怪鳥。
「まぁ、なんだ、うん、あのちょっと深呼吸しようか」
捕喰者の両肩を抑えるように掴んだアーサーは、冷や汗と困惑交じりにそう言った。
私はだいぶ前から落ち着いているぞと反論すると、お前のようなやつのどこが落ち着いているんだと反撃を返される。だから落ち着いているって、捕喰者は強引に手を払いのけ立ち上がろうとしたがその足が上手く動かずに転倒してしまう。
手足の痺れが動きを阻害しているのだろうか、そこまで精神に深く食い込まれたとはおもってはいなかったのだが。
「お、おい、大丈夫か? 大丈夫じゃないな」
「……脳が食み出てなければ大丈夫だ」
「それは普通生きてるっていわないから安心してくれ」
顔面を濡れた煉瓦に叩きつけながら思いふけるのは、つい先ほどまでの出来事だ。
キャメラルド王城へ向かうため地下水道に降り、人目や化け物の目につかないように行動していたのがすこし前になる。
しかし地下水道を称してはいるものの、天井に関してはそのまま空へ吹き抜けており空からは丸見えの状態だった。流石にあの高さを飛び降りてくるものはいないだろうと考え、一行は地下水道を進んでいたのだが。一行の期待を裏切るかのように、空から飛来するものがあった。
──血液に濡れた嘴、満月を照り返し光る眼光、肥大化した肉と羽。むせ返るのは獣と薬品の混ざった異臭。いうなれば怪鳥だったろうか。
捕喰者としても、一人の人間としても初めて見る怪物の姿に呆気をとられてしまったのは確かだ。仕方のないことだ、皆初邂逅には足が止まるというモノ。しかしそれは不味かった、とても不味かった。
比較的至近距離にいたアーサーと捕喰者は風圧と衝撃に吹き飛ばされ、ロトとニィナとの距離が開いてしまったのだ。
だが、ロト王が動く。
それもまぁためらいもなく切りかかったのだ、例の機械大剣……聖剣コールブランドで。何でも斬れると噂される魔剣の斬撃だったが、怪鳥はその攻撃を受け取ることなく宙へ浮かび、一気に滑空を仕掛けてきたのである。
それもまた、なぜかはしらないがニィナを目掛けての滑空。偶々距離が離れていたこともあり、かばうことも出来ずにニィナは怪鳥の嘴に挟まってしまったのだ。さらにはその滑空に巻き込まれてしまったのか、ニィナを守ろうと身を投げたのか、ロトも同じように挟まってしまい、救出を試みたが怪鳥はすぐさま空へ飛び去ってしまった。
アーサーが狙撃して落とすという手も少なからずあっただろうが、誤射の危険性があったためその方法は取れず結局のところ分断されてしまったのである。
……と、淡々と思い出してはいるが捕喰者としては一大事もいいところ精神的に大惨事である。
一番守らねばならないニィナを、ああもあっさりとよく分からない化け物に浚われてしまったのだ。たったそれだけで後悔ばかりが悲鳴を上げる精神に圧し掛かるように積もっていく。
アーサー曰く、ロトが一緒なら死にはしないだろうとのことだが、それでも捕喰者は全く安心できない。ここ数日で彼らの事はある程度分かったが、信頼もしているが、本当に大切なものを奪われるとなるとそこまで理性が働くものでもないのだろう。理性なんてどうせサブブレーキなんだよ、と訳の分からないことを浮かべつつ捕喰者はなんとかして座り込む。
どうにも、吹き飛ばされたときに首をやってしまったらしい。
「これ、城までもつのか?」
つか普通に包帯巻いていいのか。アーサーが捕喰者の首筋を見ながら問う。
通常なら見れられない程の裂傷は、現在進行形で貴重な血液を駄々流しにしている。かといって今のこの二人には傷を縫う技術も持ち合わせてはいない、せいぜい傷が開き過ぎないようにするぐらいしか手の施しようがない。血液を失ったことでの貧血やらなんやらが怖いところだが、捕喰者は対して自身の身体の事だからこそか、それほど心配はしていなかった。
「気合で持たせる」
「どう見ても気合で持つタイプのものじゃない気がするんだが」
「根性で治す」
「シャムロック、キミは一度人間の身体構造の脆さについて勉強しなおしたほうがいい」
簡易的な裂傷処理を終えると、アーサーはやれやれと立ち上がり捕喰者へ手を差し伸べる。捕喰者は特に何も言わずに手を取ると、そのまま引き上げられ肩を借りる形になった。
とにかく城へ。
というのが現状の目的である以上、そう長くは休んでいられないのも確かではあった。
城に行けば恐らくブリテンからたどり着いている先遣隊や騎士団がいるだろう、とのこと。分断されてしまった二人の生存に全てをかけて、今はひとまず自分の命を優先して行動せねばならなかった。
足を引きずりなら歩くことはもう慣れてしまったが、肩を並べて歩くことだけは未だ慣れないなとぼうっとする思考回路はバグを吐きだした。
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「帰ろう」
「だが断る」
「いや切実に帰ろう」
「だが断る」
これだからこの国には来たくなかったんだよ。馬鹿。
深緑の傭兵服を身に纏った白髪の青年は、相棒である黒ずくめに毒と抗議を投げつける。だがしかし、こうなんども帰ろう帰ろうといっているのに相棒はまったくもって聞く耳を持たなかった。
不気味な夜、住人のいない街、影に覆われた王城に空を飛びまわる謎の怪鳥、これだけの不安要素を取り揃えておいてなぜだが断るなのだろうか。青年には理解が出来なかった。
そんな漫才を繰り返す二人を乗せた愛馬が、やれやれと呆れるように啼く。
一切状況ととわぬキャメラルド、どうしてこの地を再訪するのか。その理由は黒ずくめの黒の中だろう。そこまで考えて白髪の青年は考えることを放棄することに決める。ここまできたら腹を括ってしまおうか、そうだ、それがいい。
そうして予定もなくやってきた二人と馬一頭は街を下っていく、行き先に見据えるのは王城だった。