加速。
「麻薬の一斉摘発!?」
素っ頓狂な声をあげたフラットを見て、アーサーはまぁやっぱり驚くよなぁと苦笑した。唐突に響いた声に周囲の人は多少なんだよといった風に足を止めたが、皆内容は殆ど聞いていないらしい。さっさと流れは戻り始めている。さっきので何かに目を付けられたのではないかという心配はもうしていない。どうせもう見つかっているのだし、この場所だから問題はないだろう。
ここは「シャウトの壁」と呼ばれている冒険者や旅人たちが集う文字通りの壁だ。貧困層と裕福層の境目に存在するこの壁には若者たちのらくがきがひしめき、その上に覆いかぶさるように比較的に報酬の少ない個人的な依頼がかかれた木板が杭で打たれている。こんな場所に、さらには夜に行き交うのは、不良か、そういう世界の人か、夜中心の冒険者ぐらいだった。
夜だとはいえそこらじゅうに設置された街灯が稼動し続けているため、案外行動に支障はない。
さて淡々と周囲を観察しているアーサーだが、そろそろ先ほどのトンデモ発言について色々と補足説明をしておこう。ある意味では言い訳みたいなものなので、飛ばしてしまっても構わない。
麻薬。というものはこの街に横行している違法薬物全般を全てひっからめての言葉だ。比較的昔から存在している砂糖や、この街で流行しているらしい砂糖からの改悪派生品、飴玉、単品なら問題がないとされてはいるが質量が増えれば当然問題ありの煙草の原料、綿飴。今回はそれら三つを主に指す。これら以外にも氷やらなんやらあるが、あげていくとキリがないので省略する。
そして麻薬と一括りにされる物は、恐ろしいほどの高価で取引されている。そういった理由も含めて、当然ながら麻薬は違法品だ。
アーサー自身としての立場がただの旅人だったり一般人だったりしたら、ここで手を引くのだろうが。悲しいことに一応は、ブリテンの王であるわけでして。意外と正義と愚直に行動してもわりと許される立場なわけだ、つまるところ「法外品が出回っている街の実状を知った王が、何もしないはずがない」ということでして。
まぁ、なんだ。
一つ目の動機としては、「マーリンに遠まわしで憎たらしい発破をかけられたのでむかついた、だからみかえしたい」という至極残念なものだ。
恐らくだがマーリンはこの灰色の街をどうにかさせるために、あえてこの海岸へ出るルートを上げたのだろう。フラットから聞いたことだったのだが、実は他にも色々ルートはあったのだ。なのにアーサーには前にあげた二つの道しか教えてもらえなかった。選択肢ではなく選択しろ、ということだったのだ。いい加減王らしく異変解決でもしてこい、という意味にも取れるがマーリンは絶対にこの状況を楽しんでいる。戻ったときに正当な理由をつけてぶん殴れるように、まずは理由がほしいのだ。
そして二つ目の動機は「王」として、灰色の街からブリテンへの麻薬の持込を阻止したい。
説明しておくと、ブリテンとこの街は位置的にかなり近いところにある。しかもご丁寧に道もばっちり整備されている上、此処にくるまではかなり安易だ。ブリテンではまだそういったものが持ち込まれた報告がない以上、まだ安全ではあるが万が一その味を占められてしまったら最悪だ。何か起こる前に対策は打っておきたい。これは前述の理由を正当化するための建前ではあるが、良心と保身に従えばこういった発想にも到ることはできなくはない。
さらにもう一つだけ理由がある。
教会にいる孤児たちのことだ。意識が朦朧としていた子やあの花畑で花摘みをしていた子供たち、あのままあそこにいては、長生きはできないだろう。今はいいかもしれない、だが花畑で詰まれていた花といい状況といい放置はできないししたくはない。何よりあそこに連れて行かれたらしいジェシーのこともある。あれらも何か手を出すしかないだろう。
「一斉摘発といってもそれが一番理想的な形なだけで、実際は一箇所引きずり出すだけで精一杯だろうがな」
「いやいやいや、それでも結構な高難易度っすよそれ」
「でも案外いけると思うわよ」
シャウトの壁にそって歩きながら話していたら、ごく自然に会話に混ざってきた存在がいた。足を止めて振り向けば、そこには華やかな格好をした少女……記憶が正しければベンウィックのときに話しかけてきたアンナという冒険者がいる。楽しんでいるような雰囲気は全くなく、至極真面目な表情をしているあたり茶化しに来たというわけではないらしい。
「ここ、竹林の根っこみたいに一繋がりになってる部分があるから。一個ぶち抜けば芋づる式に引きずり出せるわ」
まぁ誰も進んでやることじゃあないから、誰もやらなかったわけなんだけど。可愛げもなく話をするアンナからは何かの意図があるようにも思えたが、流石に読み取れるわけでもなくアーサーは純粋にその情報を記憶する。
「その話はありがたいけど、なぜそんな話を」とアーサーはアンナに問いかけた、するとアンナは「察しなさいよバカ」とむすっとした表情をした。察せないから聞いたのだが、アーサーはきょとんとしているとアンナはやれやれとため息をつく。
「あたいたちも協力してあげるっていってんのよ」
「たちって、マジすか?」
「ピースサイドとしては当然の選択よ、うちのチームリーダーも承諾してるし。何より……」
「何より……?」
「別に、ただやっぱり飴玉系は邪魔だし排除してくれるのなら美味しいってだけ」
アンナはそっぽを向きながら、「浮雲亭で作戦会議でもしない?」と誘ってきてくれた。丁度泊まっている宿屋だったのでアーサーとフラットはこれをあっさりと承諾した。シャウトの壁から離れていく最中、何度か視線を感じたので地味に撒きながら移動することになってしまった。目を付けられたというのは分かっているが、実際行動をはじめるとなると大変だな。アーサーはまた、ため息をついた。
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一方その頃。
不慣れな暗殺任務を終え、暇つぶしにカローラ教会へ護衛として雇われた狙撃手グラッジは想定外の事態に動揺していた。護衛任務は順調だったが、暗殺のほうが実は失敗していたという事実のほうが心臓に悪い。どうしてそう分かったかといわれれば、実際この目で生存を確認してしまったといえばいいのだろうか。今日の昼頃に教会へ見学にやってきていた旅人が、まさにそれだったのだ。不慣れだったからこそ上手くいったと安堵しきっていたグラッジには衝撃的すぎる光景だった。目標はアーサーと呼ばれている一人の少年なのだが、確かに頭は打ちぬいたのだ。まさか記憶違いを起こしているわけではあるまいに。
このことがばれれば依頼人に何を言われるか分かったものではない、それどころか何をされるかも分かったものではない。危険すぎる匂いを滲み出させている依頼人は、断るという選択肢を問答無用に叩き潰すようなものだったのだ。
次の対抗策を練りながら与えられた部屋で仕事道具の調律を行ってはいるが、やはり混乱状態は解けていないらしく手間取るばかりだった。
「……誰だ」
部屋の扉の向こうに誰かがいる。それは恐らく暗殺者などではない普通の人間らしいことは、気配で分かる。「鍵は開いているぜ」と促せば、できるだけ音を立てないようにそれは扉を開き、堂々と部屋に入ってきた。
客人は、最近教会に保護されたばかりらしい銀髪の孤児だった。最近保護されたとあってこの教会の毒にはまだ侵されていないらしく、目の輝きだけはしっかりとしている。
その後ろには小さな女の子もいた。そちらは前々からいる孤児でグラッジも面識があったが、どうしてこの場にいるのかは分からない。
「依頼をしたい」
銀髪の孤児は見た目に似合わないハッキリとした言動で、それもまたばっさりと切り出した。こんな孤児から依頼? グラッジは怪訝そうにしながらも「話を聞こう」と答える。正直なところ、面倒くさい任務だったら断るつもりだった。
「ここから脱走する、手を貸して欲しい」
「護衛任務ってところか?」
「そうなるな」
「だが何故に」
銀髪の少年は懐に隠し持っていたらしい機械……グラッジにとっても馴染み深い端末を取り出し、投げ渡した。それを受け取り眺めてみれば、任務内容とその正当性を保障する特殊なページが開かれている。どういうことだとグラッジは喉から出そうになったが、ある一行を見てそれを押さえ込んだ。あんなやつ《フェイト》に飼われるぐらいなら、いっそブリテンについたほうがいいに決まっている。考えやがるなバン王も、いや、ブリテンの王もか?
「いいぜ、その任務受けてやる」
久々にいい煙草も吸えそうだ。