心拍。
一方的な侵略。彼が行うそれは抵抗と言う動きさえ成立する前に完了してしまう。
オーグニーという国は極端な武装国家であるがために、全てが力によって証明してしまうのだ。たとえそれが悪であっても、力がそれを正義として捻じ曲げる。そういう国だった。
「あーあ、もうオワリかよ。どいつもこいつも弱っちぃ」
ガレキの塔と化したその街の上で、ロト王はくわえていた飴を噛み砕いた。
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あの街へ行く。王の立場のものが行くにしては危険だと騎士たちには止められたが、それでもアーサーは行動を逸らすことはなかった。
くそったれな街だったとはいえ、何年もあの街で生きていた事実は消えやしない。どんなものであれ、故郷だったのだ。そこが襲撃されたとなれば、行くしかない。どうせ最初からアーサーの中に咎める理由は存在していない。
「行くのか」
はじめてあった時と同じ服装で現れたマーリンは問う。
「あぁ」
アーサーはただ真っ直ぐに応えた。
その瞳の中の意志をマーリンは見たのだろうか、それとも一度決めたらてこでも動かない彼に対し呆れたのだろうか。杖の姿に戻ったカリバーンは思う、手の掛からない新たな王は自らの手で波乱の扉を開こうとしているというのに、それでもマーリンは止めないのか。
「……分かった。私の持つ魔法馬を使え、乗り方は分かるな」
「あんたに教わったことのすべては、頭の中に入れてるつもりだ」
「勉強熱心でよろしい」
マーリンに背を向け、アーサーは駆け出す。
「ま、待ってください! アーサー様!」
後ろから掛かる声に、アーサーは振り返る。振り返ればそこにマーリンの姿はなく、新たな人影がそこにある。エイトだ。緊急事態により騎士たちへ引き渡しはしていなかったのだ、私室に隠れていろといったがついてきてしまったのか。肩で息をしながらエイトはやってくる。
「ボクも、……ボクも連れて行ってください! 今のボクの立場でいえることではないことは分かっています、でもお願いします!」
鬼気迫る勢いで訴えるエイト。
今は時間が惜しい、だが手も欲しい。信じていいか? 彼女のことを。油断した隙に首を狩られるかもしれないぞ?回せ廻せ思考を廻せ、アーサーは考える。エイトが此処にやってきた理由を、今の訴えの思考を。質問する時間すら惜しい、だが聞くなれば。
「エイト、お前は俺に対し何が出来る。そして俺に何を要求する」
エイトは迷いなく応える。
「オーグニーの情報なら全て抜ける。要求するものは……」
糸が繋がるように、アーサーとエイトの視線は繋がった。その時間はとても短いものだったかも知れない、だがアーサーはその糸の先に彼女の真意を見た。
「──ボク自身の命」
答えは、確定した。
「来い、ありったけの情報を俺に寄越せ」
「……! はい!」
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魔法馬を飛ばし、辿りついたあの街はその姿も思い出せぬほどに変貌を遂げていた。
曇天の空、灰色の雨、消えない炎、錆の匂い、雪の変わりに灰を被ったガレキの山は。ただ辛うじてカリバーンが置かれていた特徴的な石があることで、ここがあの街だと認識できた。昔はあれほど人の海が出来ていたというのに、今はその面影すらなくつめたい風が街を吹きぬけていく。とにかく人はいないのか、魔法馬から降り、エイトとアーサーはぐるりと周りを見て回ったが影すら見つけられない。
いや、「影」ならあったが。
「これは……」
「……っ、」
地面に倒れ伏し、焼きついた影。エイトもカリバーンも口には出さなかったが、それは確かに人の形をしていた。どうやったらこうなるのだろうか。何が起きたらこうなるのだろうか。アーサーにはその知識がなかったが、此処に到るまでにその原因と思わしき存在は知っていた。
「まさか、本当に使ったっていうの? あれはまだ暴発する危険性が高いって出てたのに」
エイトは震える声で影をなぞる。
「……『神の審判』、だったか」
「恐らくは」
オーグニーが所持する異常なほどの技術。それは機械とよばれ、魔法ではない力によって生み出されたものだとアーサーは聞いていた。そして、その中にただ目標を殲滅とした『兵器』という存在のことも、エイトによって聞かされている。それこそが『神の審判』。撃てば街一つ滅びるという兵器、今回のこの現状を見るに、それが使用されたと見ていいだろう。
『酷いもんだね、本当にただ殺しただけっていうのは』
アーサーが抱える本来の姿になったカリバーンは言う。
そのことを思えば、アーサーはこの街に少なくとも恐怖を抱いた。滅びたのだ。実際に。麻痺していた感覚はそこで覚醒し、アーサーの精神を不器用なナイフで抉っていく。
あぁそうさ、故郷が、消し飛んだ。
あの寒々しい目をした街の人たちは?
助けてくれたあの亜人たちは?
粗末だったが住みやすかったあの家は?
ほんの少しだけ仲がよかったあの子は?
過去を構成していた全ての要素が、腐った果実が床に落ちたように潰える。いや、潰えたのだ。確かに此処で。前触れもなく、呆気なく、不条理に、ただ、その通りになっただけだが。
「……一体、なんのために」
冷たい水を打ちつけられたような衝撃の中、乾いた唇は誰に向けるわけでもなく問う。
理由があれば許せるとでも思ったか。その中に燻る感情をアーサーはまだ知らない。
「──なんのためにって、俺サマの為に決まってるだろうよ」
上から降り注いだ声に、アーサーたちは一気に現実へ連れ戻される。
見れば、そこには少年……恐らくアーサーとそう年は変わりない赤い髪の少年が、ガレキの塔の上にいた。紅を基調とした鎧に、真っ黒の外套を靡かせて。それ以上に目を引くのは少年が背負う大きな剣だった。炎を凍りつかせたらきっとああいう風になるであろう、そんな形の大きな剣だった。
「ロト王!」
エイトが叫ぶ。そこに明確な敵対心を滲ませて。
ロト王と呼ばれた赤い髪の少年は、それを聞きにやりと口角を吊り上げる。
「ん、その声は……あぁ、あの馬鹿狐か? ははっ、帰りがおせぇと思ったらそっちに逃げやがったか」
がちゃり、音を立てながらロト王は立ち上がる。そしてその大きな剣の矛先をエイトへ向けたと思いきや、そのまま塔から飛び降り縦に斬りかかってくる。あまりの迷いのなさに、エイトはそこから動く事ができない。
「下がれ! エイト!」
アーサーはエイトを突き飛ばし、カリバーンを構えその剣を受け止めた。
『あんたは……っ!』
カリバーンが不意に叫ぶ。その言葉の意味はまだ分からない。
だが、その重みは尋常じゃないほどに重く。カリバーンが自主的に重みを軽減してくれなければ負けていた。ロト王はあからさまな舌打ちをすれば、すぐさま数歩後退し、ギロリとアーサーを……というよりかはカリバーンを睨む。
「へぇ……コイツで斬れないやつっているんだ? 最高に気に入らねぇ!!」
吐き捨てるようにロト王が叫べば、その位置からでは通常到底出す事ができない速度で突進してくる。
『来るよ! アーサー様!』
「くっ……!」
カリバーンの声を合図にアーサーは横っ飛びでそれを寸でのところで回避する。ロト王は自身の速度を制御できないのかそのまま空を切りバランスを崩したが、一歩踏み出しそこで踏みとどまった。
「テメェ、何だ? なんで音が聞こえねぇ? 死んでやがるのか?」
戸惑ったような表情をしたロトの視線に、アーサーはふいに何か引っ掛かるものを感じた。
……目線があっていない?
だが、ロト王はすぐさま体勢を立て直しまた突撃してくる。今度は先ほどよりも明らかに速い。
「まぁいい、テメェもその棒ごとぶっ壊れちまえ!!」
──まずい!
とっさの思いで防御体勢に入った、いや入ってしまった。
腕から伝わる衝撃は精神を焼き焦がすほどに重く、その痛みを自覚するまでに時間差が生じるほどに速く。
カリバーンの魔力でさえ軽減できない真っ直ぐすぎる衝撃は、
今確かに、アーサーの心臓を捕らえた。