断章/敗走する偽王の憂鬱。
グレイスタウンを中心とした麻薬一斉摘発の報がブリテンに届くのには、さして時間は掛からなかった。
その報を聞いて心の底からほっとした人種が、珍しくブリテンには集まっている。露払いという特殊なイベントを遂行するために集った冒険者たちだ。冒険者たちはテリトリーの酒場で安堵する、あぁよかった邪魔者が消えたと。そしてその酒場の中に一人だけ、彼らとは明らかに違う人種の少年が隅の席でぐったりと溶けている。その姿を見て一人の青年が声をかけた。
「やぁ『アンク』、珍しいな。こんな掃き溜めに何か用か」
なんだお前か。アンクと呼ばれた少年はまだまだぐってりとした様子で返答する。雑な扱いに凹んだのか、青年はやれやれとため息をつきながら席に着き、また適当に酒のつまみと思わしき品を注文する。目の前のこの少年は未成年だろうがお構いなしのようだ。青年は思う、もう少し姿を隠してこいよと。少年はここらでは珍しい漆黒の髪に黄色の肌、所謂東洋人なのだがいかんせんその身分が大変だ。顔バレしているところにはしているというのに、こいつは。
「別に、例の話で城がてんやわんやで抜けてきただけ」
「……エイトに通報しとくか」
「やめてぇっ俺だってたまには一人になりたいんだよぉっ!」
端末を構えかけたところで必死に懇願され、青年はまたため息をつく。
例の件、というのは先日掲示板にも大々的に公表されたグレイスタウンの件だろう。その話は確か青年の仲間が巻き込まれにいったはずだ、それが無事に済んだということになるのか、まぁどうであれ色々ごたついたに違いない。話がなんであれ事後処理と言うのは結局面倒ごとの塊だ。そのうち自分にもこの件でなにか任されるだろうな、青年はこの先に待つ胃痛に憂鬱する。
「思うんだけどさ、」
アンクは水入りグラスをからりと傾けて遊びながらぼんやりと嘆くように呟く。
「俺、ぶっちゃけいるの?」
ブリテンにとって。そう続けたアンクの表情は暗い。
確かにあの麻薬云々の話にアンクの存在は居てもいなくてもかわらないだろう、と青年は冷静に考える。彼の立場も中々厄介なものだ。
アンクはブリテン王アーサーの替え玉だ。どうにもどこか遠い場所から連れ去られてきたらしく、記憶喪失なのかどうなのかそのお陰で知識の吸収は人よりも早い。どうしてそのような秘密を青年が知っているかだが、彼自身今ではこのような地位に落ちぶれているが、実際昔はそういった立場にいたことが原因でアンクの表向きの立場を知ることになってしまったのだ。そのせいで何度もアンクの手伝いをさせられているし、挙句あの狂言師マーリンに手を貸すこともある。正直非常に癪に障るのだがまぁその話はどうでもいい。問題はアンクの話なのだから。
替え玉。という役割は中々に大変なようでアンクは時折城を抜けてこういった店にやってくる、そういう時は大体自分に自信を持てなくなったときだ。どうにも替え玉の役割だけではなく通常の王の業務までまかされているらしく、アンクはわりと短い周期でガス抜きを行う。本物の王が一体どこにいるのか、どこにいってしまったのか、アンクは全く知らされていないらしい。それもまたストレスを溜め込む原因になっているのだろう。
青年はどうにかこうにか考え、励ます言葉を繋ぎ合わせていく。冒険者としては奇妙な行動だろうが一般人からみれば順当な行動だろう、さてどうしたものか。自分がその立場になったらどういう言葉に縋るだろうか。
「……今の時代に入ってからブリテンは再生の兆しをみせている」
「うん」
「お前がデコイであれどその場所に立っていることによって、疲弊している市民は縋る対象を見つけたことになる」
「うん」
「縋られるのは重いだろうが、お前の役目はそこにあると私は考える」
「……なぁアレフ、お前回りくどいって言われないか。それかツンデレ」
「ツンデレとは何だ、何かのパッシブ効果か?」
「いや、うん、なんでもない」
精一杯の励ましはどうやら通じたらしく、アレフと呼ばれた青年はまた見慣れたため息をついた。ツンデレという単語は確か友人が使っていたような気もしたが、生憎がちがちの西洋文化で育ったアレフにそういった流行の崩れ言葉の知識はない。アンクは見た目に反してこういった方面に関してはかなり詳しいようで、時折会話が分からなくなることもあったりするぐらいだ。
いつの間にか注文していた品がテーブルに届いている。といってもエール酒と簡単なチーズの燻製なのだが、この店の燻製は若干癖が強いというかケムイというレベルではないぐらい臭い。だがその癖の強さは気に入っているので頼んだのだが、この臭いはアンクは好きではないらしい。さり気なくこちらに寄せてくる。美味しいのになぁ。
「呑むか?」
「未成年者に何をいっているんだお前は」
「知ってるか、この国では十五歳で成年扱いなんだということを」
「俺の世界じゃ二十歳未満はアウトだ」
「つまらん」
かといって酒を無理やり飲ませるほどアレフの持つ常識は歪んではいない。残念そうにすごすご引き下がると、こんどは端末がシンプルな音を立てて通知を知らせる。また頭痛案件かとアレフは使い古した端末を取り出し内容を確認する。その確認するに興味を持ったのかアンクも身を乗り出して端末を眺める。
旅人に流通しているデチューン版とは違う赤い液晶に表示されたのは、酷く端的な内容のメールだった。送りつけてきたのはルカのようで、彼らしい面倒くさがりな文面にまたアレフは頭痛を覚える。一方アンクはルカという字面に露骨に嫌な顔をした。二人とも彼にはいい思い出がないらしい。
「……アーサーは一体何をしているんだ」
「それ俺が一番いいたいんだけど」
『アーサーに協力してたら飴玉生産プラント叩き潰したよ、褒めろ。あとでブリテンいくから待機よろー、彼岸花巻き込んでレイド行こー』という随分ゆるゆるした内容に、思わぬ情報に二人は頭痛を覚えた。おい、アーサー王。そこで何をしているんだここで替え玉がストレスマッハで死にそうになっているというのに、いや旅先での異変解決は王らしい、か? 突っ込み所満載の情報にとうとうアンクはテーブルに頭を打つ、ごんっと大きな音が響き遠くから「当店での台バンは禁止ですよ」と声が聞こえる。
しばらくそうやって悶えていると、ふらりと二人の傍に歩み寄る影が声を発した。
「見つけましたよ、アーサー王」
どろりとした粘液交じりの声にアンクは純粋に悪寒を感じているようだった。どうやらお迎えの使用人だとかそういうオチではないらしい、アレフはなんだなんだとその影を見やると「うわぁ」と思わず声が漏れてしまう。はたから見ればただの黒いローブを来た人物だが、そこから漏れ出る表現しがたいどろどろとしたそれは何者であろうとも飲み込んでしまう虚無のように思えた。
さて乱闘の準備か。淡々とした思考の裏側でアレフは記憶に障るものを感じあせりだす、アンクはただただその虚無に怯え動きが取れないようだ。どうする、どうする? 逃げるか迎え撃つかそれとも。この酒場は基本的にならず者のたまり場だ、騎士が常駐しているわけがない。だからせめて護衛はつけておけといったのだが今更いってもどうしようもないだろう。
仕方がない、ひと暴れするか。
懐に仕込んだ刃が、ぎろりと獲物を求めて煌いた。




