからは自我で行くとしようか。

 




(鼓動の命じるままに)

(死なない程度に、直線的に一歩踏み込んでみようか)

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