誰そ彼は終わる。
ヴィオラ王とラビットが話してる間、アーサーとモルドレッドは待合室で待機することになった。出された茶や菓子に手を出すまでもなく、ただ時間だけが過ぎていくと思いきやそんなに時間がたつまでもなく、「意外だな」とモルドレッドが重く閉ざしていた口を開いた。
「先を急ぐと思っていた」
「待つのは慣れてる」
「そうか」
モルドレッドはどうやら話題を探しているようだった。視線をうようよ漂わせては目蓋を閉じる、一体どうしたのだろうか。
「今回の件、どう思っている」
どう思っているというより、どうする気だと聞きたいのだろう。どうするもなにも、何もする気ではない。むしろこれが終わってからが仕事といえるのかもしれないし、そこらへんはまだ微妙としかいえない。しかし馬鹿正直に答えるなら、すこし小難しい話になってしまうだろう。
「……例え話にしようか」
「例え話?」
「その方が得意だからな」
例え話で通じなかったら、それはアーサーの伝達力不足だろう。
「モルドレッド、あんたはゲームってやったことあるか? カードとかじゃなくて、機械を使う、ロールプレイングゲームっていうの」
「オーグニーのものなら」
「オレも多分オーグニーのやつやってたんだと思う。古い機体だけどマーリンにやらしてもらってたんだ。勇者になって魔王倒すようなやつ」
マーリンの娯楽にかける情熱はおかしい。
暇を見つけてはそういうゲームで遊んでいる、アーサーも時折だったがやらされていた。画面に絵が映ったときは心底びっくりしたものだ、箱の中に人?がいる。まさしくそうにしか見えないから仕方がないのだが、そのカラクリを説明されたときに絶望感は半端ではなかった。まるでサンタの正体を知った子供だなとその時のマーリンに言われたが、サンタというモノを知らないアーサーにはサッパリ分からなかった。
「で、ああいうのって大体長いから途中で記録するだろ、セーブってやつ。あれ幾つか分けられるんだけど、その中にマーリンがやってたデータがあったんだよ。それ最後の敵倒す前のデータでさ、エンディング、見てないんだと」
その話を聴いていたモルドレッドは分かりやすい疑問府を浮かべた。
あたりまえだ、なんでそこまでして最後まで遊ばないんだと。
「最後の方ってさ、出来事を自分の好きなタイミングで起こせるだろ、物語を途中で止めて、強くなってからいくみたいな」
「よくあるな、サブイベントとかを消化する」
「そうそれ。ゲーム自体はラストダンジョンに入らないと物語は進まない」
まるで時が止まったように、というのはすこし表現違いだろうか。
ゲームの中ではプレイヤーが時計の針のようなものだ、プレイヤーが動けば時間は進む。とまれば、時間は絶対に動かない。ゲームのなかでは物語と時間はイコールなのだろう。
「で、マーリンはいつもラスダンに入る前に全部見て回ろうとするんだ。でもそれでやってると、エンディングを見るのをやめてしまうんだと」
「なぜだ?」
同じ疑問をアーサーはぶつけたことがある。そんなにやりこんだなら、ちゃんと最後までやるべきなんじゃないか? とだがマーリンは苦笑しながらその質問に答えてくれた。
「終わらせたくなくなる、って。エンディングを見たら今までやってきたものとか、全部終わるから」
盛り下がるとかそういう意味ではなく、ただ単純に終わらせるのが名残惜しい。寂しい。まだ遊んでいたい。そういう気分が募って結局エンディングはみないんだと、マーリンはいった。
そして絡まる感情や舞台が違うだろうけれど、同じ構図をとっている状況が今目の前にある。
「きっかけを起こせばいつでも終わらせられる、だったらやり残しがないようにしたい。でも色々やってると段々と終わらせたくなくなる……」
「なるほど、今のハイドレンスと同じだな」
「伝わってくれて俺は嬉しい」
何年も続く戦争。長く続きすぎて、日常的になりつつあるそれは、いざ終わらせようとすると踏ん切りがつかなくなる。このままの関係である意味では落ち着いていた現状を、変えたいと願っていても変えられない。そういう話だ。
敢えて物語が進まないように止まっている、それは誰にでも言えることだ。誰も現れることがなければ、ずっとこのままだったのだろう。だが理由はどうであれ聖剣争奪戦が起き、連鎖反応で訪問者が現れてしまった。そしてどちらが先であっても些細なきっかけで双方が動き、ずっと黙り込んでしまっていたラビット……スオンが動き出すことになった。
アーサーは、今回何もしていない。
ただすこしだけ、助言にもならない後押しをしただけ。それで十分だったのだ。
「お待たせしました、アーサー様」
「ただいまー!今戻ったぜ!」
話し合いから戻った二人はどこか雰囲気が変わっていた。疲れているようだが、それでさえいっそ清清しいといわんばかりの笑顔は雨上がりの紫陽花のようだった。そんな二人を見て、アーサーはようやく自然に微笑む。いや微笑むつもりなんてなかったのに、どうしてか綻んでしまったのだ。
「……話をする必要はないみたいだな」
「お察しの通りだぜ! これから忙しいなるなー。な、ヴィオラ」
「えぇ、あなたには沢山頑張ってもらいますよ」
ヴィオラ王は改めてアーサーのほうを向き、一度静かに頭を下げる。
「アーサー様、今までの無礼をお赦しください。そして感謝を送らせてください」
「俺は何もしてないですよ」
「いえ、きっかけはどうであれ、あなたが来たお陰で私達は前に進む決心がつきました。ありがとうございます」
あぁまったく、こういう時はなんていうべきだったかな。
そうだ。
「どういたしまして、リエンス王」
/
その後、ハイドレンスでは初となるウリエンスとリエンスが両方参加の会議が行われ、ラビット……ではなくスオンは仲介者としてその席に座ることになった。会議は初めは難航の兆しを見せたが、スオンの説得や双方の努力によってこれを乗り越え久しく穏やかな会議となったという。まだ二つの領が一つになるまでは時間が掛かるそうだが、実現は確かなものだろうとモルドレッドは語る。
一旦マーリンの呼び出しをもらい、極秘ではあるがようやくブリテンに戻ることが出来たアーサーはその報告にほっと安堵する。後日ハイドレンスの双方は聖剣争奪戦からの辞退を表明、そしてブリテンへ友好の証として二つのレイピアが送られた。
聖剣エクスカリボール。
エクスカリボールは二本あったというのが衝撃的だったが、ブリテンはこれを受け取った。二本のエクスカリボールは、一振りはアーサーが、もう一振りは今のブリテンを必死に支えてくれている替え玉のアンクが所持することになった。
ずいぶんと長い寄り道だった。アーサーはため息混じりに思う、滞在期間は短かったが長かった。
さて、ごたごたを終えての朝。アーサーは旅の準備を終えて裏門にたっていた、聖剣の湖へ向かう為の旅なわけだが現状多く引き連れる程の余裕はないし、実施秘密の旅である。それでも流石に単機でいくことは出来ないので、ある人に応援を頼んだのだが……。
「何で本人が来ますかね」
「いいじゃねーっすか」
「よかねーよ国はどうした」
「仕事の出来る部下がいるんで問題ないっす!」
まさかバン王本人が来るとは思っていなかった。確かに誰かいい人を紹介してくれとは頼んだが、本人が来ますかね普通。ベンウィックに残された部下とやらが不憫だろうに。
今は少ないが街に出れば冒険者もいる。手が必要なら彼らを頼ろうというのがバン王……というよりフラットの考えらしい。
「じゃ、行くか」
「おーっす」
わざと大きな深呼吸をして、アーサーとフラットは朝靄の中に歩みを進めたのだった。