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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
04:虚偽乖離。
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夢路。

『みてごらんアーサー様、ドラゴンだよ』

「色々突っ込みたい部分はあるんだが言わせてくれ、俺の知ってる森林地帯と違う」

「それに同意だ! っす!」

「フラット、もう無理にキャラ強調しなくてもいいんやで……」

『せやで……』

「やめて! 俺のアイデンティティ壊さないで!!」


 二人と一匹の珍道中は基本的に騒がしい。人の領域から外れた森林地帯を歩くに到って一目を気にしなくていいという部分が一番大きいのだろうか。根本的にこの森林を歩く旅人も少ない、一人で歩くには少々厳しい場所だが人数がいれば案外気にならないものだ。

 いや、まぁ、それ以前に森林の様子が限りなく異様なので歩きたがる物好きがいないからといえばそうなるのだが。

 ごく普通の森だったのは海岸付近のみである一線を越えると、森林はがらりと風景を変えてしまったのだ。一言で表すなら「魔界」が妥当だろう。みずみずしい木々はあっというまに影を落として朽ち果てていき、地面の色は黒々と変貌していく。さらには空の色まで鈍色を通り過ぎて錆びた赤い色に染まる始末。世紀末かここはといいたいのだが、さらに畳み掛けるように気が付けば空にドラゴンが舞っていたり、横から猪のような何かが突っ込んできたりととにかくツッコミが追いつかない。

 どうしょもないので超常現象に関しては三日で慣れてしまった。一々驚いてしまっては身と喉が持たない。

 

『随分日が落ちてきたね、そろそろ寝床を探したほうがいいよ』


 カリバーンが空を見上げて時報を唱える。時間間隔を見失いやすいこの環境では人ではないカリバーンの持つ感覚は、いまのところ何よりも的確だ。

 寝床に使えそうな場所を探して水の臭いを辿りながら方角を確かめる、基本的に川に沿って歩いていくのだが道の都合上離れなければいけない部分もある。休憩などが必要なときはまっすぐに川へ向かったほうがわりとどうにでもなるものだ。幸い、この地域は雨が降ることが全くないようだし。


「あの川の水もそのまま使えれば楽なんだけどな」

「大規模なろ過技術とかほしいっすねぇ、こういう点に関しちゃオーグニーが羨ましい」


 さっさと川辺にたどり着いて、丁度いい距離にぽっかりと開いた洞穴を見つけた。魔物の巣穴ではないようで今日はすこしは安心して眠れそうだ。フラットに寝床やその他の準備を任せ、アーサーはカリバーンと共に川辺に向かい水を汲む。川の水はかなり濁っていてそのままでは到底飲めそうにもないが、旅の途中で覚えた水のろ過方法を使えばなんとか使えるようにはなる。飲み水に使うには流石に特殊な魔石を使うのだが、そのほかに使うならその程度で充分だ。


『魚いるかな』

「生臭さはするけど、どうだろうな」

『ためしに釣ってみようよ。釣竿ならその辺の木で作れるし』


 この生臭さは明らかに死臭な気がするんだがそこはどうなんだいカリバーン。

 フラットに聞いた話ではここらの地域では水葬が主らしく、この川はそれにも使用されている。まぁ死体などはちゃんと回収されるという話なのだが、それでも案外野たれ死んで放り込まれている死体もあるのかもしれない。そう考えるとぞっとするが水源がこれ以外にない以上どうしようもない。


「ん……なんだこれ」


 変なものが混入していないことを確認していると、アーサーは足元に違和感を感じ地面を見る。一瞬木板のように思えたそれはどうやら裏返しにされたキャンパスのようだった。なんだろうと思いそれを拾って裏返すと、そこにはキャンパスの用途に準じたものが描かれていた。

 そこにあったのは白い髪の美しい娘だ。背には鳥の翼が生えているようで、美しく可愛らしさはあるがどこか恐ろしいものを感じる。放棄されてから何日かたっているらしく所々汚れてはいたが、この地域で雨が降りづらいこともあってか殆ど完成形に近い状態だった。


『裏に何か書いてあるよ』

「作者の名前か?」

『恐らく。……【イオフィエル】だってさ』

「画家では聞いたことのない名前だな、でもなんだっけ、天使の名前だったか」

『神の美を司る天使だよ、アーサー様』

「そうだそれだ」

「おーい、ご飯できたっすよー」


 洞穴のほうからフラットの声が飛んでくる。「今行く」と簡単に返事をして水の入った容器とキャンパス……どちらかといえば肖像画を抱えて洞穴へ戻ると、洞穴の中には川とはうってかわって腹の減るいい匂いが漂っていた。この匂いは多分チーズだ、となると今回は少し奮発したらしい。食事をしながら状況を整理すると、わりと順調に進んでいるようでこの様子だと明日には小目標の村にたどり着くそうだ。アーサーは旅は着実に前には進んでいることを多少なりと実感する。案外、あっという間に終わるのかも知れないな。楽観的な未来希望図はどこか楽しみを含んでいた。


/

 

 その日の夜、アーサーは見張り番で外を眺めていたのでなんら問題は起きなかった。が、逆に睡眠をとっていたはずのフラットに問題が発生していた。

 フラットはアーサーが拾ってきた白い少女の肖像画を見た瞬間に、どこか世界がぐらりと揺らぐものを感じていた。すこし怖いとアーサーが語ったその少女に対し、フラットは思わず綺麗だと呟くほどに。


 ──そうだ。その日は柄にもなく夢を見た。


 木々に囲まれた村らしき場所にフラットはいる、そこがこれから向かう村だということが何となく分かり周囲を見回すが、木々は全て枯れ村の出入り口などが大きな茨によって封鎖されている。越える気になれば越えられそうなバリケードだが、それを乗り越えようとする村人はいない。

 どういうことだろうと考えていると、今度は村の中心で悲鳴が聞こえる。夢の中ではどうにも動くことが上手く行かず、水の中を歩いているような感覚に気を取られ中々進めない。やっとこさ村の中心部、大きく開けた広場にたどり着くとフラットは夢の中でさえも恐怖を感じることになった。

 

「たすけて! たべられちゃう!」


 広場に鎮座しているはずの巨木……話に聞く中では神木とされる樹が、人を食べていた。

 噂に聞くような神々しさはそこにはカケラも微塵も存在しておらず、ただの人食いの樹が枝を手のように伸ばして子供を掴み、おそらくは口に相当するだろう部位に放り込む。引きずられる悲鳴に助けの手を出すものは誰もおらず、子供……いや、白い髪の少女が必死にたすけて、たすけてと悲鳴を上げ続けやがて声が途切れた。フラットは動こうとしていたが何かに塞き止められたかのように一歩も動けずに、広場で立ち尽くしている。非力なだけなのか、保身が勝ってしまったのか、とにかく動けないことにフラットは酷い苛立ちと、どこから湧き上がるのか分からない悲しみともいえる感情でその器をめいいっぱいに満たしていた。

 夢なら覚めろ。

 夢でなくても、間違いであってくれ。

 思考を置き去りにして雪崩れ込む思考にフラットは困惑する隙もなく、ただずるずるとその思考に飲み込まれていく。


「──起きろ!」


 意識が夢の中に解かされる寸前、フラットははっと飛び起きる。

 まだぼんやりと接続がなっていない頭で周囲を見ると、呆れ顔のアーサーと相変わらず奇妙な生命体になっているカリバーンが目に入る。どうやら夢から覚めることに成功したらしい。どこか安堵しながらいつもどおりに「おはよう」と挨拶をすると、それをガン無視され逆に「大丈夫か?」と心配されてしまった。どういうことだろうと疑問に思っていると、ぽたぽたと何か液体が手に触れるのに気がつく。


『泣くほど怖い夢でもみたのかい?』


 カリバーンに指摘され、フラットは慌てて自らの顔に手を触れた。確かに、その頬は涙に濡れていた。

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