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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-06:カサドル
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濃聲。

「おおおおわあああああああ!?」


 怪鳥の嘴から放り出され、さらには重力からも見放されたようにそれはまた綺麗にカーブを描いてロトは藁の山に頭から突っ込んだ。


「もっと丁寧に扱いやがれバカヤロー!!」


 焼き鳥をするぞと言わんばかりに藁の山から頭を出して叫ぶが、怪鳥はそんなことには耳も貸さないつもりなのか、ふいと顔を外へ向けて飛び去っていってしまった。

 鳥の癖して生意気な、あとで羽をもいで喰ってやるぞと心の中で決意しながら、ロトは色々引っかきながらも何とか藁の山を這い出ることに成功する。

 服についた藁を適当に手で払うと、いまだに藁の山と格闘しているニィナに手を貸す。どうやら何かに引っかかっているらしかったが、強引に引っこ抜くとあっさり引きずり出すことが出来た。


「アーサーとシャムロックは……流石にいねぇか」


 すばしっこいやつらがそう簡単に捕まるはずもないか。

 さて、状況を整理しよう。

 今この場にいるのはロトと、シャムロックの同行者ニィナの二名。

 まず周囲の音を捕らえよう。目蓋を閉ざして暗闇を観る、鼓膜に意識を持っていき音の波を限界まで感じ取る。

 さぁ上方向はどうだ。あのバカ鳥のものだろう、羽の擦れる音は小さいながらも着実に遠ざかっている。同じ高さの範囲へ集中させる、大きな足音は聞こえない。いくつかの音を探知、かなり遠い場所で移動しているらしい。こちらも遠ざかっている。そして少し離れたところに人の話し声、これは数箇所ある。扉の向こうから囁く声、遠い場所での音と同位置にも声、会話しているのだろうか。ひとまず人間はいるらしい。いや話ができるやつがいるらしいといったほうがいいか。

 次、臭い。

 鉄、これは人のもつ血液の匂い。鼻が詰まるようなものは腐った水。塩のような感覚のするものは恐らく人の臭い。むせそうになるのは獣の臭い。獣の匂いは薄れてきている、あのバカ鳥のものか。人の臭いは点在している、やはりそうか。かなりの人数がいるらしい。まだ安堵できるだろうか、食人鬼家族でないかぎりは。血の濃度からしてそういったことはないだろう。

 大体の状況は掴めた。そろそろ視界を開こう。

 この部屋を眺めると、まず放り込まれた藁の山が目に付いた。これは恐らくあの怪鳥の巣かなにかだろう、あそこに放り込まれたということは、つまりは餌のつもりだったのだろうか。どっちにしろ癪に障るぞあのバカ鳥。

 落ち着いて床を見よう、湿度が高いせいか乾くことがなさそうな煉瓦詰めの床、同じ材料で組み立てられたらしい壁はひとまず統合すると、この部屋は円柱状であるらしい。上を見る、星の見えない空が見える。屋根はないようだが登れるとは思えない。再び壁に視線を落とすと、扉があった。

 鉄製の頑丈そうな扉だ。まぁアレぐらいならコールブランドで叩きのめすことが出来るだろう。問題ない問題ない。


「ロトにいちゃん、だいじょうぶ?」

「あー?」

 

 状況把握に随分と精神を集中していたせいか、ニィナがロトの外套を引っ張り心配そうな表情を見せている。こういう反応をされてしまうと、逆に反応の仕方に困ってしまう。

 子供相手は得意じゃない、ロトはひとまずその言葉を曲解して受け取ることにした。確かにまだ身体のほうの確認が済んでいないのだし、間違ってはいないはずだ。

 自分の身体の接合を確認作業開始。

 右腕は……動く。藁で引っかいた部分もあるが裂けている訳ではないので放置でも問題はないだろう。左腕は? おっと危ない、藁がついたままっていうか刺さってやがる!? 仕方がない、引き抜いておこう。こうでもしておけば放置よりかは肉は腐らないだろう、荒治療はいつものことだ。

 両脚は特に問題なさそうだ。枝の一本貫通しているかと思ったが、そうでもないらしい。しかし先ほどから呼吸すると胸のあたりが傷みを発するあたり、肋骨に罅が入ったかもしれない。

 ついでに確認しておくと、コールブランドを含んだ荷物は幸い失ってはいなかった。


「あー……まあ大丈夫だろ」

「そか、よかったぁ」

 

 ふにゃりとマシュマロのような笑みを見せるニィナに、ロトはほんの少しだけたじろいでしまった。どうしてかはよく分からないが、やっぱりフィルターを通さずにぶち抜いてくる感情を受け止めるとなると、ある程度の耐性が必要になるのだろうか。今まで見えなかったものが見えるとなると、まだ処理が追いつかない場合が多々あるのは厄介なものだ。暗闇に慣れすぎるのも問題と言うことか。

 ふと思い出し、ロトはニィナに「怪我してねーか」と問う。その問いは、キャメラルドまでの旅路のなかでシャムロックが相当彼女に気を使っていたのをたまたま思い出したことから出てきた言葉だった。

 人の心配なんて柄ではないとは思うが、下手に怪我をさせてシャムロックの胃がオーバーキルしてしまったらそれもそれで困る。被害をこうむるのは多分自分だ。自分の身の安全のためならば、仕方ないことだろう。


「ニィナはぴんぴんなのです!」


 しかしそんな心配はいらないらしい。ざっとニィナの姿を眺めると、確かに外傷は見えない。何故だろうかと考えるがそう難しい話ではない。

 ……こいつ、藁に落ちた時に俺で衝撃吸収したな?

 やたら腹部に衝撃があったのはそのためだろう。ひとまず怪我がないのなら動けるはずだ、さっさと周囲を調べてから外に出るとしよう。ロトは再度ぐるりと部屋全体を見回し、やっぱり目に付く藁の山に最初に手をつけることした。


「うげ……」


 藁の山を掻き分けるように調べていくと、突然に蒸せ返る臭いが鼻腔と精神を劈いた。よくよく藁の中を覗くと、そこには人間の遺体が倒れ込んでいる。藁の中に混じっていた枝に首を貫かれたのだろう。ニィナがさっき引っかかったのはこれが原因のようだ。枝、なんて物騒な位置にあるんだ、危ないじゃないか。


「にいちゃん何やってるの?」

「調べもん、終わるまでそこにいろよ」

「はぁい」


 外套をまた引っ張るニィナを適当に宥め、ロトは遺体の状態を見ることにした。

 体格や顔の造り、服装からして若い男性だろう、しかし少なくとも貴族ではなさそうだ。原因は失血死だろうか、それでも腐敗がかなり進んでいる為この場での確定情報はとれなさそうだ。

 しかし腐敗に関しては大体察しがつく。このキャメラルドの湿度は元々高い、森も多ければ雨も多い、しかも風の通り道が空以外に殆どない。それにこの部屋も相当じっとりしていることを踏まえると、早く見積もって三日ぐらい前だろうか。これが死んだのは。となるとあの焼き鳥候補に同じように拉致されて、ここに放り投げられた時に首をやって、そのまま死んでしまったということか。

 中々に不幸な死に様だ。埋葬はしてやりたいが少なくともロトの仕事ではないし、そんなことをしている場合でもない。

 藁の山以外には物体はない、ここにあるものはこれだけのようだ。


「……特に何もないな」

「お外出る?」

「そーだな」


 ニィナにせかされ、ロトは鉄製の扉を強引に開く。斬り伏せたところで気がついたが、鉄製の扉には鍵は掛かっていなかったようだ。


「ますます訳わかんねーな」


 点在する光源を定めて視界を安定させると、開けたその空間は牢獄のようだった。並ぶ鉄格子に小部屋の数、天井から鎖が何本も垂れ下がっているのは一体何のためなんだろうと無邪気に考えてみたりもするが、

そんなこと以前に蠢く存在へ意識が飛ぶ。

 牢獄の中に、項垂れている人々が多数いたからだ。

 遠めにみたところ手足の拘束はされていないようだが、大人数がかなり痩せこけているようだ。ろくに食べていないのか、むしろ食べ物あるのかこの牢獄。

 それに皆が皆生気がないというべきか。この空間にもったりと横たわる嫌な空気がそうさせているのだろうか、瘴気に似た苦さをもつ圧力、これは一体なんだ。一体何がここで起きている。

 空気に慣れていないせいか感覚的な把握が遅れてしまう、ダメだこれは、一人では把握できるものもできなさそうだ。話の出来る人はまだいるだろうか。


「おうい」


 幸いにも向こうから話掛けてくるやつがいた。ロトとニィナは呼びかけに素直に従い鉄格子の傍まで寄ると、その声の主の姿を確認する。

 深緑色の装甲の薄い制服、肩のエンブレムを見るからにこの国の騎士のようだ。


「お前か、呼んだのは」

「おう、そうだぁ。兄さん見ない顔だなあ」

 

 声を出すのが難しいのだろうか、随分とゆっくりとした喋りに苛立ちを覚えるが、ここは情報を手に入れるために我慢する。


「外から来たからな」

「そうかあ、災難だったなあ」

「ここの状況、教えてくれっか」

「いいぜぇ」


 騎士は淡々とこの国の状況を語ってくれた。

 腐敗者の進行と防衛線瓦解が発生するまでの時間はわずか一日。その後は国民が次々と拉致され、どうしてだかここに放り込まれている。騎士も同じようにここに放り込まれてしまった一人だそうだ。

 彼は淡々と語る、助けの見込みは薄いと。

 どうしてそこで諦めてしまうのか、ロトにはよく分からなかった。手は尽くしたのだろうか、聞いてみても答えはNO。何故、なにもしないでそこで座り込んでいるのだろう。体力が尽きたのか、体力が尽きるまで時間はあっただろうに。


「……そーか、把握した」


 適当な感謝を投げつけて、不快な疑問符を出来るだけ口に出さないように胃袋の奥に押し込める。ニィナの手を引きながらロトは牢獄の奥へと歩を進めた。

 途中で手を伸ばしてくる人間どもなんて視界に入れずに、ただ真っ直ぐに突き当りを目指す。予想通り突き当たりの壁にはまた鉄製の扉があり、ロトは迷わずその扉を開いた。

 当然部屋があった、また大きく拓けた空間。四方に扉、真ん中には……空騎士の持つ技術の塊が静かに鎮座していた。

 刃を思わせる鈍い銀と鋼の色を湛えた、鋼の翼を持つ鳥を思わせる形をしつつも、尚且つ機械特有の無骨さによるプレッシャーを打つ鉄と技術の集合体。


「戦闘機──戦空型飛空艇イーグルか……!」


 何度もオーグニーの技術で再現しようと試みた、空を自由に飛ぶための翼。

 キャメラルドが占有するもっとも特異で強力な技術。この土地の磁場に合わせてあるせいでこの国の領土内でしか飛ぶことは出来ないらしいが、それでもこんな至近距離で、実物を見ることが出来たのは正直なところ嬉しかった。なんでこんなところにあるのかとか、ここは何の施設だとかそういうことを考えることを忘れてロトは戦闘機の様子を眺めていた。

 ざっと見たところ故障はしていないらしい。燃料はどうだろう、たしか調査だと胴体にあったか。最近に開かれたあとがある蓋を開けると、メーターは満タンよりもすこし下回った数値を示していた、まだあるということだろう。なんだ、飛べるじゃないか。ならなぜ飛んで逃げないのだろう? また疑問符が浮かぶ。

 

 ──腐敗者の進行と防衛線瓦解が発生するまでの時間はわずか一日。


 あの騎士から聞いた情報の一節が脳裏に飛ぶ。まて、考えろ。

 ブリテンからキャメラルドに着くまで馬を飛ばして三日かかった、要請が出て届いたのは……ここの技術を使ったとなるとブリテン領までは一日で届く、さらにブリテン領外周から城までぶっ通しで一日で着く。言伝をつかったとしても時間差はないはずだ。

 合計して、五日。

 五日間で、この惨状。

 考えろ、考えろ、五日間という時間を何の感情と共に過ごしたのか。腐敗者の襲撃と怪鳥による拉致、そこからの放置と餓え、なんだ。なんだ。何を思って彼らはここまで、墜ちた。

 ふと、後ろを振り返る。その扉の先にはさっき無理やり通ってきた牢獄が重苦しい圧力と一緒に寝転がっている。


「折られたのか」


 精神を。

 ただそんな風に、思えた。

 その傷みがどんなものかなんてロトには分からないし、ニィナにだって分かるはずもなかったが。

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