呼出。
「鉤爪のババさまからお呼び出しだな」
滅多に鳴ることのなかった共鳴の呼び出し鈴が不気味に音を奏でては、何かと共鳴するように振動を伝える。
それに加えて義肢の捕喰者が言い放った死刑宣告に、事は急を要すること、さらには非常に珍しく捕喰者として互いに連携を取らねばならない事態だということは、流石の鋸鉈でも安易に想像つく。
逃げ込んだはずの倉庫にぐったりと座り込み、鋸鉈は雨と同じく強さを増す頭痛に頭を抱える。いままでの思考回路の蟠りにおいて発生してきた湿気を外に出すように、大きく長くため息をつけば冷たい空気が肺を冷やし、同時に首筋を通って頭蓋に行き渡る。冷静になったところでも相変わらず状況は劣悪なので、どうしようもないことにはかわりがないのだが。ひとまず熱のある状態ではないという安心で自身を気付ける。
「鋸鉈、お前は今の状況情報ひろ……ってないな」
「知り合いがいなかったんだ」
「お前は顔が広いんだか人見知りなんだかよく分からないね」
ぱたぱたと義肢が自身の装備する外套を使い此方を仰ぐ、よくよく水分を吸い上げた生温い空気が空回りしては行き場もなく床に霧散していくように感じ、別段涼しさを求めていない鋸鉈としてはほんの少しだけだが、煩わしいとすら思う。苛立ちはあまり好きではないので、先ほどまでの思考をさっさとバッサリ切り捨てることにするが。というよりも、義肢の装備で外套を仰ぐのはいささか目に毒である。貴様一応女性なのだからもう少しマシな装備つけろ。いっそ液体化した瘴気に見える。
「先に伝えておくが、妖魔がブリテンに……いやこの大陸に、だな。とにかく正面から喧嘩を降ってきたってとこらしいさね」
「戦旗の奇行とは別か」
「残念ながら関係はありそうなのさ、だから、屋敷に招集が掛かってるんだろうよ」
勢力図がだいぶ混沌としていないか。と思ったがこの大陸自体が混沌としていたので言い訳も何も問答無用だったのを思い出す。大体、元々は別の大物をおって海を渡ったはずが目的ど忘れして土地の事情に振り回されている、というこの状態もまただいぶ混沌としているのだが。もう本当に私なんでこんなところにいるんだろう、と鋸鉈は唸る。
あぁ、そういえば。と義肢がぽんと手を叩き、思い出したようにもう一つの情報を鋸鉈に開示した。
「お前が護衛していたあの小娘だが、どうにも妖魔の姫君らしいぞ」
ニィナに次ぐ癒しだと思ったそれが実は爆弾だったようだ。
「もう、ゴールしてもいいよな……?」
「残念ながらここがスタートラインだよ」
「叫んでいいか」
「どうぞ」
「ゴォオオルテェエエエプぶっちぎっってぇえええふぉおおえばああああああぁぁぁ」
とりあえず理解したあたりでキャパシティオーバーだと、鋸鉈は半分泣きながらいつだったかのヒットソングを叫び、そして床に頭を打ちつけた。
いつも心配してくれるはずのニィナは現在分断状態にあり、さらに護衛目標が敵陣営だったと。
正直なところ度重なるダメージの受けすぎでいつ脊髄が逝ってもおかしくはないのだが、ようやく護衛任務で精神のノリも元に戻るだろうと縋っていたところもあり、降り積もる足し算的な疲労指数を計算するならもうかなり限界値である。いやもういっそ限界値をクラウチングスタートでかっとんでしまっているかもしれないが。かっとんだかもしれないが、そうしたところで余計疲れただけであるのも分かっていたのだが。もう何か適当に叫んで現実逃避するしか他はない。
「発作起こしてないで、屋敷に行くぞ。魔弾が早く来いといってうるさい」
「体調悪い、保健室」
「却下だ」
「泣いていいか」
「却下だ、叫ぶのは構わんぞ」
「だああしゃらああああああぁぁ……」
「満足か」
「はい」
一方義肢はやれやれといった風であり、床にめり込んでいる形の鋸鉈の首を掴んではそのまま歩き出す。必然的に引きずられる形になり、ずるずると顔面がささくれたフローリングに引きずられていくのは非常に痛いのでやめてほしい。が、抵抗する力が残されてなかったのでそのまま運ばれることにする。段々と雑になっていくこの運び方どうにかならないのだろうか、以前のお姫様抱きよりかは全くましなのだが。
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屋敷、と称されるその空間というものはとある特殊な空間に位置する、捕喰者たちの情報交換の場であり唯一の休戦協定が結ばれる特別な場所である。辿り着き方は色々あるものの詳細は個人差に依存する。冒険者でいう酒場で情報交換するといったアレと似たようなものである、あれは場所を選ばないが。屋敷とはいっているが実質小屋のようなもので、寝泊りは出来るがあまりお勧めはしない、むしろ得物の調整に使う工房のようなものだ。ひとまずそういうわけで、鋸鉈は滅多に訪れるはずもなかった屋敷に踏み入れたわけなのだが。
まず銃声が鋸鉈を出迎えた。
扉に食い刺さる銃弾を見る、銀の十字が刻まれた希少性の高いそれをわざわざ扱うのは知人に一人しかいない。当てる気はなかっただろうが、手酷いご挨拶である。一応本人の存在を確認すると直線状に居座り銃口を差し向けている輩が、苛立った様子で「遅い」と銃口を下ろす。やはり、【魔弾】の捕喰者だ。
「魔弾、遅刻したのは謝るがお前に撃たれる筋合いはない」
「恨み晴らしてんだよ気がつけバーカ」
そんな様子を見てため息をつき「飽きないねぇ」と胡散臭い煙草をすいながら、けらけらと笑う老婆は見間違えるわけもなく【鉤爪】の捕喰者である。腐敗者を追って旅に戻っていたと思ったが、この呼び出しを使うほどの状況だ、中断も止む終えないということだったのだろう。
他にもいるのかとぐるりと屋敷を見渡せば、所々に適当に椅子を出したりして座り待機している捕喰者の姿を確認する。どうやら、集められたのはこの大陸に出入りしている捕喰者たちらしい。決して、個性が強すぎるものだけではないようだ。
ここで殴り合いを勃発させても鉤爪を怒らせるだけである、鋸鉈は適当なところから椅子を引っ張り出し座る。その隣に義肢が床に座り、屋敷のなかで一番異様な雰囲気に包まれている十字架の祭壇に魔弾がまたここが席だと言わんばかりに陣取った。経典の捕喰者が同席していたら大変なことになっただろうに、こいつはまだ懲りもしないらしい。そして中央に無造作に置かれた机に鉤爪が腰を下ろし、それぞれが位置についたと思われた。
「わざわざ集まってもらってすまないねぇ、だが緊急事態だ。分かっているだろう」
鉤爪がするりと立ち上がり、外から振りそそぐ月灯りが掛かる位置まで移動し会を開く。
皆たいした反応はしないがそれが常のことだった。集まる視線に鉤爪は「久々に情報交換といこうじゃあないか、同胞よ」と手を叩く。やれやれといった様子だが、皆マイペースに自身の知っている情報を机の上に投げ出していく。中には被っている情報や相殺する情報が飛び交うが、それほどに状況は混乱しているのだろうとヒシヒシと感じさせた。
ある程度、かなりゆるゆるな情報交換のなかでひときわ異彩を放つのは以下の情報だ。
「妖魔に捕喰者が取り込まれている」
正しくは腐敗者という存在も、妖魔の軍勢に飲み込まれているという情報だ。なぜそちらにつく必要があるのか、それは捕喰者の根本的な存在理由が原因となっているようだ。
捕喰者は、腐敗者という餌を喰らい続けなければ生きていけない。それ以前に捕喰者は腐敗者に絶対的なトドメを刺すために存在する。元々腐敗者は少ないが、少ないからこそ被害が広がりやすい所謂病原体を持った鼠のようなものだ。殺さないといけない、そういうものである。だが減少傾向になる腐敗者と同じように、生きのこる捕喰者もまた減少していることは確かだった。
共に滅びる道を歩まされている、それが狩りに生きるものたち。
「例の麻酔の入ったエセ腐敗者か」
「あれは妖魔が量産しているものらしい、人間に薬剤を投与して、どん」
「どん?」
「こう内側から爆ぜる感じだ」
「内蔵爆弾はやめよう、ろくな目にならないどん」
「その語尾はどうかと思う」
「もう一回遊べるどん」
「鉄槌の捕喰者を呼んで来い」
「やめて、人間太鼓はやめて、真面目に話すからほんとうにやめろ」
今のところ戦旗、裁鋏、待針……同胞の中でも悪食とも呼ばれていた連中を中心に妖魔についている、とのこと。危険な連中ばかりが黒に流れているのが非常に恐ろしい、生存欲の強い連中だったからこそ仕方がないことなのだろうが、捕喰者が狩るべき腐敗者を増やしてしまっては本末転倒である。理解はするが賛同は出来ない。
「しかし、妖魔はなぜ我々に目をつけたのやら」
「案外たまたまそこにあったから、かもしれないぞ」
「貴様のようにか」
飛び交う仮説に積み重なる疑念。それぞれ様々な考えを巡らせては、頭を悩ませる。元々一人で動くことだけが想定されていた捕喰者だ、こうして情報交換の場があるとはいえこういった事態は珍しかった。
「まぁ、なんだ、最大の問題は勢力が分かれすぎているということだろうに」
それだよな。と大部分の捕喰者が目を逸らした。