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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
05:自裁哀歌。
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聖剣。

 真っ白な空間の中、ぽつんとたつ鉄の扉を前にアーサーは佇んでいた。地面もなく空もない空間で、どうして立っていられるのかはきっとここがまだ普通の空間ではないからだろうという、至極雑で簡単な結論に到る。

 寒くもなく、熱くもなく、ただそこに意識があるというだけの空間に一つの音が跳ねるように飛ぶ。


「もう一人でも大丈夫かい」


 その気が抜けるような雰囲気のレイスは、今にして初めてアーサーの目の前に立っている。思えばそう長くない付き合いだったが、なんだかんだいって信頼していたように思えてくる。どうにも癪に障るが、事実そうであったことには変わりない。何もしてはくれなかったが、それでもいい人だった。言葉では言い表せない安心感は、恐らく血脈によるものだろうと認識する。

 一人で大丈夫かと問うレイスの瞳は、アーサーのもつ瞳と同じ色を湛えて揺れている。その僅かなゆれが何を意味するのか、アーサーには分からない。だが問いの答えは漠然と聞こえていた。


「一人じゃないから、大丈夫だ」


 国へ帰れば人がいるとかそういう単純な意味ではなくて、ただ、自信の隣にいてくれる彼女や、まるで普通の友人のように接してくれる人たちもいる。友人ではない、知人だというべき皆がいる。互いに深い関係性を持っているわけではないが、全てが全てそうであらねばならない理由など一つもない。歩む道は孤独かも知れないが、彼女や彼らがいるからきっと大丈夫だと祈りたい。

 楽観で希望観測的なその答えを聞き、レイスは穏やかな微笑みを浮かべ、するりと扉の横へ立つ。

 行け、ということなのだろう。

 アーサーは扉を押し開く、重い音を立てて開かれたそこは影もなく光もないこの空間では扉の先に待つ色がなんなのか視覚することすら難しい。

 ほんの少しだけ後ろ髪をひかれるような気がして後ろを振り返る。そこにレイスの姿はまだかすかに見えていた。足元が透け始めていて、まるで幽霊のようだったが最初から幽霊だったな、と思い出す。この時彼の正体について聞こうとは、どうしてか思わなかった。なんとなくだが分かっていたのかも知れないし、こうであったらいいなという希望もあったのかもしれない。


「いってらっしゃい、アーサー」


 顔も知らない彼の別れの言葉は、不思議と優しかった。



/


「合格、ですか」


 女性が戸惑ったような声ではっと目を覚ます。白昼夢ともいえるような感覚は、ようやく元の世界に帰ってきた実感に移り変わった。さてここはどこだろう、と辺りを見渡してみれば樹氷で覆われた古寂びた湖畔だった。なにか青白いものがチラチラと待っている幻想的な光景は、直感でここが「覇者の湖」であることを示させる。どうやらどうにかたどり着いたらしい。

 さてキッカケになった女性の声だが、それはわりとすぐ近くに、湖の上にぽつんと浮かんでいた。

 濡れた夜の黒い髪、夜帳のベールを纏ったそれは明らかに人ではない美しさを持っている。とりあえずあの女性は人間ではないらしい。

 そして合格という言葉。これはもしかしなくとも「不合格ではないから辛うじて合格」という意味なのだろう、というかその意味しかないように聞こえてくる。思えば鬼のような試験内容だったような気もするが、難しく思えたのは自分が小心者のせいだとも言える。流石に不満を言える立場でもないし、あまり噛み付くのは止めておこう。


「どうにもそうらしい。フラットとロト王は?」

「すでに試練を突破しました。貴方が実質最後です」

 

 だろうな。あんなに時間を食っていたらそうなるよな。納得しかない答えにため息をつく、フラットはともかくとしてロト王が正規手段で突破したようには思えないのはどうしてだろう。あの人空間を飛び越える技術を持っているようだし、抜け出したとかそういうことやってそうな気がするのだが。

 とにかくあの二人は既に試験を突破して、持たされるべきものを受け取り、帰りの旅支度を始めているそうだ。相変わらず気が早い連中だ。というか一緒に帰路を辿るつもりなのか、恐らくだがアーサーのことを待っているのだろう。帰り道もまた騒がしくなるのだろうなと思うと胃が痛い。

 そんな憂鬱などいざしらず、黒髪の女性は湖の中央を指差してこういった。


「あの奥に見えるのが、貴方が持つべき聖剣、エクスカリバー」


 差し向けられた指先に見えるだろうものは、見えなかった。

 そこにはただ風に揺れる小さな波が立つ湖しかなく、見えないと認知すると同時に湖から錆の匂いがすることに気が付いてしまった。あまり好い思い出のない匂いに顔をしかめていると、黒髪の女性がどこか悲しそうに目を伏せていることに気が付いた。もしかしたら、先の反応からアーサーに聖剣が見えていないことに気が付いたのかも知れない。


「もう、貴方には魔法が通じないのですね」


 知れないどころじゃあなく気が付いていたようだ。

 魔法が通じないということは、どういう条件化で発生するかはわからないがつまりはそういうことなのだろう。この湖には何かしら大規模な魔法が掛かっているように思える、だがその影響は此方にはない。整っているはずの舞台の裏が見えていて妙な気分になるが、これはもうどうしようもないのだろう。自力で歩めという苦言だということにしておこう。

 さて、黒髪の女性は此方から聖剣が見えないと分かったかいなや、湖の中央まで歩いていき何かを持って戻ってくる。


「これが貴方の持つべきものです」


 エクスカリバーというその聖剣は、聖剣というよりかは宝剣に近い印象を張り付かせた。鞘にはいくつモノ宝石が埋め込まれ、芸術品のような雰囲気を漂わせている。聖剣を受け取り鞘から剣を抜き払えば、それは水に滑らすようにするりと抜け、まるで血に一度も触れていないように見えた。聖剣らしいといえば、そうらしいがその印象はすぐに覆る。これもまた魔法にかかっていたのだろう、光を反射していた刀身にはいくつかの錆びがあり、実戦に使われた形跡もあった。しかしその形跡がある意味ではこの剣の肯定であるように思えてくる。

 幾多の主人の手に渡り、この剣は何を成してきたのだろう。この剣は何を成したいがために、人の手に渡り続けたのだろう。知識欲が掻き立てられるこの剣は、たしかに聖剣だった。


「貴方には資格があるとみなされました」

「……、」

「どうしましたか?」

「いや、ただ少し不愉快なだけだ」


 しかしまぁあえてこちらを先に渡してくるのは、青臭い恋心は捨てろとでもいいたいのか。

 エクスカリバーを鞘に収め、黒髪の女性に問う。


「これを使って何を成せと?」


 黒髪の女性はすこし考え込み、小鳥のような声で応えた。


「……世界に、平和を」


 その世界がどこまでのことを意味するのか、今のアーサーには分からない。それに平和と呼ばれるその世界を、アーサーは知らない。ただその答えに脳裏に宿った「理想像に喰われるものか」と言う反骨が流れに身を委ねるなと杭になる。

 やれやれとかぶりを振り、「期待に沿えるかどうかは分からない」と女性に告げる。女性は何も答えなかった。

 唐突に樹氷の森から風が吹く、その風の中に鈴の音が混じっているように思えてならず、待ちきれずといった風にアーサーは相棒の名を呼んだ。


「そこにいるんだろう、カリバーン」


 名を呼ばれたことがトリガーとなったのか、くるりと身を翻しながらふわりと舞い降りた道化師の服を纏った少女が世界に顕現する。相変わらず濃い道化師の化粧で大きく描かれた笑顔が表情をかき消しているようだが、今となってはそれがあっても表情が見えるようになってきた。


「はぁい、アーサー様。この姿では久しぶりだね」


 久しく人としての実体を持ったカリバーンは、今までの鬱憤を晴らすように抱きついた。以前なら避けていたその行動を、今回ばかしはアーサーは動かずに受け止める。相変わらず冷えた肌、聞こえない鼓動、ひやひやするといえばそうなのだが今ではこの体温が心地よかった。なんとなくカリバーンの髪を撫でてみると、くすぐったいといわれてさらに頬ずりされてしまった。

 

「でもいいのかい? アタシなんかよりも、その子の方が優秀だろう」

 

 ふとカリバーンは言う。その子というのはエクスカリバーのことなのだろうが、優秀さなどで判断するほど冷酷ではない。


「俺にとっての聖剣はカリバーンだけだ」

「お世辞でも嬉しいね、やっぱり大好きだよ。アーサー様」


 するりとまた空中へカリバーンは飛ぶと、彼女は器の姿へ戻る。しかしそれは見慣れた大杖ではなく、無骨ながらも美しい狙撃銃の姿に変化していた。その姿をかたどったカリバーンを手に取り「嫌味かその姿は」と悪態を付けば「アーサー様の願いに応えただけさ」とそっけなく、だか明らかに嫌がらせのように帰ってくる。確かにこの姿を選んだ理由は分からなくはないが、これはどうなんだ。もはや近接武器ですらないし杖でもない、ざっとみたところで完璧に銃の機構そのままであった。おぉ殺意が高い、怖い怖い。その発想が怖い。

 ふと思えば、あの街に行ったときに剥奪された手荷物などは既に元に戻っていた。腰に下げたエクスカリボールも、銀時計も、拳銃も、先ほど足されたエクスカリバーも、ちゃんと装備しなおされている。思えば結構な武器を所持していたのだなと思うが、拳銃に関しては暗器のようなものだしさほどごちゃごちゃはしていない。


「……聖剣エクスカリバーはありがたく頂戴する」


 流石にこれ以上居座るとロト王あたりが駄々をこねてきそうだと、最低限の別れの言葉を口にする。しかし女性の奥に見覚えのある気配を覚え、半分挑発のような言葉を投げつけてやることにした。

 

「だがこの剣が血を吸う時は、すでにブリテンという形はないと思ってくれ」


 踵を返して湖を去る、漣のたつ音と自身の足音だけが鼓膜を揺らしては、疲労感と共に僅かな期待と曇天の憂鬱を思わせる。

 どうせ、国に戻ってからやることが山済みだ。いままで触れてこなかった聖剣争奪戦もなんとかする方向に仕向けなければならないし、その他もろもろの後始末やら離れてた間に発生した問題もあるだろう、それにも手をつけなければならない。徹夜する未来しか見えないのだが、仕方がない、フラットにも手伝ってもだろう。


「あー……帰りたくねぇ」


 ため息混じりに語るぼやきは、夜明けの空に溶けて消えていった。


/


「やはり気がついていたか」


 アーサーたちが去ったあと、影から現れたそれは勘が鋭いなぁと楽しんだように呟いた。


「マーリン様、彼は」

「あのままでいい、あの破天荒、嫌いではない」


 思惑通りに進むつもりがないといわんばかりの目は、いつかの自分によく似ていると懐かしみすら覚えるのだとマーリンは語る。


「どう抗ってくるか、楽しみだ」


 黒い鳥は飛んでいく、籠から抜け出した最善策を飛び越えて。

 青い鳥は鳴いている、いまだ足を踏み入れぬ花園で彼を待っている。

 長らく待った一幕がようやく舞台をみせるために動き出す、双方知れぬ末路を目指して古時計は目を覚ます。

 円卓が開かれる日は近い。

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