緘黙。
随分と寡黙な男だな、とアーサーは思った。
イオを追いかけた先は小さな廃墟だった。どうやら此処を拠点にしているらしく、薄っすらとだが結界も張ってある。その真ん中で火の番をしていたのが、この目の前の男だ。彼が「連れ」らしいが、此方が喋るタイミングを考えていると一向に話が進まない、というよりも会話が発生しない。凄まじく気まずい空気になってしまった。出来れば早めにこの空気を打開したいのだが、雰囲気が掴み辛く上手く言葉が纏まらず、男のほうは寧ろ喋る気すらないように思えてくる。
見かねたイオが「おーい、自己紹介はー」とじと目で訴えると、男は面倒くさいのかそれとも感情が表に出ていないだけなのか、ほぼ無感情なままで「……ミグだ」と最早会話ともいえない返事をよこす。そんな様子を何度も見ているのか、イオは「もー相変わらず名前しか言わないんだから、ミグ、もうちょい言うことあるんじゃないの? ごめんね、こいつあんまりお喋り得意じゃなくて」とミグに対し呆れながら彼の頭を小突いた。
アーサーが「気にしないで」と言うと、イオはさらに「ほらもー完全に気を使われてるよー」とぐわんぐわんとミグの肩を揺する。
『変わったコンビだね』
「凸凹コンビっていうんじゃないのか」
『それはなにか違う気がするよ、アーサー様』
「そうか、言葉は難しいな」
イオの連れだと紹介されたミグという男性は、寡黙だとか無口だとか、そういう端的な表現の似合う人間らしい。しかしそれでも彼の人格的な部分であり、外見的には少々珍しい風貌をしている。
どちらかといえば黒に近い髪、茶というよりかは琥珀に近い瞳、なにより肌が黄色い。東洋人の血筋でも入っているのだろうが、それらより先に捉えたのは顔の左半分を覆い尽くすように模様……タトゥと呼ばれるものだ。魔法使いなどの間では呪術的な意味合いを持つとされているが、それ以外では念掛けの意味があったりするらしい。ミグの持つそれは恐らく後者の理由だろう。服装からして魔術とは無縁のようだし。
服装、といえば旅人よりも騎士に近い、機動性を優先するのか装甲は最小限、騎士団を示す紋章が見当たらないので無所属なのだろうか。
見たところ自分よりかは年上、20は確実に越えているだろう、素直に青年と呼べる姿は久しく見たような気がする。ミグのように適度に年を食った……というには失礼か、とにかく平均に位置する人物に会うのは本当に久しい。そして恐らく得物は刀。アーサーの所持する得物の一つと形状は同じだ。共通項があるとすこしだが気が楽になる。
だが、彼にはどこかつかみどころがなさそうな雰囲気が取り巻いていた。いや違う、何かしらの誤解を受けそうな印象を持つ。それは彼の目の中にある陰がそう思わせるのだろうか。何にしろ、訳ありの人物に見える。それでもぱっと見ではあるが悪い人ではなさそうだ。寧ろ態度があれでもめちゃめちゃいいひとだとか、そういう匂いを感じる。
しかし、痛くないのだろうか。先ほどからイオに耳を引っ張られているが……。
「……イオ」
「むぅー、反応してくれないと面白くないーっ! やっぱりミグはきらいだー!」
「私はそれでも一向に構わないが」
「やだ! 寂しい! でもそういう冷たいところ好き! やっぱり大好き!」
「どっちだ」
「両方!」
うん……ただじゃれているだけらしい。
「依頼内容の説明はどうした」
「えっ、あ、忘れてた。お手伝いの内容だよね! うん、大丈夫そんなに難しい話じゃないから! うん!」
ミグに指摘され、イオが慌てて話題を進める。
手伝いをするとはいったが内容が何かはまだ聞いていない、すぐ終わるという言葉がそのままの意味であると嬉しいのだが。
『あたし達は何をすればいいんだい?』
「端的にいうと物探しだよ、えっとーこんな感じの石、魔石って言った方がいいかな」
イオは地面に石でがりがりと絵を描いていく、大雑把な絵だが実物大の大きさらしく想像できる範囲内だったので、探し物はなんとなくだが理解する。後で聞けば、今回探す魔石は懐中時計を動かすための動力らしい。誰の懐中時計か、といわれれば持っていそうな人物はミグしかいない。
『落し物かい』
「まあ、そんな感じ。装飾がついてるから分かりやすいと思うよ」
見せていいよね? とイオはミグに確認をとり、荷物から羊皮紙の地図を取り出し、広げてみせた。ふわりと漂うインクの匂い、随分と書き込みされているらしい。中身はどんなものだろうとアーサーとカリバーンは地図を覗き込む。
「これは……」
思わず、感嘆の息が漏れた。
見るに渓谷の中には遺跡、城跡があるようで大部分がその城跡の地図だ。渓谷が思った以上に広かったのもそうだが、描かれている物の細かさが尋常ではない。複雑な構造なのか地図は4、5枚あったのだがどれもまた見やすく、それでも罠の場所など練り込まれた情報の絨毯は、地図の領域ではない。何度か興味本位で端末に記載されていた地図や、街に売っている実物の地図を眺めていたことはあったが、この地図は今まで見たもののなかでもずば抜けていた。
「すごいでしょ、これね、ミグが作ったんだよ」
『とんでもない器用さだね、アーサー様も見習ったらどう?』
どういう意味だそれは。
いやそれはさて置き、ミグがこの地図を作ったということがある意味衝撃だった。いやミグが不器用に見えていたわけではないのだが、むしろこの地図が本当に人の手で作成されたという情報が衝撃的だ。人間の手って凄い。
だがミグ本人は「私一人の力じゃない」と小さく首を横に振り、「皆が、手助けしてくれたからだ」と続ける。皆、というのは仲間のことだろうか。そのことを問うと、「一人の騎士団というのもおかしいだろう」と彼は答える。どうやら本当に騎士だったらしい、となると他の団員はどこにいるのだろうか。
疑問府を浮かべそうなところでカリバーンが『地図を出したってことは、落とした場所分かってるのかい?』と問う。「具体的な場所は分かんないけど、探してない場所があと一つってところ」とイオが指差したのは城跡の中枢部分のようだった。此処からかなり離れているが、寧ろ離れているからこそ最後まで残ったのかも知れないと勝手に納得する。
「城跡内に、仲間が待っているはずだ」
ポツリ、ミグがそう溢す。
「仲間、というと団員か」
「あぁ」
「調査か何かにきているのか」
「そういうことになる。今は、散り散りだが」
「そうか、なら合流しないとな」
一連の会話を聴いてイオはなんだか哀しげな顔をしていたような気がするのだが、一瞬だけだったのでよく分からない。散り散りになった仲間がいるならこれは合流の意味も重なる、ミグとイオは案外都合の一致のような関係で動いてるのかも知れない。
いや、合流するとなると城跡内を一周することになるのだろうか。まぁ、どうにかなるか。広いとはいっても回りきれない広さではないし。
「まぁ、そんな感じで合流も兼ねる、かもだから」
随分と歯切れの悪い言い方でイオが確認を取る。「問題ない」『アーサー様が大丈夫ならあたしも平気さ』とほぼ同時に返事が被り、「仲いいね」とイオは明るく笑う。その中でも相変わらずなのか、ミグは不動のままだった。