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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
03:疑心回帰。
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鉛弾。

「──ッ、!?」


 精神が攣るような感覚で、アーサーはようやく意識と肉体が接続された。

 飛び起きた、というべきなのだろうか。頭の中がぐらぐらしていて、その上身体全体がだるい。今の状況を把握するためになんとか眼球を動かして観察するが、今のところ個室にいて、簡素なベッドに寝ていたということぐらいしか分からない。部屋の様子を大雑把にみたところでアーサーはやっと目が覚めたような気がした。窓に視線をやれば、柔らかな光が差し込んでいる。どうやら朝、というよりかは昼の時間帯らしい。

 個室の端にはアーサーの荷物がまとめて置かれているのを見て、とりあえずは安堵の息をついた。


「おそようさんっすよ」


 個室の扉を開いてやってきたのは、いうまでもなくフラットだった。ということは、宿屋か。そこでようやくアーサーのなかで警戒心が解ける。だが解けたことによって、自分の状態を知ることになる。まずは口の中がカラカラだった、そして頭には包帯、腕などにはいくつかのかすり傷。記憶が途切れた後何があったのだろうか。ジェシーはどうしているのだろうか。疑問というよりかは不安が脳裏を掠めていく。


「……えっと、どんな状況」

「狙撃手にアタマち抜かれて運ばれてきて、目が覚めたってところっすかね」

「待って」


 どういうことだそれは。

 いやどうしたことだそれは!?

 フラットが告げた報告には彼の言動からして嘘はいっていないということは確かに分かる。だがしかしその内容が予測の斜め上かっとびすぎてアーサーには理解できなかった、狙撃手に頭を撃ち抜かれた? その時点で訳が分からない。最後にあたるであろう記憶は、ジェシーと共に逃げていて、追い詰められてしまい一巻の終わりかと思ったら、葬儀屋アンダーテイカーを名乗る少年が乱入してきた。そこまでだ。

 だがあの状況下で狙撃手が出てくるのだろうか、あの騒動自体殆ど偶然起きたもの、そこまで用意周到だとは思えない。


「事は思ってる以上に複雑ってことっすよ、アーサー」


 見かねたフラットが釘を刺すように言い、アーサーの思考を一時的に切断する。


「複雑……とは、どういうことなんだ」

「まぁ、話の続きは飯食いながらにしましょうや」

 

 腹減ってるっしょ。と付け足したフラットの言葉に答えたのか、ぐぅ、と小さく腹が鳴った。そういえば昨日の夜は気分でもなく食べなくて、朝は寝ていたのだろう、そして今は昼。腹が鳴るのは仕方がないことではあったが、ほんの少しだけ恥ずかしかった。



/


 浮雲亭は宿屋と冒険者の斡旋所を兼任している一風変わった酒場だった。

 とはいっても大通りに面しているわけでもなく、裏通りに位置する場所の関係もあってか利用する人は大体常連客ばかりらしい。木製のテーブル席に腰掛けている人々は冒険者リーヴではなく、ごく普通の旅人だということは空気で分かった。

 アーサーとフラットはカウンター席に座り、それぞれ適当に料理を注文すると、唐突に背後から声が掛かる。


「あ、生きてたんだ」


 振り返ると、アーサーは反射的に目を見開いた。

 くすんだ赤い髪に翡翠の瞳。見間違えるはずがない、あの時乱入してきた葬儀屋アンダーテイカーを名乗る少年だ。フラットは「ご挨拶っすねぇ」と緩く返しているのだが、動揺を隠し切れないアーサーはまともに反応することすら出来ない。下水道で出会ったあのインパクトが凄まじすぎたのだ、その様子をみて葬儀屋アンダーテイカーを名乗った少年は苦笑する。


「ここまでビビられると逆に面白いよね」

「何やったんすか」

「別に? 『タンク』らしく庇っただけだよ」

「……アーサーの反応見るに信じられないんすけど」

「少なくとも頭ぶち抜いたのはボクじゃないからね、そこだけは信じていいよ」

「てめぇのどこに信じるに値するものがあるんすかねぇ」


 棘のある会話にアーサーが置いてけぼりをくらっていることにフラットが気がついたらしく、「とりあえず自己紹介っすかね」と話の流れを切り替えた。


「改めて名乗らせてもらうけど、ボクはルカ。ルカ=フェード・ホプキンス。葬儀屋アンダーテイカー所属の傭兵さ」 


 ルカ=フェード・ホプキンス。アーサーはそのフルネームを聞いて別の意味で驚いていた。フェード・ホプキンス、マーリンから聞かされた話の中に極々在り来たりな勇者の話があったのを思い出す。中身は簡単な内容ではあったが、やたらマーリンが勇者のことを侮辱的にいっていたのがかなり引っ掛かっていて不思議と覚えていたのだろう。

 そして勇者の名前が、アルス=フェード・ホプキンスだったのも確かに覚えていた。

 フェード・ホプキンスという家名自体がかなり珍しい構成だ、恐らく、かなり高い確率でそういった関係の人物なのだろうと思い至る。だが問題は後半のことだった。

 ルカという少年を改めて観察しても、アーサーは彼にたいしてすこし幼い印象を持つ。その所為か彼の口から飛び出た物騒な単語が異様なギャップとなっている。

 戸惑うアーサーの様子も気にせずに、フラットはこっそりと耳打ちをする。その内容にもまた驚かされるわけなのだが。葬儀屋アンダーテイカーというのはその筋では有名な暗殺ギルドのことらしい。何故そういったことになっているのかは分からないが、目の前のこのルカは、とんでもない猫かぶりだ。正直ギャップが凄まじくて信じたくないものなのだが、アーサーはそう前でもない時間に彼の本性の片鱗を見てしまっている。

 ルカが「とりあえず昨日のことだっけ?」と特になんでもない様子で聞いてきたので、アーサーは小さく頷いた。そうだ、今は驚いてる場合ではない。


「あの時発砲された弾はボクが全部抱え込んだんだけど、一発だけ防ぎきれなかったのがあったんだよね」


 こつん、とルカが話しながら取り出したのは一つの鉛弾だった。「キミの頭に食い込んでた弾だよ」と丁寧に教えてくれたのだが、正直にいえばぞっとした。そんなことお構いなしに悔しかったなぁと語るルカだが、その前に全部抱え込んだという情報自体色々おかしいだろうとつっこみたいが、話が進まないのでアーサーはスルーを決め込んだ。


「それが狙撃手?」

「そうそう。確かグラッジっていう名前だよ」

「知り合いなのか」

「うん、同じギルドメンバーだよ」

「……」

「あぁ言っておくけど、葬儀屋アンダーテイカーはあんなド低脳マフィアとは手を組んだりしないからね。多分別の人の依頼とだぶったんじゃあないかな」


 だぶったというのは標的がという話なのだろう、そういう話だったのなら本当に運の無い話になる。正直どうして狙われるのかは考えるまでも無かったのだが、それよりもどこで情報が漏れたのかが不思議だった。自慢ではないが一般に公表されているアーサーの情報は殆ど偽物で、現実替え玉のアンクが民衆にとってのブリテン王になっているだろう。だからこそ普通の情報網では、アーサーがアーサーだということに気がつくのはそういった王族関係者か、余程詳しいかのどちらかなのだ。(尚、冒険者リーヴは例外とする。)

 いやまて。

 そういう話以前の問題があるじゃないか。



「……そういえば何で俺は生きてるんだ?」



 今までの話に嘘がないと断定するなら、疑問点はそこだ。

 人は脆い、弱点がとにかく多い、どんな怪我でも死ぬときはアッサリ死ぬ。骨折で人は死ねる。頭に関する怪我ならそれ以上の確率で死ぬはずだ。なのにどうして自分は生きている?


「推測っすけど、カリバーンの力じゃないっすかね」

「カリバーンの?」

「多分そんな感じがするってだけっすよ、理由付けは出来ないっす」


 その推測に、アーサーは何だか事実を適当にぼやかされた気がきた。

 しかしそれを問い詰めようとする前に、フラットが話の流れを元に戻してしまう。


「それはそうと話を戻すっすけど、グラッジってやつは白い髪をしたやつのことっすか?」

「ボクの知ってるグラッジは、確かに白い髪をしてるけど」

「……まじすかぁ」


 答えを聞いたフラットは崩れるようにカウンターにうつ伏し、ぐったりと脱力する。どういうことだろう、フラットはアーサーの知らない間にそのグラッジと呼ばれる狙撃手に会っていたのだろうか。疑問符を浮かべていると、ルカが思い出したように声を上げた。


「あ、そうだ。あの銀髪の子なんだけど」

「ジェシーのことか?」

「恐らくそれなんだけどね、ボクのほうで保護しようかと思ったら教会に持ってかれちゃった」

「えっ、教会あったんだ!?」

「驚くところそこなの!?」

「いやてっきりないものかと」

「その偏見には俺も同意するっすよー」


 教会というか宗教と言う概念がこの街にあったことが驚きだ。それも含めて今日は驚いてばかりなのだが。 それでもアーサーはすこし安心していた、素人目にみてもかなりヤバイ状態だったジェシーは、ちゃんと大人の目の付くところに保護されたのだ。教会ならそれでこそ安心できる。この街に根付いている宗教が邪教でもない限り問題はないはずだ。


「アーサー、これ食い終わったら教会いくっすよ」


 問題、ないはずなんだが。フラットの冷静な声で言い放った提案に先ほどの安心感が一気に崩落する感覚を覚える。曰く、「なんか油断したらやばい気がする」らしい。確かにそうだ、油断は危険だろう。この街においては本当にそうなのかもしれない。フラットはこの街についてからというもの様子が変だ、きっとアーサーよりも多くの情報を得ているのだろう。いや、この予感が当たってしまったら、本格的にこの街に安心出来る場所はない気がするのだが。

 その前に、この街は地雷原なのかもしれない。そんな印象は早くはがれて欲しいものだとアーサーはため息をついた。

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