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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-07:イデア
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義肢。

 土砂降り一歩手前の雨の最中に不恰好な火花が舞う。ブリテンにしては珍しく整備が行き届かなかったらしい古煉瓦の裏路地に溜まる水をはねらせては、鋸鉈の捕喰者はある人物を前に応戦を強いられていた。


「ハッハー、おいおい鋸鉈ァ、てめぇ見ない間に随分甘ちゃんになりやがったなぁ!」

 

 それは口角に釣り針を引っ掛けたような歪な笑みを浮かべ、当に引き千切れた口元の傷すら開かせかけては大斧を振り下ろす。回避できないと悟った攻撃に対し、得物を構え受け止める形を取る。振り下ろされた大斧から伝う衝撃を噛み殺しながら、鋸鉈の捕喰者はそれに対し右脚を蹴り出した。蹴りはそれの腹部に喰い込み、あからさまな痛みの感情をそれは見せては後退する。留まり続ける理由はない、同じように距離を取った鋸鉈の捕喰者だが、未だ耳鳴りの残る頭蓋の意識は目の前の戦闘から大きく逸れかけていた。

 ──あの、空が割れるような爆音と急激に色彩を取り戻す視界、そして復帰しつつある平常感覚に襲われたのはほんの数分前のことになる。周囲に見知った冒険者や同業者も見つからず、まともな状況把握も出来ないままに鋸鉈の捕喰者は目の前の「それ」……限界まで脂を絞り落としたような細身の同業者、大斧を得意とする『戦旗の捕喰者』からの奇襲を許すはめになった。

 今更何を思って同業者を襲うのかは今から問うところだとしても、まず戦旗の捕喰者の協力者らしい少女にニィナとムイから引き剥がされてしまった状況がとにかく不味い。

 近くからこれまた盛大に噴煙が上がっているあたり、ニィナはあの奇妙に黒い少女を相手に応戦しているのだろう。恐らくはかなり本気を出している。だからこそあまり時間はかけてはいられない。出来るだけ早くに切り上げなければ。

 まだ息は持ってくれるらしい得物を構え直し、率直に鋸鉈は問う。


「どういうつもりだ、戦旗ッ」

「どうって、オメェももう分かってきてるんだろ。やっと、やっとだ、待ちに待った狩りの夜が来たんだぜぇ──ッ!」


 言葉の交わしあいなどどうでもいいと言わんばかりに戦旗が大きく飛ぶ。振り下ろし攻撃を真正面から受けるわけにはいかない、鋸鉈の捕喰者は真っ直ぐに駆け出し着弾地点から逃れる。着弾とほぼ同時だったか、地面がぐらりと揺れる、遠くから響き渡る悲鳴。民間人までもが何かに襲われているらしい。反転するように鋸鉈の捕喰者は身を翻し、(かける。巻き上がる衝撃を斬り開くように鋸鉈を振り下ろし戦旗の肩に喰い込ませたが──浅い、鋸鉈はすぐさま得物を引き抜き距離を置く。


「どれもこれもアイツのおかげさぁ! いやお前のおかげもあるだろうなぁ鋸鉈ァ!」

「だから、なんの話だ!」

「お前があの例の娘を確保してくれたおかげで、この大陸にも夜が来たんだからよぉッ」


 雨を弾き飛ばすように雄叫びをあげる戦旗。あの娘とはなんのことなのか、戦闘中の鋸鉈には皆目見当がつかなかった。戦旗が此方へ真っ直ぐに駆け、そのまま斧を振り下ろす。身体の軸をぶらすことによって鋸鉈はそれを回避したかに思えた──。


「貰ったぜぇ!」


 がしかし、さらに下から切り上げきた大斧に対応できずに確かに握り締めていたはずの得物を、思わず手放してしまった。くるくると回転しながら遠くへ飛ばされる相棒が、煉瓦の地面に突き刺さる。思わず視線が得物に引きずられ反射的だが明確な隙を見せてしまう。

 その隙をみすみす逃すほど、戦旗は余裕を食っているわけではないらしい。大斧の柄が鋸鉈の脇腹に喰い込み、そのまま軽々と吹き飛ばされる。吹き飛ばされた身体は壁に叩きつけられ、ただでさえ治りきっていない節々が痛みで絶叫をあげた。

 ぐらりと揺れる視界でなんとか戦旗を目視するが、追った衝撃のせいで中々焦点が合わない。


「鋸鉈、お前もこっちへ来いよ。楽でいいぜ、病の心配もしなくていいしよ」


 病の心配をしなくていい。という言葉は十分に魅力的だったが、こっち、と言うものがいったい何を意味するのか。漠然としか思えない境界線を理由もなく越えるほど、捕食者に無謀もヤケも持ち合わせていなかった。

 かろうじて動く首でNOを伝えると、戦旗は「そうかい」と一言、大斧を構える。万事休すとまではいかないが、これは負けのようだ。振り下ろされる大斧の刃、眼前に迫る死に対し不思議と恐怖は沸くことはなかった。


「来て早々これたぁやりやがりますね、戦旗とやら」

 

 ごう、と気配が当たりに漂っていた湿っぽい血の臭いでさえ吹き飛ばす錯覚を覚える。

 まだ動く眼球を頼りに見上げれば、鋸鉈の捕喰者と戦旗の捕喰者の間に割り込みように立ち、戦旗の大斧を両腕を交差させる形で受け止めている者がやれやれとため息を吐いている。大袈裟に装飾を散らした外套、腰まで真っ直ぐに伸ばした白銀に光る長髪。鉤爪の捕喰者の流れを汲んだそれはずいぶん昔に見覚えのある、ある意味では誰にとっても変わりはない死神でもあった。

 乱入者が一体何者なのかに気がついたらしい戦旗は「義肢ぎしめ……余計な真似しやがって」とあからさまな舌打ちに若干の苛立ちをみせる。義肢と呼ばれたその女性は、それに噛み付くことはせず此方へちらりと目線をよこしては高い声でがなりたてる。


「鋸鉈ァ! まだ生きてるかい!」

「……一応、まだ」

「ならよし、一旦退くよ!」


 義肢の捕喰者が何か小さな石のようなものを投げる。把握しうる前にそれは破裂し、周囲を強烈な光で景色を飲み込んでいく。……閃光弾だ。光に紛れ、義肢が鋸鉈の身体を抱えて軽々と飛んでみせる。情けないなぁと思いながらも、ぴくりとも動きそうもない四肢ではどうしようもない。分断されてしまったニィナとムイの事も気になるが、ここは大人しく運ばれておくことにしようと鋸鉈はぐったりと意識を傾けた。



/



 視点は変わって、冒険者アレフは騒然とする街を酒場の窓から覗き見てはがっくりと肩を落としていた。異変に対しての認識は既にし終えたとはいえ、よりにもよってこのタイミングで引き起こすかと。バカじゃあないのかと。久しく本気の頭痛に頭を悩ませる。冒険者という性質上こういった大事には関わることが宿命つけられているとはいえ、長年旅をしてきたアレフでさえも流石に匙を投げたい気分である。


「外が騒がしいな」

「主にお前のせいだろう」

「はは、否定できないのが辛いところだぜ」


 半分以上投げやりにカードを置く。処刑人をモチーフに描かれたカードの攻撃力は、対局に座る彼のエースカード……腐敗した竜をモチーフとしたそれと同等である。展開の仕方は違えど軸はほぼ同じといった互いの山札で組まれたゲームは、恐らくそれなりに盛り上がる展開をしているはずなのだが相手と状況のせいで一向に気分は乗りそうにない。

 点数は今のところ此方のほうが勝っているが、彼の握っている切り替えしで瓦解するに違いない。彼が本当にそのカードを使えば、の話ではあるが。

 外の妖魔騒ぎで客など出払ってしまった酒場にギャラリーがいるはずもなく、淡々と進んでいく攻防戦は非常に味気なく思えた。


「トリックカード発動するけど」

「対抗ない、通そう」

「じゃあそこのトリック破壊するぜ」

「破壊時効果でリーダーカードの効果誘発、強制バトルでダメージ一点」

「……負けた」


 結局、手札のカードは使わなかった彼はもう一戦するぞと言わんばかりに山札を切る。これでもう何戦目にするつもりだとアレフは流石に自分の山札を片付け、「こんなところで遊んでいていいのか」と彼に対し呆れ交じりの言葉を飛ばす。彼はぶえーと妙な駄々をこねては、明確には回答はしないつもりらしい。どういつもこいつも子供ばかりか、

 いや今まで全うな大人なんてアレフとしても見たことがないのでどうしようもないか。また大きくため息をついては、今度こそは呆れそのものを投げつける。



「シンドウ=スメラギ、お前それでも魔王か」



 どこぞのゴブリンのほうが骨はあったぞと、言ったところで何も聞かないんだろうなと。 

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