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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-06:カサドル
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残光。

「クリフォトを殴りに行くのかい?」


 基盤譜面の存在する城の最上階へ続く階段に待ち受けていた意外な存在──二人組みの片割れがそう気軽に話しかけてくる、話しかけてきたほうは見るからに外の大陸からやってきたということを隠しもしない、鋼糸のロングコートを羽織った黒ずくめの男性。先ほどから視線のみを此方へ投げやっている深緑の戦闘服を身に纏った人物は、どこか捕喰者と同じ臭いを発していた。

 二人組は先ほどまで戦闘を続けていたらしく、だいぶ熱が回っているようだ。

 なるほど、兵士の制止を無視して強行突破してきた侵入者というのは、彼らのことらしい。

 

「おっと紹介を忘れるとこだった。俺はギイ、こっちのだんまりがエドガー。クリフォト狩り専門の傭兵さ」


 クリフォト狩り。というよりかは上位変種狩りの二人組なのだろう。世の中にはそれぞれ特化に専念する者がいる、腐敗者を狩る捕喰者のようにそれらが進化した者のみを狩る存在。それらが彼らということか。

 しかし、侵入だとか突破してきたわりに悪びれる様子もないあたり彼らはそういうことをしたという自覚もないのだろう。なんとも精神の図太い連中だろう、いやクリフォトを率先的に狩るのだしそれぐらいはないと耐え切れないのか。

 そんな様子にアーサーも特に何かを聞く様子もなく、むしろその前にギイが「どうせなら組まないか?」と協力を申請する。人員が増えるということはこの状況では願ったり叶ったりだ、断る理由がないことからそれを承諾するのみなのだが、初対面同士でクリフォトに挑むのはかなり難しいように思えるが。

 聞くだけ聞いてみるか。

  

「見ず知らずと組むとは、よほどだな」

「確かに俺たちは偶然此処にいただけさ、だがそれで十分だろ?」

「それもそうだ」

「手は多いほうがいいからな。いいぞ、組もうじゃないか」

 

 アーサーがギイと、捕喰者はエドガーとハイタッチをする。そこで宙に文字列が現れ、チーム結成を意味する単語が浮かんでは消える。

 どうにもギイとエドガーは冒険者の技術を併用しているらしい、端末を介して一時的に冒険者特有である補正技術の恩恵を捕喰者とアーサーも受けられるようになったらしい。

 こういう時ばかりは端末持ちが羨ましい、捕喰者も一度所有権を申請したことがあったがあの時は前科が多すぎるということで跳ね除けられてしまった。前科を重ねる前に獲得するべきだったか。


「いくぞ」


 捕喰者は先頭に立ち、重い扉を開く。軋む様な音を響かせて次なる空間へと階段を繋ぎ、薬物臭い空気がなだれ込んでくる。

 滑り込むように四人は部屋に入り込むと侵入者に気がついたらしく、外に張り付いていたクリフォトがぎろりと目玉を回しながら舞台を食い破るように出現する。

 その胸部には透明な水晶体に文字盤のようなものが刻まれた物体がへばりつくように輝いている。嫌な予感の通り、基盤譜面が飲み込まれていた。

 

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


 クリフォトが、吼える。

 雑音と金属を引っかくような音が混ざったような、精神に直接傷をつけてくる悲鳴染みた咆哮が空間全体を揺らす。

 前衛二人が思わず耳を塞ぐ中、アーサーがぐらりと立ち揺らぐ。近くにいたエドガーが「大丈夫か」と心配そうに顔を覗きこんだが、「脳がミキサーにかけられる感じだが、問題ない。生きる」とアーサーは青ざめた顔で答えていた。出来るだけ速攻で終わらせたほうがよさそうだ。

 捕喰者は耳をふさいでいた両の手を得物の鋸鉈に掛けなおし、ゆっくりとクリフォトの姿を視界に捉える。

 以前対峙したことのあるクリフォトよりもどちらかといえば人間に近い顔にこの単時間に変化していたらしく、その吐息からも濃い麻酔の臭いが漂っている。

 軟体生物の足だったそれは今は人間の両腕に変わり、だらだらと液を零す大口には無数の歯らしきものがずらりと並んでいた。見ているだけで、確かに頭蓋の中がぐずぐずにされるような感覚に陥る。

 ほんの少しの思考時間の間にアーサーがなんとか持ち直したらしく、狙撃銃を逆さに構え杖のように持つと「たった四人か」と呟いた。


「いや、四人もいる」


 一人で戦うよりも、ずっといい。

 思わず口に出てしまった本音に、珍しくしまったとも思わなかった。隣に立つギイがにやりと笑っている、どうやらまた熱が回ってきたらしい。それに便乗するようにエドガーが盾と重剣銃を構え、ギイもまた大剣を手に取った。

 沈殿する空気にアーサーの狙撃銃が弾丸を詰め込む音が響く、誰もが誰も準備万端のようだ。


「アーサー殿、調律補正をご所望する」

 

 エドガーから確認を飛ばすように相当な無茶振りを投げるが、アーサーは一度ため息をついただけで断ることはなかった。すぅ、とかすれた呼吸音が空間に響き、アーサーの声が戦闘開始の宣言を打つ。



「加重調律と譜面侵入進行を取らせてもらう。──俺の命、預けるぞ」



 戦闘開始の鐘が鳴る。



/


「全員生きてるかー点呼ー」

「イチ、」

「にー」

「三、全員いる」

「被害状況」

「瀕死不可避」


 叫びすぎてガラガラ声になってしまったギイがぐったりと階段にとろけるように倒れながら確認を取った。

 現在地はクリフォトが立つ部屋の前に存在する階段、ギイたちと出会った場所である。なぜああまでして特攻したというのに戻ってきているのか、よくよく考えれば分かることだろう。


「基盤譜面ちょっと強力過ぎませんか……」


 度重なる調律に疲労が限界ぎりぎりなのだろう、アーサーが燃え尽きている。

 まず最初の状況を思い出そう。

 クリフォトの鎮座する部屋に突入してから三十秒、まずギイが集中砲火を受け吹っ飛ばされた。エドガーがギイを救出しに行く間に脳を揺らされる悲鳴の音波攻撃で捕喰者が溶け、流れのままにエドガーが溶けた。そして最終的にアーサーが三人を引きずって扉の外まで撤退したというわけだ。ここまでが一分間の出来事である。

 よくよく思えば国を滅ぼしかけている大ボスに、勇者でもない四人組みがつっこんだところで一発突破など出来るわけがないのだ。

 だが幸いなことに、あの偽物のクリフォトは何かの構築によって行動するらしく、一度場を離れるとその行動はリセットされるようだった。

 そこをアーサーが見抜き、これならば負けるものかと対策を立て 計九回挑戦した。その奮闘の結果なんとか三分持ったのだが。


「制限時間三分でファイナルアンサー?」


 三分きっかりで譜面を飲み込んだことにより強化されたクリフォトが、大音響の音波攻撃を撃ちはなってきたのだ。とてもじゃないが普通の人間どころか、慣れているであろうギイとエドガーでさえギブアップ、捕喰者は当然意識が吹っ飛びまた振り出しに戻ってしまった。

 三分間の全力戦闘を間をおきながら九回も繰り返しただけあって、捕喰者を含んだ四人の消耗は激しい。武器などを調達してどうにかなる問題ではない、これは戦略だ。戦略がないと勝てないのだ。だが九回の間でクリフォトの行動パターンはある程度割り出せていた、それに対抗する攻略も組めている。あとはそれを一つもミスせずに効率よく出来るかどうかだ。


「とにかく確認すると、タゲはエドガー一人に集中でいいんだよな」

「あぁ、そこのバカに奪われないよう全力を出す」

「ごめんて」

「一度神の国を見て来い」

「だからごめんて」


 アーサーが最終点検をするように、それぞれに役割を確かめる。この戦闘で一番負担が大きいのは間違いなくアーサーだ。

 今にもぶっ倒れてしまいそうだが、むしろ戦いの酔いが回ってきたらしく相当テンションが振りきれている。先ほどから燃え尽きながらも調律補正の順番や発動時間を調整しているあたり、かなりの精神消耗状態だ。

 そんな彼から、捕喰者へと声が掛かる。


「シャムロック」

「何だ」

「次で決める」


 ということは、全力を振り切れということか。


「──りの時間だ」


 全員の確認を取った後に、十回目となるクリフォトとの戦いの幕が上がる。

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