流星。
とにかく辿り着かないとどうしようもない、教会の場所を思い出すためにも夜の街を歩くことにした。ローディが「いらないからくれてやる」といって寄越してきた地図の入った手帳が何かと優秀で、迷うことはなさそうだ。
実を言えば、故郷で夜の街を歩くのはアーサーにとっては初めてだ。というか全体的に街を歩くというのも初めてな気がする。
この街は灰色の街程広くはないが、建物の密度が高く路地が多く、なんでかはわからないがとにかくスラムが多かった。多いからこそ、スラムのルールというものが自然と組み上がるものでもある。アーサーが住んでいた区域はそういうのは少なかったのだが、他の区域では縄張り意識というのも多少なりとあった。
そもそも当時歩く回る体力がなかったのもあるが、そういう抗争に巻き込まれないよう他の区域にいくことは避けていたのだ。そういうところだけはよく覚えている、見た目だけは綺麗な街だったが、やっぱり裏は溝のそこには変わりない。
「しっかしまぁ……様変わりするもんだな」
初めて知ったが、この街は昼と夜ではだいぶ雰囲気も変わる。
油くさいランタンが道を、壁を照らし。その溢れる光は空の星をかき消していく。思えば結構な都会だったんだなと感じるが、よくこの街で生きていたなという過去への感嘆すら湧き上がる。
ふと上を見上げれば相変わらず現実味のない紫色の夜、雨や雪が降っていないことから視界は晴れているが、見ていて気持ちのいいものではない。
こうやって一人で歩いているとどうしても思考が止まってしまう、どうにも夜の間はレイスは出てこれないらしく一向に話しかけてくる様子がない。ぶっちゃけてしまえは凄まじく退屈というべきか、なんというべきか。決して寂しいとかそういうものではない。できれば早くカリバーンに会いたい。
「ん、何だ?」
呆然とするようにため息をついていると、ばたばたと豪快な足音が此方へ近づいてくる。昼のような化け物は出ないという話なのでそこらは安心していたのだが、今度は何だと耳を済ませて気配を探っているとまず視界に影が掠る。
影は明らかに建物の屋根の上を軽々跳んでいるのだが、あまりの身軽さに人間だとは思えない。なんなのだろうあれは、何かに追われているのだろうか。それにしても随分なりふり構わない走り方だなと眺めていると、また影がこちらへむかって飛んでくる。他の建物に飛び移るつもりなのだろう。よく跳ぶなぁと見るとその影が急にバランスを崩す。
「うおぁああああああああ!? そこどいてぇええええええ」
「え、うええええ!?」
影は盛大に急降下、落下地点に不運にも立ち止まっていたアーサーに直撃した。
剛速球で跳んできた肉塊の流れ星は随分と重く、眼球に火花が飛ぶのも辞さない勢いでめまぐるしく回り、ぐらぐらと目をくらましていると、その流れ星があばあばと慌てた様子で声を発する。
「あぁあああごめんなさいいいぃぃい」
「あ、うん、はい、待て、落ち着け」
「怪我してないですかぁあああ」
「落ち着けっつってんだろ」
がたがたと震えながら奇声に近い悲鳴を飛ばすそれの顔を全力でハタく、軽く横に吹っ飛んだそれはごろごろと冷たい石畳の床を転がり、「ふげぇ」と潰れたような声を吐く。すこしやりすぎただろうか、心配になって近寄って見るとそれはまたすぐに立ち直り此方を見た、するとそれはアーサーの事を知っていたのだろうか、「あ、あなたは!」と大げさに言い放つと、見る見るうちに子犬のような表情になり肩を掴んでくる。
「なんだ、どうした。俺に何か用か」
ひたすら純粋に困惑しながら問う。こいつどっかで見たことあるような、だが今回はアステルのときのように思い出せることは特になく、うーんと首を傾げる。
「エディン見てませんか!?」
それは綺麗な晴天の青い髪を揺らしながら泣きそうな目で答える。
エディン。
久しく聞く少女の名に衝撃を受け素直にその問いに答えようと記憶を掘り返すが、勿論この街で彼女の姿なんて見かけているわけもなく、見てないと首を横に振るとそれは「そうかぁ……」とまた大げさに落胆する。彼、エディンの知り合いなのだろうか、にしては随分と場違いな場所にいないか。さっぱり引っ掛からない印象に何を問えるわけでもなく、とりあえずといった風に当たり前のことを聞く。
「あんた誰だ? エディンの知り合いなのか?」
「知り合いというか、仲間、というか……あ、僕はセージュといいます。そういえばちゃんと顔を合わせるのは初めてでしたね、アーサーさん」
「えーと、……あぁそうか思い出した、あんたベンウィックの」
「お久しぶりです」
セージュという名を聞いてようやく思い出す。
随分前の話にすら感じるベンウィックでのロト王との戦い、そのあとに偶発的に発生したあのフェイトと称される「者」と戦闘になったときにエディンと共に窮地を救ってくれた弓矢使いの少年。たしかにこうやって顔を合わせるのは初めてだし、今の今まで思い出せなかったところからそんなに印象には残っていなかったのだろう。
ちゃんとセージュの姿を見てみると、たしかにそうだ。あのときの少年だ。その背には弓矢ではなくボウガンが乗っかっているが。
この街にきてからやけに知り合い未満のような人物に会うなぁ。
「エディンがどうとかいっていたが、どうかしたのか」
「ちょっと、色々ありまして」
「何かやらかしたのかあの小娘は……」
「いや何かやらかされたというか、うん、誘拐されました」
「通報案件ではないかそれは」
道のど真ん中で話すのもなんなので、端に逸れて適当な木箱に座って話を聞くと、セージュはエディンと共にフェイトを追う旅をしていたのだが、最中エディンが何かの手違いで何者かに誘拐されてしまったらしく、さらにそのあとを追おうとしたセージュはその何者かによってこの世界に突き落とされてしまったと。
「それでとりあえず此処につれてこられてないかなと思って」
「建物の上を飛びまわっていたと」
「はい。収穫はなかったけれど、アーサーさんに遭遇できただけよかったよ。此処、よく分かってなくて」
街を探すためにフリーランで飛びまわるその発想は一体どうなんだ。
だが、彼には先ほどアステルとローディに聞いたこの世界の話をざっとかいつまんで話してやったほうがいいのかもしれない。そうでもしないとこれは何をしでかすかが分からないというか怖い、予測が付かない。温和な顔をして凄まじいことをやらかしてくれるタイプだろうこのセージュという人物は。
「移動しながらでよければざっと話すけど、」
「いいんですか?」
「又聞き情報でよければ」
この際何でもいいのか、セージュは大丈夫ですと目を輝かせて頷いた。
教会はもうすぐ近くのはずだ、地図の読み方を間違えてなければそう時間は掛からないだろうが、話すにはそこまでの時間も必要ないだろう。
歩き出して数歩踏んだところで、言っておこうと思っていたことがふいに掠めて振り返る。キョトンとした顔でセージュは此方を見ているが、その背に背負ったボウガンが殺気を出して恐ろしい。
「なぁセージュ」
「はい」
「その……無理に敬語使わなくていいからな?」
どんな状況下でもやっぱり敬語はむずがゆくて仕方がないのだ。