公爵。
「来い、宝石公爵がお呼びだ」
浮雲亭の亭主が神妙な面をしていると思ったら、開口一番そんなことを聞かされた。宝石公爵、聞きなれない単語に困惑するアーサーだが、フラットとアンナは「一番来ちゃいけない人来ちゃったよ……」と戦々恐々といった風で表情を隠せていない。宝石公爵、マーリンから得た知識の中にはいなかったが一体どんな人物なのだろうか。二人は「会えば分かる」と言うがさっぱり検討が付かない。
アーサーたちはそれぞれ別の意味で困惑しながらも浮雲亭の地下へ案内される。地下といっても地下水路に通じているらしく匂いはこもっておらず、一見ただの地下倉庫だった。だがその奥にひっそりと隠された扉があるようで、アーサーたちはその奥へ通される。
「くれぐれも粗相のないようにな」
アーサーたちにそう警告すると、亭主はそそくさと戻っていく。業務に戻るのだろうか。
ざっとだが通された部屋を観察する。
綺麗に整備されている印象を持つ客間に相当する部屋だ。木のテーブルを囲むように置かれた椅子には数人の冒険者と護衛らしき騎士が、さらに奥のほうには位の高いのであろう初老の男性と、身綺麗な女性が座っていた。
「来たか」
男性が組んでいた手を再度組み直し、ぎろりとアーサーたちを見る。正直にいえばかなり怖い、その眼光から発せられる質量のある視線はかなり重苦しい。思わず呼吸すら控えてしまうそれはしばらく漂っていたそれはある程度行動を完了させると、男性は殺気じみた印象からかけ離れた朗らかな笑みを浮かべた。
「何、取って食おうというわけじゃあない。楽にするといい、少年王に新米王」
「えっ、あの、」
アーサーは素直に動揺していると、背中を軽くド突かれた。すると「宝石公爵っすよ、ボールス領のドンっす!」とフラットに耳打ちされさらに疑問府が浮かび、余計に混乱してしまう。ボールス領のドンについて聞き返そうとしていると、宝石公爵と呼ばれた男性がにこにこと声を掛けてきた。
「ようこそ、ボールス領の末端へ」
/
位置関係をもう一度、今度は補足を加えて確認しよう。まず灰色の街とブリテンはかなり近い、だが灰色の街を実際に治めているのはボールス王と呼ばれている人物だ。
ボールス王は良くも悪くも王の模範と呼ばれている傍、不死の王だとも呼ばれている。どんな時代にもボールス王は存在し、国を築いている不思議な存在だと噂されているが実際は同じ名前をずっと継承し続けているので、噂に尾ひれが付き纏いそういう勘違いをされている。しかし一番最初のボールス王が「私は数千年の時を生きる王だ」と自称したことから、千年王だとか呼ばれているそうだ。
「すまない、どういうことか説明して欲しい」
「ほっほ、お前は見た目に反して冷静だな。ルダさん、説明してあげなさい」
宝石公爵に指示され、静かに会釈した身綺麗な女性──ルダはこう説明した。
元来、ボールス王というのは血筋に囚われない王家であり、素質あるものを選出し王として育て、国を回させるといった一風変わった王位継承を行ってきた。そしてその傍には王を選出し、王が道を違えないように導く、アーサーやフラットたちにとってはマーリンのような存在がいる。それが宝石公爵……導師の一族だそうだ。
それで、どうして此処に出てくることに関係するかという話だが。
近年ボールス王の資質を持つものがおらず、司令塔がなく姿を見せられないボールス王家へ民は不安を抱き、治安がとにかく悪化する一方だった。
この状況に対しどうしたことかと導くものを失った導師の一族が頭を抱えていたところに、末端に位置する灰色の街の治安状況がさらに悪化し、宝石公爵は流石にもう見ていられずにやって来たという。ずいぶん身軽な導師だなと思ったが、動くだけまだマシなのかも知れない。というよりお爺ちゃん頑張るな、初老とはいったが結構年いってそうだぞ宝石公爵。その立ち振る舞いやら口調やらでわりと誤魔化されているが……。
「最近までは冒険者達を経由して事を抑えていたのですが、それも限界のようで。次の手を考えていたところに貴方たちの話を聞きつけたのです」
ルダが一通り話終えると、冒険者たちの一人が「感謝してよね、今回は本当にたまたまだったんだから」と軽口を叩く。その若干憎たらしい口調には覚えがあった。いやそれ以上にこの場でそんな風な物言いをできる人物は、たとえ冒険者であってもアーサーの知るところ一人しかいない。
「やほー、昼振りだね」
「あんただったのか、ルカ」
先ほどからどこから情報がと思っていたが、ルカからだったならばまだ安心出来る。アーサーとフラットは心の中でほっと安堵する。いやしかしこいつには人の情報を渡さないという気遣いは出来ないのだろうか、できるのだろうがあえてやっているんだろうな。こいつは相当の自由人らしい。分かりきったことではあったが、先ほどの安堵すら取り消してしまいたい。
「ルカに情報ぶっこ抜きされるたぁ運がないなぁ」
冒険者の一人がそう口を出す。
聞けばこの場に同席している五人の冒険者たちは浮雲亭を拠点にしているチームだそうで、ボールス王家のカラクリを知る私用騎士団も兼ねているそうだ。というより、経緯上知ってしまったので私用騎士団にされてしまったというのが正しいらしい。彼らは案の定アンナの知り合いらしく、軽く紹介してもらうことになった。本筋はその後にしようという空気が否応なく流れているのは気のせいだろうか。
「ざっと紹介するよ、詳しいことはあとで聞いて」
と恐らく最年少の少年が本当に大雑把な紹介を始める。席順に普段は医者をしているエトという少女、ダークエルフの女傭兵ナズナ、参謀担当の中性的なエルフ族のガーネット、サブリーダーを務めている東洋人の侍シグレ。──これだけでもかなり個性的な面子だが、アンナ曰く比較的大人しいほうだという。そして先ほどから紹介をしてくれている少年は、ラタキアと名乗った。
「そういえばリーダー格は誰なんすか」
「それは僕が担当してるんだ」
「……見る限り最年少っすよね?」
「酷い連中だろ、見習いに面倒くさい仕事全部押し付けるんだ」
随分と新人にスパルタンらしい冒険者たちは、現在は一括りで「待雪草」と名乗っているそうだ。
ある程度自己紹介が終わったところで「俺たちのことは覚えてなくていいぞ! 覚えたところでいいこともないからな」とばっさりシグレが言い放つ。そういうところは他の冒険者とは変わらないらしい。
話題が途切れたところで 「それでは本題に入ろう」と光年男爵がまた、ぎろりとアーサーたちを見た。
「此処に呼んだのは他でもない、この状態打開に協力して欲しい」
静まり返る部屋の中、アーサーの答えはほぼ断定されていたようなものだった。説明するまでもない、こうなってしまっては相手の望む答えを出すしかないのだから。しかしそれを抜きにこうも都合よく進むのは、また彼が仕込んだことなのかどうなのか。どちらにしても、この展開はアーサーたちにとってはありがたい話には違いはない。
何かを成すには、情報や準備の大前提として人手がいる。ある程度確保しようとは思っていたのだが、そんなことはせずとも本人の知らぬ間に舞台は整備されつづけているらしい。
「貴方も人が悪いな、でもそういう手は嫌いじゃない」
王となって覚えた表面的な笑みを浮かべ、アーサーはその提案を受け取った。