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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
05:自裁哀歌。
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帰郷。

 眼下に広がるのは、雪に埋もれていく小さな港街。視界が認めるのは、消し飛んだはずの腐敗した故郷。記憶との齟齬があるとすればこの街には人の姿が見えないことか。


「気味悪い」


 久しく単独で放り出されたアーサーは、珍しく悪態をついた。

 力を得るには相応の覚悟がいる。こういった世界では大体よくある話ではあった。特にゲームでは顕著だし、こういう展開もありといえばありか。 

 さて、奇妙な一行が覇者の湖へ到着するには大して時間はかからなかった。いやまぁ、たどり着くまでに鹿やら雉やら追いかけたり追いかけられたりしていたのでわりと時間喰っていたような気はしていたのだが。案外そんなこともなかったようで。

 例の鉄塔の麓は想像以上に荒廃していて、衝撃を受けたのは今でも鮮明だ。だがその代わりと言うのだろうか、相応に回り道をさせるつもりらしい。アーサーは脳裏に残る記憶を遡り確認する。

 覇者の湖へ通ずる門と称されたアーチをくぐったところから、異常は始まっていた。まるでその先には何も用意されていないというかのように、真っ白な空間が広がっていたのだ。しかもその時点ですでにアーサーは一人となっており、カリバーンでさえその隣にいなかった。

 困惑するアーサーに追い打ちをするように降りかかってきたのは、無機質な「声」。男でも女でもないような平坦な声は、淡々と業務を進めるように事を進めていく。


「──承認試験、開始」


 辛うじて聞き取れた言葉はそれのみ、次の瞬間にはもう、この薄汚れた故郷に立っていた。

 どうしたことか。どうしたものか。

 行動方針も見えず、アーサーはとりあえずと言わんばかりに久しく故郷を徘徊する。だがどこをどう見ても、あの汚い故郷そのもので。見慣れた街並みに聞きなれた漣の音、通り抜ける殺意のある冷気をはらんだ風に、どこか物寂しい雰囲気の横たわる空気はきっと此処以外にはない。

 だが、それでもやっぱり人の姿は見当たらない。記憶の最中ではあるが、かつては人で溢れていた街が今では立派なゴーストタウンと化していた。


「どこ行きゃいいんだ……」


 孤独よりも覆い被さる呆然に、アーサーはため息をつく。

 アーサーはとりあえずといった感じで、おそらくこれは何かの試験なのだろうという憶測を立てている。飛び際に聞こえた言葉からの憶測だからこそ、あまり信用は出来ないのだが。それでもそう考えないと動きようがないし、目的意識を持たねばこの街を歩くことすら恐ろしい。

 そうにしても何を持って合格とするかなどが現段階で分からない以上、本気でどうしたらいいのやら。

 アーサーは寂れて誰もいないカフェにお邪魔し、ぽつんと一輪の花を活けたビンが飾られた席に座り込む。そしてテーブルに広げた徘徊の最中に手に入れた地図と手帳を眺め、項垂れた。凄まじく悲しいことに持っていた武装も取り上げられたらしく、現在の所持品は銀時計とライターのみだ。それだけでも十分ショッキングだが、今はそれ以上の問題があった。


「腹減った」


 ここにやってきてから半日は立っている気がするのだが、とにかく食べ物がない。飢えにはかなりの耐性があるが、あまり好ましい状態ではないのは確かだ。ひとまずこのカフェを拠点にすることにはしたが、本当にどうしたものか。水はあるが流石に固形物がほしい、エクスカリボールなどがアウトなのは分かるがどうして携帯食糧等もだめだったのか。このままでは動き回る体力すらなくなる、凄まじく不味い。


「はぁ……」

「随分憂鬱そうだねぇ、アーサーくん」

「そりゃな……え?」


 ふと、アーサーは顔をあげて背後を確認する。今自分ではない声がしたのは確かだ、男性。渋い声。自分以外にも人がいることに動揺と共に安堵を求めたアーサーは、それが誰であろうと存在は確かめたかった。幻なら仕方がないとしても、そこにいるならばまだ。


「やぁ、ごきげんよう」


 必然的に振り返る形になったアーサーに挨拶をしたそれは、温和そうな長身の男性だった。

 素朴そうな人柄を仄めかすような雰囲気に包まれているのはすぐさまには対応できず、アーサーは硬直する。普通の状況下ならばもう抱きついてもおかしくないのだが、この街にはいように似合わないというべきなのかそうなのか。とにかく違和感しかない男性だった。

 しかも違和感の決定打が、「男性が浮いている」と言うところにある。まるで水中を歩くかのように重力を感じさせないそれは、ひたすら訳が分からない。


「おや、私のこと見えてるかい」


 呆然とするアーサーをさらに置いていくように、男性はおーいと手を振っている。違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 なんで浮いているのかとかここはなんだとか色々聞きたいことは山々なのだが、なんだかとても聞きづらい雰囲気になっている。


「みえているけど、えっと」

「ならいいんだ。行こうか」

「待て待て待て、どこに行くっていうんだ。ていうかあんた誰だ」


 さっさと歩いて(浮いているのでどういえばいいのか分からないが)いこうとした男性を慌てて呼び止めて名前を問う。男性はきょとんとした様子でこちらを見ると、あぁそういえばと思い出したように手をぽんと叩き、すまないねぇと頭を掻いた。

 先ほどから彼の言葉のトーンがずれていることが少し気になる、田舎訛りというべきなのだろうか。たしかにそれっぽいが、不思議だ。


「私のことは、まぁ、好きに呼びなさい」

「名乗れないのか」

 

 大人には事情があるのさぁ、少年よ。と男性はアーサーの頭をがしゃがしゃ撫でる、押さえつけられているわけじゃあないんだが、なんだか子ども扱いされているようですこしむかつく。わずかにふてくされていると、男性は「適当で構わないさ」といって手を離した。名前、勝手に呼んでもいいのだろうか。呼べと言っているのだからいいのだろうが。なんていうか調子が狂う。


「……じゃあ、レイスで」

「おぉ、そういう綺麗な名前は初めてだねぇ」

「気に入らないなら背後霊と呼ぶぞ」

「あぁ気に入った気に入った、センスあるねぇ。おじさんにはないセンスだ」

「棒読み隠しきれてないぞ」

「あっはっは」


 レイスと呼ぶことにしたそれは、カラカラと笑いながらふわりとアーサーの後ろに付く。なんで後ろに? と問うと背後霊みたいで面白いでしょお、とほんわかした雰囲気でいわれた。こいつは面白ければいいのだろうか、そこまで無邪気さは感じないが。やっぱりこれはチグハグだ。

 とりあえずこれは、同行者らしい。この街のことも知ってそうだ、信用はしないがそれでもいるだけましだろう。そう考えることにする。


「それで、どこに行けばいいんだ?」


 アーサーは素直に問う。出来れば、食べ物のありかとか教えてくれると嬉しいんだけどとも継ぎ足ししながら。


「港に待っている人がいるみたいだよ」


 と、レイスは顎髭を撫でながらあっさりと答える。港、徘徊したときにも見たがその時は誰もいなかったように見えた。今は何かいるのだろうか。時間が先に進む感覚と言うのはこういうことなのか、前進できたことに関しては嬉しい。

 そしてレイスは「おなか空いてるんだったね、乾パンでいいかい?」と懐を探り始める、乾パンだけでもわりとこの状況では嬉しいかぎりだ。水はここの飲み水でどうにかなるだろうし。欲を言えばチョコレートだとかそういうもののほうが、露骨にテンションあがったりしたのだがワガママはいえない。


「あ、板チョコあったよ」

「なんと」


 レイスが懐から出した板チョコはすこし溶けていたが、緊張を緩める点ではとても優秀だった。

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