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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
05:自裁哀歌。
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帰宅。

「何かあった?」

「そりゃあな」

 

 開口一番伺った調子の悪さは、もちろん最悪の一言で括られる。

 セージュ=アーベルジュは日の当たる教会から出てきたアーサーに対し、一抹の不安を感じていた。

 なんというべきだろうか、気配と言うべきだろうか、流れと言うべきだろうか。とにかく彼の中に渦巻き停滞していたはずの流れが、唐突に加速の動きを見せていた。何故と問うなれば何かがあったとしか言いようがないのだが。その唐突の異変と意表は動揺を促すには充分すぎるほどの衝撃を携えている。表現でいうなれば、まるで線路から逸脱した電車のような。そんな風な傷みも刻み付けて彼の目の奥になにかが蠢いているような気がしてならない。

 あのフェイトに笑顔で殴り込むためのつなぎの予定だったアーサーとの合流は、セージュを強引に本流に引きずり込むほどの異様さを運んでいることは間違いはないだろう。

 元々セージュとしては、アーサーという人物を利用する気はない。制御ができる人物ではないという前提もそうだが、できれば人を利用するという考え自体を捨ててしまいたいほどにはセージュは全うな人間だった。だが、此方がその気はなかったとしても向こうは違うだろう。恐らく偶然巻き込まれる形になってしまったセージュでさえ、利用してくるに違いない。今だけは安堵する、アーサーの目に自身が映っていないことに。

 さて、「これからどうするんだ」とありきたりな問いを投げてみると。案外普通な答えが跳ね返ってくる。


「一旦、家に帰ろうかなとは思ってる」


 先を急いでいたように見えたアーサーは、意外なことに急く事をやめて立ち止まっているようだった。曰く、確認したいことがあるとのこと。曰く、考える時間がほしいとのこと。たしかにこの奇妙で使い古された陳腐な法則に乗っ取って動く世界ならば、時間なら腐るほどにあるだろう。いや、秒針がさび付くほどに立ち止まっていてくれるに違いない。違いない、とはいっているが本当のところは全て憶測で全て勘なのだが、どうせ当たっても当たらなくても結果はかわらないだろう。どうせどういう風に転んでも大丈夫なように仕組まれている。案外そんなものだ。こんな場所。


「じゃあ僕はここらで」


 流石に人の家にまであがるわけには行かないし、これ以上同行しても収穫はなさそうだ。余計に巻き込まれてしまうだけだろうと見切って、縋った手をすっぱりと自分で切る。調べたりない、物がない、ないものだらけで不必要なものを抱えるわけには行かない。記憶の保管にだって重量制限があると思うのだと、半分強制的に考え込んで。

 しかしこのまま離れたとして、アーサーへの不安が拭いきれるわけでもない。セージュは既に弓からボウガンとなった彼女を背負っているからいいものの、アーサーは今それらしいものを持っている様子がない。死にはしないだろうが、武器を持っている身としては不安がある。


「……さっき拾ったんだけど、使う?」


 探索の間に偶然拾った古びた拳銃を取り出して手渡すと、アーサーは露骨に硬直した。なにかいやなことでもあったのだろうか、それともただ純粋に驚いただけだったのだろうか。セージュとしては街の片隅に銃火器の輸入店があったことが凄まじく衝撃的でならないのだが、明らかに違法店だったけれど。この大陸では拳銃はなじみが浅い武器だ、需要があるのかどうなのか。いやいやその前に道端に拳銃の弾やマガジンがごろごろ転がっている時点で異常としかいえないのだが。

 撃ち方は分かる? と単純に聞いてみれば「大丈夫だ、撃ったことある」と引き攣った笑みで返される。無理しなくてもいいんだよ、僕もこの街に関してはそろそろ泣いて逃げ去りたいぐらいだから。


「まぁ、手段選んでられないしな」


 去り際に聞こえた独り言はあえて聞かなかったことにした。


/


「もう、一人で大丈夫かい」

 

 久しく聞くレイスの言葉は、何だか妙に此方を心配している匂いと共に振りかかってくる。

 セージュと別れ家路を辿り始めたアーサーは、その言葉にすこし驚いて歩みを止めていた。答えは見えている、だが最善の答えを出すのは今じゃあないということも粗方分かっていた。


「まだ、そこにいてくれ」


 決して縋っているわけではないが、縋りたい気持ちはあるにはある。どうであれまだ子供で人間でありたい、それだけの感情だけで離れようとする人の足を引きとめた。レイスはその答えを聞いて何を思っているのか、言葉少なく「分かったよぉ、ちゃんと後ろにいるからね」と言うだけ言って黙り込んでしまった。しかしそれでよかったのかもしれない、昔は声を上げたところで誰も立ち止まりはしなかったが、今は違う。その答えだけでアーサーはまだちゃんと歩けるような気がしていた。唯一不満なのが、カリバーンが一緒にいないという現状なのだが。

 家への道はそう遠くはない、道順はどんなだったかなと思い出そうと歩き出せば、背後でかしゃりと硝子を踏んだ音が響く。


「……で、お前はついてくるのか」


 ため息混じりに振り返る。そこにはあの奇妙な裏路地で見かけ、逃げ去ってしまった少年がぽつんと一人で立っていた。

 昼になったからこそレイスがひょっこり出てくるかと思っていたのだが、割とそうでもなくて。

 ただそこに立っている少年は、やはり異常な姿をしているとしか思えなかった。がりがりに痩せこけた身体、フードを深く被っているそれの顔はまだ覗くこと叶わないが、そこに感情というものが表面化していないことだけは確信できるほどに、ぐったりとした印象を見せている。異様、異常、だがそれはアーサー自身が通ってきた道と酷似していることぐらい分かっているつもりだった。だからこの場合、外見や少年のことを問うよりも行動方針を問うほうがいい。

 暫くの沈黙の後、少年はこくりと頷いた。

 言葉を聞き取る程度の思考回路は保たれているのか、すこし踏み込んでみて「名は?」と聞いてみれば少年はアーサーをすっと指差し、


「同じ」


 と掠れた声で言い放つ。

 どういった意味で同じなのかは、考えるまでもないのかもしれない。


「そうか」


 ただそれだけをいい、家路を辿りなおす。

 記憶が正しい限り、家には当時書いていた日記があったはずだ。あのオンボロの家が撤去されていなければ、まだ残っているはず。なぜ日記なのかといわれれば確信があると返すのだろう。欠けている記憶がある自覚を信じて、この街にいたときの記録さえ見ることが出来れば連鎖的に思い出せるんじゃあないかと考えた。それにあの本を開けば、思い出せる気がするのだ。教会でであったあの少女も、記憶の中にポッカリと姿を消している人たちの事も、自分の事も。目的がハッキリしていることだけに今は縋って、足が覚えている誰も待っていない家に帰ろう。

 雪は、まだ已みそうにない。

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