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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
04:虚偽乖離。
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響依。

「あそこがウェールズ城砦跡地だよ、詳しいことは僕は知らないけど大昔のお城なんだって」

『いかにもって感じだね、ブリテン城が廃墟化したらああなるのかな』

「……」

『アーサー様?』

「ごめん、ぜんっぜん見えないんだけど。そのウェールズ城砦」

『あー、アーサー様は夜目きかないもんね』

「もう少し近づけば篝火とかで見えると思うよー」


 なんやかんや喋りながら二人と一人と一匹は城跡の前までやってきた。

 ウェールズ城砦跡地と呼ばれているそれはアーサーが墜落した水溜まりとはまた別の水溜まりの真ん中に存在し、そこへ向かうには石橋を通って向かわなければならない。城跡が機能していた頃には船などが通っていたんじゃあないかとイオが楽しげに話す。暫くそんな調子でそれほど重くも考えずに進んでいると、何も見えなかった中央にぽつぽつ灯りが見え始めた。

 それらが視野に入る範囲になると灯された光源が不気味に揺れているのが良く見える。だがそれでも城跡の外装などは暗がりでは眺めることも出来ず、点在する篝火だけがぼんやりと形を浮き彫りにしているだけだ。暗闇の中に隠れるように建つ城、名も失われた王国のもので今は暫定的にウェールズ城砦と呼んでいる、とミグが言葉少なに語る。


「あ、奥には魔物もいるから気をつけて」


 先導するイオがカンテラを片手に警告を鳴らす。魔物、いそうな気はしていたがやっぱりいるか。

 アーサーはくくりつけた刀とレイピアに触れ、大丈夫だと心の中で自己暗示をかける。拳銃は弾の補給がないので使えないし、心情的にも使いたくない。水と苔の混ざった匂いに薬染みた異臭を感じながらも、入り口らしき門を重くしけった木々がこすれあうような音を響かせながら押し開けた先には、言われなければ分からないような武骨溢れる空間が広がっていた。

 柱に括りつけられた照明だけはいまだ機能しているらしく、光源が照らすのは石造の古めかしい廊下、長い年月の中で装飾等は腐蝕しきって失われ、基盤である建物だけが残ったようだ。埃くさいそこは確かに廃墟といっても問題はない。しかしどこか見覚えがあるのは何故だろう、先ほどカリバーンがブリテン城が廃墟化したらあんな感じといったがその印象に引きずられているのかもしれない。

 不思議そうに構造を眺めながら一歩前へ進むと、アーサーは不意に顔をしかめた。


「……っ、?」


 首筋に何か軽く冷たいものが触れたような気がした。さらにはキィンと響く金属音のような耳鳴りが頭蓋の中に反響しはじめており、何も前触れがなかったこの現象に疑問府ばかりが増えていく。何だこれ、何だこれ? 軽い頭痛を感じてこめかみに手を添えると、次の瞬間にはまるで水の中にいるような感覚が全身を覆っていた。あまりの変化に驚いて周囲を見るが、他の皆は特に何も感じていないらしい。疲れているのだろうか、それにしてもハッキリしすぎているとどこか寒々しい感覚を腹の底で感じ取る。

 アーサーがこっそり首を傾げていると「こっちこっち」とイオが手招きをする、そこには大きな丸い陣が引かれており、カリバーンが『移動用の魔法陣だね』とイオの頭に乗ったまま言う。どうやらそこが気に入ったらしい。悔しいような悔しくないような。


「これである程度の距離は短縮できるんだ」


 こんこんと魔法陣の端をヒールで叩くイオの姿は宛ら魔女っ子のような印象を受ける。しかし移動用の魔法陣か、思えば実際に実用されている魔法陣を見るのは初めてのような気がする。今までは簡易型だったりそもそも本の中の資料でしかなかったり、なんだかんだで現実離れしてきているなぁと心の端で思う。まぁ実際便利なのだろうし、普通に「便利だな」と、言いそうなところで言葉が遮られた。

 腐った果実を床に落としたような音が断続的に近づいてきていた。まるで何か腐り落ちた存在が歩いてきているように、殆ど異質な音に気をとられてアーサーはそれの響く方向に視線をやる、視線を飛ばしたことを飛ばした後で凄まじく後悔した。

 それが腐臭の肉塊だとふいに理解する。理解してしまった。


「うわぁ!?」


 形のない悪意のような物体にアーサーが驚愕の声を上げると、何か被せ物をしたようなくぐもった声が返事のように響き渡る。


「え、うぎゃあまた出た!」

『あー……』

「……、」


 二人と一匹がそれぞれ声をあげる、視線の先に食い刺さるのは剥き出しの骨に腐敗した肉がへばりついた、ゾンビというよりかはもっと人間に近い、いうなれば死人だった。これが魔物なのだろうが初っ端からハードなものが飛び込んできた所為で心の準備が全て吹っ飛んでしまう。心拍が極端に跳ね上がりせり上がる感情が判断するための精神を貪っていく。思考回路の暴走寸前でイオが「早く魔法陣の上に乗って!」と叫ぶ、声に気圧されるように魔法陣に飛び乗る。


「ミグ! はやくして!」


 だがミグが何故か微動だにしない。その行動がある意味で気付け薬になったのか、待て待て待てとアーサーがミグを強引に魔法陣の上に引きずりこむ。「全員乗ったぞ!」とイオに確認を取った。しかしその間にも死人が呻き声を上げながらこちらへ寄ってくるので、正直なところかなり怖い。これでも喉がひっくり返るような悲鳴をなんとか噛み殺している状態だ。ミグを引きずりこめただけ、まだ頭は正常らしい。


「ええい発動!」


 慌てているのは皆同じなのか、イオが短い詠唱で陣を発動させると白い光があふれ、視界が光に閉ざされていく。

 だがその中で明らかに誰でもない声をアーサーの鼓膜はとらえた。


「──隊長、ここにいたのですね」


 あまりにも悲痛に満ちた呼びかけに、アーサーは思わず振り向いてしまった。

 振り向いたのが悪かったのか、聞こえたのが悪かったのか、振り向いた瞬間顔に触れたのは腐敗しきった手であって、そのままの流れで首を掴まれるように抱きつかれてしまった。まさかこうも容赦なく連れて行こうとするとは思っておらず、今度こそアーサーは真面目にパニックに陥る。我武者羅に腕を動かしてなんとかはがそうとするが、到底人のものではない力で拘束を解除できない。中々上手くいかない逃亡にどうすればいいのかが分からない。

 

『アーサー様!』

「ぎゃあ持ってかれてる!? ってミグ! 待って! 駄目ッ──」


 後ろで聴こえる悲鳴と同時にどん、と衝撃が身体に走る。白い空間から蹴落とされたように視界が真っ暗になり、落ちていく感覚が精神を、脳髄を冷え切った手が逆撫でする。

 落ちていく、地に足がつかないこの感覚だけはやっぱり苦手でしかなくて。宙に落ちる思考に割り込むように何かが擦れあうような雑音が、今度は頭の中に響き渡る。耳鳴りよりも酷く荒々しい音は段々と吐き気を掻き立て、最中に何かが混じるような、自分という器になにか別の物が入り込むような感覚が襲い掛かる。ぐるぐると回る頭の中がとにかく気味が悪く、アーサーは思わず頭を抱えた。周囲の音も聞こえずただ真っ暗闇の中、異常としかいいようがないそれは何が何だか理解に苦しむものだった。

 首を締め上げられるような緊迫とは違う。違うものがつなげられるような、受け入れ切れないような、拒絶反応。何か、入ってくる。ぞわりと逆立つ鳥肌を意識下に自覚しながら来るな来るなと無意識に喉を響かせる。何かが雪崩れ込むように心の領域を踏み荒らすように、心臓を食い破るような「自分ではない鼓動」が酷く不快極まりなく響く中、土砂降りのように聞こえてくる雑音と言葉を押し込むように思考を埋め尽くす。


「……オフィーリア?」


 拒絶反応から溢れたものなのか、入り込んできた何かによるものなのか。涙と共に漏れた名が虚空に静かに木霊していた。

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