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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-06:カサドル
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離陸。

 最後の一体を倒し、腐敗者が全滅したことを確認するや否やロトはその血液だらけの床にぐったりと大の字になって寝っ転がった。グィネヴィア姫が譜面浄化を行い初めてどれぐらいの時間が経ったか、浄化を阻止するかのように地下に押し寄せた腐敗者共を狩るのは、当然ロトとクォートのみなのは明白。

 闘争ともいえぬ掃討戦にしゃれ込んだのは、どれぐらい針が傾いていたところだったのか。ロトはもうよく覚えていなかった。


「終わった……!」


 クォートも限界に達したのだろう、ばたんと倒れこんだ音がする。

 チラリとロトはこじ開けられることのなかった大きな扉が眺めてロトは思考する。扉の中は譜面の安置室だ。その中にグィネヴィア姫とニィナがいる、だからこそ絶対に開けさせるわけにはいかなかったし、押し負ける気だってありはしなかった。

 しかし疲れた、骨の髄まで疲労がたまりきるのはいつ振りのことだったか。ぐらりと天井を眺めればまだ息苦しい地下だ、戦いに向く舞台ではなかったが、珍しく自分を褒めてやりたいぐらいだ。



「クォートぉ……テメェ何匹やった?」

「三桁超えたあたりで数えんのやめた」

「奇遇だな、俺サマもだ」


 きい、と扉が開かれる。隙間からぴょいとニィナが現れ、あとを追うようにグィネヴィア姫が姿を見せる。疲れてるくせして微笑んだそれは、状況終了と同じくして成功を示していた。



/


 崩れ落ちるクリフォトが完全に灰になり、基盤譜面がぽつんと舞い戻ったところで捕喰者たちの緊張はぷつりと途切れることを許されたようであった。


「……基盤譜面、奪還終了」


 三時間の全力戦闘はここで終わったと、ようやく確信したところで心に張り詰めた糸が解れては崩壊して、心臓を掴んで今にも引き千切りそうだったプレッシャーはようやく体外へ解放される。


「いよっしゃあああああ終わったぁあああああ!!」


 勝鬨を横からギイに掠め取られアーサーはムッとした表情を見せていたがそれ以上にことは言おうとはしない、クリフォトの攻撃をその身で受け止めきってくれたのはギイだったからなのか、その喜びようが凄まじいものだったのか、無言を貫いた理由は捕喰者の知るところではない。

 さて、基盤譜面の制御が人の手に戻ったことによりこの国の異常事態も収まることだろう。混乱が収まれば分断されたニィナたちも安全になる。あとはいかにして合流すべきか。今後の予定を疲れた脳みそで思考していると、エドガーがぽかんと空を見上げているのに捕喰者は気がついた。するとエドガーは「おい鋸鉈」と捕食者を呼ぶ、なんだと近寄ればエドガーはすっと右腕をあげ、ある一点を指差した。

 それは、遠くで輝く赤い星のようだった。

 赤い星はどんどん光を強めるように質量を増し、周囲にもまばらに小さな星が飛んでいるようである。いや、飛んでいるのだ。その空に確かに質量を持った存在が、飛んでいる。

 風が乗せて運んでしまうのは強烈な血液と麻酔の臭い。疲労した身体を劈くように溢れ出るそれは、今だけはやめてくれと叫びたくなる存在の証明だ。


「あれ、こっち来てないか?」

「……ああ、確かに」


 最悪だと願ったそれが、聞き覚えのある悲鳴をあげた。号令のように響いたそれは似たような鳥の腐敗を大勢引き連れて行進をはじめる。

 怪鳥の最後の足掻きだとでもいうのだろうか、彼らに復讐の概念があるのだろうか。妙な奇行に首を傾げていれば、異変に気がついたギイが「はっはっは第二ラウンド?」と半分以上現実逃避のような目でそれを空読みしたがるように焦点を逸らす。

 相手が翼を持っている以上、此方にとっては分が悪いどころか手出しも出来ない。どうしたものか、そんな不安が掠めた瞬間に畳み掛けるように、奇怪な現象が目の前で引き起こされた。


「Gyaッ──」


 怪鳥が急にその巨体をうねらせ、バランスを崩して急降下する。遅れて銃声、異様に大きなそれでこそ通常の重量ではない弾丸が飛ぶ音が、爆発音と共に空に舞う。生じる硝煙を切り裂いて現れたのは、鉄の翼を持つ鳥……戦空型飛空艇、見知らぬはずがない、機銃の捕喰者だ。一体今までどこにいたのだろうか、水を得た魚のように、風を得た小鳥のように舞い上がったそれは相変わらず人間業とは思えぬ軌道を描き、怪鳥とその眷属へ弾丸を穿つ。

 つかの間、キャメラルド城下から空道が伸び、光が小隊を組んで空へ上がった。その小隊もまた眷属の鳥型腐敗者を次々と撃ち落としていく。


「空騎士たちか、基盤譜面が戻って空道が復活したか」


 感嘆の声をギイが漏らす。

 軌道を描いて空を舞う光たちを鼓舞するように、鐘の音が背後から響いた。振り返れば基盤譜面が本来の鐘の姿に戻っており、その傍らにはやれやれとため息をついているアーサーが立っている。「何をしたんだ?」と単純に問えば、彼は「何もしないってわけには行かないだろ」と空騎士たちの勇士を眺めながら言う。鐘の音は、今も響き続けている。

 その最中に歌が聞こえた。

 鯨の歌のような声を出しているそれは、怪鳥を撃ち落とした機銃の捕喰者だった。



/



 キャメラルド王城でロトとニィナと合流出来たのは翌日のことだった。

 怪鳥に攫われた人々も救出され、グィネヴィア姫も当然城に帰還。その時のロデグランス王の喜びようといったらむしろこの世の物ではなかった。人は、喜びを感じるときあんなことになるものもいるのだなと改めて人間と言う感情人種に捕喰者は戦慄を覚える。

 そしてブリテンから飛び立った後発隊も無事到着し、復興活動を開始したことでもうこの国は大丈夫だろうと安堵のため息をランスロットはついていた。

 さて、なんやかんやで二日経過し落ち着きが戻り始めたキャメラルドだったのだが。


「シャム、シャム、街きれーになったね」

「あぁ、そうだな」


 昼のキャメラルド城下街、捕食者はニィナと共にこの国のガンショップが再開したと聞いたので新しいものがないかなと、すこしの怖いもの見たさと興味でガンショップに向かっていた。

 表通りは既に人で賑わいを見せており、あれほどの大打撃を受けたというのにここまで素早く回復するあたり、この国の人々は案外図太いのかも知れない。

 そんな風に考えていると、「よっ」と軽快な挨拶が耳を掠めて視界の中に久しく出会う同属を確認する。

 声の主は捕喰者にしては珍しく得物を隠している、魔弾の捕喰者クォートだった。

 ニィナが「クォートお兄ちゃん! こんにちはー」と元気良く挨拶を返すと「おうこんにちは、相変わらず元気だな」と笑えていない笑顔で彼は答え、建前は終わったとばかりに此方へ向き直ると、また相変わらずの無表情で話を切り出した。


「さて鋸鉈」

「……どうした」

「随分遅くなったが、鉤爪からの伝言だ」


 この国に到着してから結局会うことのなかった鉤爪の捕喰者は、三日前に到着した後に北へ旅立って言ったらしく、曰く『機銃が腑抜けになった。俺は紛い物の起源を追う』と伝言を預けてさっさと行ってしまったらしい。あの人も相変わらず元気だなと呟けば、魔弾は貴様もなと恨めしそうに毒を吐く。まだ根に持っているのだろうか、困ったものだと肩をすくめる。

 しかし、現段階で相当の情報が溢れている。どこかで一回状況を纏めたほうがいいかもしれない。


「そろそろ状況を纏めたい」

「昼飯」

「美味い店どこだ」

「角のハンバーガーがいける」

「そうか」

「従業員の子が可愛い」

「そうか」


 昼を告げる鐘が鳴る。基盤譜面はようやく本来の役目に戻れたようだ。

 空を見上げると、またあの戦闘機……機銃の捕食者が飛んでいる。この国の空が好きだと言っていた彼だ、飛びたくて仕方がなかったのだろう。──雲ひとつない晴天。その下でまた新たな憂鬱に苛まれている人物がいることなぞいざ知らず、捕喰者はニィナに引っ張られ表通りを歩く。

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