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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
03:疑心回帰。
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死臭。

 若き王は語る。

 『私』はあの日、世は地獄だということを思い出したのだと。

 

/


 街外れの海岸付近に一つ、潮風と波によって削り上げられた高台が存在する。灯台にも見えるそれは一つの立派な教会だった。

 荒削りな階段をあがるにつれて、風にのって流れてくる甘い香り。ルカから聞いた話によれば、教会には花畑があるらしく見た目だけは綺麗だという話だった。ついでに言えば、花畑には入るなと強く念を押されていた。それらを含めても、アーサーは異質なほどの違和感を覚えていた。ただ確証がないだけで、違和感は違和感のままだった。


『カローラ教会。』


 架けられた板にはそう焼きつけられていた。花冠の教会、その名の通り教会を囲む庭園は花に塗れ、潮風にその花弁を揺らせている。隔離された植物園のようだとアーサーは捉えたが、フラットはなんだか居心地が悪そうに表情をゆがめていた。

 交わす言葉も無いままに花畑を注視してみれば、数人の小さな子供たちの姿を視界に映す。全員が修道服のような服を着ていることから、近所の子供たちというわけではないらしい。遠目からみた全景を思い出してみれば、もしかしなくてもここは孤児院も同時に経営しているのだろうかという憶測に達する。

 フラットが警戒していたのだから相応の場所だろうと考えていたのだが、雰囲気を見てもそうは思えない。普通の、教会じゃあないか。

 それでも、潮風が吹くたびにむせかえるような甘い香りが鼻に付くのが、ほんの少し不愉快だった。


「おや、貴方たちは」


 待ち構えていたのか、妙にいいタイミングで神父らしき中年の男性が教会から出てきていた。神父はアーサーが身につけていた銀時計を目にしたところで、表情を穏やかにしながら「そういう事情でしたか。ようこそいらっしゃいました、旅のお方」と形式的な挨拶を取った。どうやら見学にきた旅人と思ったらしい(実際そうではあるのだが)。

 そのまま神父は教会内を案内してくれるらしく、大人しくついていくことにした。最近はこういった宗教に興味を持つ若者が少ないらしく、こうやって教会までやってくる旅人もかなり珍しいのだと、神父は零していた。

 

「……月信仰っすか」 


 聖堂までやってきたところでフラットが呟く。聖堂に設置されていた女神像は球体、恐らく月を抱えていた。月を神格化した、海辺ではポピュラーな信仰だという話をマーリンから知識として聞かされていたので、特に疑問を持つことはない。何故海辺だから月なのかという話はあるが、そこまでは考える必要もないだろうと判断する。

 フラットは先にジェシーを探すので別行動すると、さっさと許可を取って離れていってしまった。別行動自体に異議はないが、フラットの表情といい雰囲気といい、やっぱりどこか苛立っていると感じる。

 しかしそれよりも、アーサーは聖堂にいた子供の様子のほうが気になって仕方がなかった。

 祈っているという風には見えない、ほんの七歳ぐらいの少女。それだけなら特に気になるわけではないのだが、はたから見ていて何か引っかかるものがあった。あまり社交的な子ではないのかもしれないと思おうとすれば、他にも似たような子供がいることに気が付いてしまう。世話をしているらしいシスターに話を聞いた。だが「子供たちは皆孤児で、心に大きな傷を負っている」という「説明」を受けるだけだった。それでも違和感は拭えなかった。

 心的外傷で常にぼうっとしている、というには些か妙な雰囲気だった。子供たちの様子はどちらかといえば、意識が朦朧としているといったほうが正しいのかも知れない。これに関しては殆ど経験論で考えているため間違っているのかもしれないけれど、それでもやっぱり妙だとしかいえないのだ。


 というか全部妙だ。


 ちぐはぐ、というべきなのだろうか。先ほどから聞き流している神父のお話も、仕事に明け暮れるシスターたちの動きも、外で花を摘むのに勤しむ子供たちの様子も。何も違和感はないはずなのに、本当に正しいはずなのに、「何かがおかしい」。それを言ってしまえば、この教会についてから思考ばかりが加速しているアーサーも、ある意味ではおかしいのかもしれないと自ら思う。

 

 ──まただ。


 潮風にのって突き抜けていく甘い匂い。開け放たれた窓から雪崩れ込んでくるのだろうが、いい加減うざったいといえばそうなる。甘い匂いが重なると逆に気分が悪くなっていく、かわりに思考速度があがっていくのは何故なのだろう。


「あの、」


 思い立って、アーサーはまず神父に許可を求めた。


「花畑を見学してもいいでしょうか」


 神父は驚いた様子だったが、また穏やかに「いいですよ」と許可してくれた。ルカにいくなと念を押されていた花畑だが、ここまでくると行かねばならない衝動に駆られていく。予感、というよりも確信に近い。何かがある、具体的に言えばこの違和感の原因が、花畑に。

 急く気持ちを必死に抑えながら花畑へやってくると、今まで異常に濃い甘い臭いが鼻腔を劈くどころか、喉を焼く。その中で楽しげに花を摘んでいる子供たちが、アーサーの存在に気が付いてふわふわとした足取りで近寄ってきた。「こんにちわ!」と子供、三つ編みの少女がぼんやりした表情で挨拶をする。アーサーも焼ける喉の痛みに耐えながら、「あぁ、こんにちは」と返した。交わされた会話はたいしたものではなかった、世間話と言うやつだ。だが。

 どさり、と花畑の奥で何かが倒れる音が聞こえた。

 嫌な予感がする最中、少女はまったく気にせずに摘み取っていた花を一輪、こっそりとアーサーに手渡してくる。


「お花あげる、みんなには「ひみつ」よ?」


 無邪気な笑顔にアーサーは恐怖を知りながらも、なんとか取り繕った笑顔でその場を乗り切ると少女が去っていく。花畑の奥へ。

 アーサーはこの花畑の異臭に耐えられなくなり、フラットと合流しようと踵を返す。


「……?」

 

 ふと足元に引っ掛かるものを感じた。何か踏んでしまったようだ。特に意識もせずに足元へ視線をやる。

 布に覆われた何かがそこにあった。

 何かは、何だろう。

 この異臭は、集る虫の蜜は何?

 花に埋もれ隠された、腐敗した肉の塊にしかみえないこれは、なんだ?

 


「──ッ」


 

 アーサーは乾き震えた声で小さな悲鳴をあげると、気が付いた頃には花畑から逃げるように駆け出していた。違う、逃げるようにではなく「逃げていた」のだろう。それも今までこの街にきてから、ずっと逃げていたのだろう。飛び飛びになってしまっていた記憶のなかで焼きついた臭い。何が甘い匂いだ、何が花畑だ。何が、ひみつだ。

 何を勘違いしていたのだろう、一体どうして間違えていたのだろう。

 大体何を期待していたのだろうか。こんな街で、信仰? 馬鹿馬鹿しい、あるわけがないじゃあないか。


 死臭。


 死臭だ、死臭に満ちている。腐っている、腐敗しきっている。 

 思考は加速していくにつれ、吐き気は大きく揺れていく。

 気が付けば、教会につづく階段まで降りてきてしまっていた。


「砂糖が何から作られるか知っているか」


 背後からかけられる声、フラットに酷似したそれは語る。

 砂糖。それが麻薬だという意味をアーサーは知っている。

 声は答えも聞かずに語る。


「人を焼いた後に残る灰だ」


 後頭部を撃ったような、いや銃で撃ち抜かれたような衝撃がアーサーの思考と感情を確かに叩く。

 アーサーのなかで、ようやくこの街へ来た意味が具現化する。具現化したそれはおぞましい悪魔に相応する意志でしかない。閉ざしていた思考が現実を認めていく、見ているつもりで目をそらしていた実状を、改めて認識しなおしていく。


「あんなモノの為に、人が死ぬのか」


 乾いた声が遠くに聞こえる。

 呼吸の音ですら、殺人的に。


「あんなモノの為だけに、人を殺せる人間ものがいるのか……ッ!!」


 振り向きざまにフラットの胸倉捕らえ引きずり出したそれは、冷ややかな目をしていた。その目の主をアーサーは知っている、知らないはずがないし、今まで気が付かなかったのがおかしいのだ。どうしてアーサーの無謀な旅を許可したのか、どうして彼がこのルートを提案したのか、そもそもどうして彼が来たのか。確かにフラットはここにいるし、偽物ではないけれど、今まで中に潜んでいるモノは、いっそいなくてはおかしいのだ。


「ならばお前はどうする、【アーサー】」


 既に油はばら撒かれているぞと、いっそ何か愉しむように見えて何も感じていないその目の主は、火種と言わんばかりにあるものをアーサーへ差し出した。

 何も変哲もない、拳銃だった。あっけないほど簡単に人の命を奪う道具を認識し、アーサーは今まで燻っていた感情の正体を確信する。

 見て見ぬふりをしていたつもりだった、恩があるからそういったことは思ってはいけないのだと、半分怯えるように考えていたから。だが今はもうそうは思えない。開示すらしなかった思考に決定打が刻まれる。

 疑問はあった。どうして皆彼のことを知人として知っていたのか。

 疑問はあった。どうして今こんなことになっているのか。

 疑問はあった。今まで出会った人物の共通点に、何故彼がいるのか。

 疑問は、あった。信じたくなかった。

 意図は知っていた。一度ブリテンに帰ったあの日に既に知っていた。

 知っていた。信じたくなかった。だがもう逃げられない。

 

 そして今にふつふつと湧き上がる感情に名を授けるならば。



「答えは結果でみせてやる、そうだろう、【マーリン】」



 それこそ「怒り」と呼ぶに相応しい。


 アーサーは差し出された拳銃を奪い取るように掴むと、その重みに絶望染みた感覚を記憶する。だがそれ以上に遠巻きに誘導されていた行動にのってしまうことが、酷く不愉快でならないのだ。それでも前に進むしかないのだろう、言い聞かせながら吐き気を飲み込んだ。酷く嫌な味がした。


「本当に最悪な日だよ、くそったれ」


 お前が王だ。なんてよくいったものだ、結局面倒を押し付けただけじゃあないか。

幕開け。

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