異音。
大きな衝突音が部屋を行き場所を失って上に突き抜けていく。
残響の残る最中ロトは冷静に状況を把握するため鼓膜を張る。現在地は戦闘機のある部屋なのだが、そこでロトたちは何者かの襲撃を受けている、これが最前提の出来事ということになるだろう。
さて、そこで何が襲撃してきたかというところに視線がいくわけだが。
「やるなぁ、お前」
鍔迫り合いの状況から勢いつけて蹴り上げれば、すぐさま両者は条件反射的に距離を取る。ぐるりと視界を回せば、その端でぽかんとした風の表情を浮かべているニィナの姿を確認する。とっさに彼女を遠くへ投げたのが原因だが、どうにもこうにも無事らしい。やつは案外頑丈のようだ。
身の安全をほっと安堵しながらも、やれやれとロトは目の前の人物を見る。
外見上の情報を整頓。随分低い姿勢をとっているが、体格的に男性であることは間違いない。そして見たことあるような色の煤けたロングコートに灰色に似た髪、あの過保護のように顔は隠してはいないが、ちょうど立ち位置的に影になってしまっている。だが奇妙なことにそれの目らしき部位は比較的明るい青の色を湛えて輝いているように見える。まるで吸血鬼のようだが、情報がないため詳細は不明だが妙に不気味だ。
「……に」
かすかな呟きだったが、聞き逃すことはなかった。だが聞いた音を意味に変換する途中、向こうから動きを見せてくる。
それが右手に構えたのは片手斧か!? 明らかに殺す気できている得物を大きく振りかぶりながら、おおよそ常人では出せないであろう速度で突っ込んでくるのを何とか視認する。
「──そいつに、触るなぁああああああ!」
距離を縮める最中に放たれたのは鋭い声での威嚇には、ロトですら思わず身じろぐほどの気迫が込められていた。受け止めるにはもう距離と準備時間がなさ過ぎる、寸でのところで横へ飛びその刃を受けることはなかったが、ぴりと頬に傷みが発生する。風で斬られたか、中々に人間離れしたことをしてくれる。
「おもしれぇ」
迎え撃ってやろうじゃないか。
相手がどんな目的でこんなアグレッシブに殴りかかってきているかなど知りはしないが、丁度鬱憤もたまっていたところだ。
構えなおしたコールブランドの矛先をやつに仕向け、腰を低く落とし重心を定める。視界の情報はあえて遮断してしまおうと目を瞑り、見慣れたといえば見慣れた暗闇の世界に音を浚う。
相手は行動速度が異様に速いが、見なければ惑わされることもないだろう。見た目だけの牽制など今更効きはしない。
「行くぜ!」
「お辞めなさい!!」
駆け出したロトの足は横から割り込んだ女性の声に躓き、盛大に絡まり無防備にもすっ転んでしまった。
これから盛り上がるというところなのに、なんてことをしてくれやがるんだと何とか立ち上がって、横槍の投げつけられた方向をぎっと睨みつけてやると、そこにいた人物にロトは思わず硬直してしまった。そこに何故そこにいるのか、その理由がぱっと見でさっぱり分からない。そんな存在がそこに立っているのだ。
ぽかんとしているロトを他所に、片手斧を構えたままそいつは女性に向けて叫んだ。随分と荒々しい扱いに、そいつはあまりそういったところの世界にいない人物だという憶測が立つ。
「姫……! だがこいつは!」
「クォート、あなたが警戒するのは分かります。ですが今は争っている場合ではないでしょう」
女性にぴしゃりと宥められ、苦虫でも潰したような顔をしているクォートと呼ばれたそれは渋々といった風に片手斧を下ろすと、あからさまな舌打ちをしているのが見て取れた。
その態度に特に何もいう訳でもなく、女性はこちらへ歩み寄ると手を差し伸べてきた。ロトは素直にその手を取り立ち上がる。
女性はまた綺麗な声で「ごめんなさい、突然」と申し訳なさそうに謝った、何だか声を聞くだけで心の中の汚物が浄化されそうな感覚になるが、その不快っぷりにロトは頭を振って感覚を振りきり「いや、構わねぇけどよ」と握ったままだった手を解いた。
いつの間にかニィナがロトの後ろに引っ付いてきている、やっぱり怪我はないようである。
肩をすくめながらも女性のほうへ視線をやり、ロトは素直に直球に問いを投げることにした。
「お前、何でここにいんだ?」
「多分、あなたと同じですよ」
ロデグランス王の愛娘、絶世の美女だと謡われた少女グィネヴィア姫は困ったように微笑んだ。
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「なるほどなぁ、状況は大体分かったぜ」
大体の状況とこれからやることを整理しよう。
現在地は北部監視塔、中央部からすこし離れている場所にあるが離れているからこそ、譜面の一つが設置されている。そしてここにいるのは怪鳥に拉致されたキャメラルド国民たちと、それに巻き込まれてしまった者たち。これに関しては情報としては拾っていたが、この確認によって確定情報になった。
さらに彼女ら、グィネヴィア姫たちについての情報。
姫も怪鳥に浚われた身であるが、放り込まれた先でも状況に足掻こうと意欲のある者たちを纏め、突破口を探している。
そして先ほど全力で襲撃してきたものクォートは、別の用件でこの国を訪れ巻き込まれてしまった『魔弾の捕喰者』だと当人は名乗った。どおりでシャムロックと同じような格好をしているんだなと率直に言ってやったら、また敵意を剥き出しにされてしまった。シャムロック……鋸鉈の捕喰者は相当悪名高いらしい。
現状の最終目的はあの戦闘機を動かし、国王への救援と基盤譜面の再調律を行うこと。だがその前に、この監視塔の機材を動かす為の譜面調律をしなければならないという。
場所はこの塔の地下。だが大量の腐敗者が沸いているらしく、魔弾の捕喰者だけでは護衛を上手く回せない。
そこで、比較的というよりかは完全な前衛のロトが囮役。所謂タゲを担当することになった。というかなってしまった、話の流れで。
「つか、姫さんまで地下についてくる理由はあるのか?」
「譜面が汚染されている可能性があるんです」
「あー把握。王家の血筋のコードが必要なんだな、わかった分かった」
同行者はグィネヴィア姫、魔弾の捕喰者クォート。その他の道案内にプラスしてニィナも当然一緒に来ることになる。
結論、俺が死にそう。
──なぁんか、きな臭いんだよなぁ。
悪い勘だけはよく当たるというが、この場合は当たってほしくないなとロトは珍しく思った。