到達。
城に入り、出迎えたのは見覚えのある魔法使いだった。あの湖に落ちる原因となっていた箒部隊たちはずっとウリエンス側だと思っていたが、実はリエンス側だったようだ。城は見た目よりも広くどこか質素な印象を受ける。歩いていく人々の数はまばらで、此方も此方で人手不足を感じさせた。ウリエンス領の城はまだ派手さを感じたのだが、こちらはそういった趣味はないらしい。
魔法使いに先導され案内されていくアーサーは、ふとラビットの表情が暗いことに気がつく。明らかに思い悩んでいるとしかいいようのない顔、ラビットはあまりポーカーフェイスを気取ることは出来ない性質らしい。いや、そういう性格はあった当初から分かっていたのだが。
「ラビット、大丈夫か?」
「……え、あぁ、えっとなんの話だっけ」
この反応にはモルドレッドもやれやれと頭を抱える。
正直に言えばこの先の展開はラビットにかかっている、彼女がどう動くか。アーサーたちはそれを後ろで支えたり、援護したりするだけだ。と言うかそれしかできない。いやそれが今回の役目なのだろうけれど、かなりの緊張感という重荷をラビットに任せてしまっているのは事実だ。
「ははっ、何かもうカッコつかねぇな。いざってなるとすっげぇ怖い」
緊張を解くようにラビットは無理に笑ってみせる、「怖い」という単語にすこし違和感を持ってアーサーは言葉を返すとラビットは「あ、別にヴィオラが怖いとかそういうのじゃなくてさ、なんつーの?」と慌てたように続ける、いや焦っているのかも知れない。ほんのすこし足を速めて先を歩くラビットの背は、今までの印象を覆すように小さかった。そうだな、今まで男だと思っていたが女の子だったんだよな。第一印象がかけていたフィルターが剥がれた事実は、今更すぎる罪悪感を小さく芽生えさせる。
「先に進むのって、こんなに怖いんだなって」
小さな声だったはずなのに、いやに鼓膜に響いた。その言葉を聴いてアーサーはなんとなく、ラビットが言いたいことは分かった気がした。そして現状をようやく理解出来たといってもいい。人間関係が捻じ曲がっているように見えて、ほんの少し複雑に考えていた思考を一気に排除する。そうか、今はそういう状態だったのか。確信染みたその状況把握にアーサーはようやく地に足がつく感覚を覚える。
一歩先を進むラビットに今いってやれることはあるかといえば、実際のところあんまりない。自信がないというより後押しするのがすこし怖い。ぐらつく思考はすこしだけ緊張と焦燥を煽って感覚を鈍らせていくが、それさえ振り払って思ったことを口に出す。
「怖いのは最初の一歩だけさ」
一見無責任にも聞こえるだろうその言葉を聞いたラビットは、一度自分の頬を叩いて深呼吸をした。表情を見るに覚悟を決めたようだった。
さて。
「初めまして、アーサー様。スオンとモルドレッドはおひさしぶり」
礼儀正しい王だとアーサーは感じた。
玉座の間に通されて待ち構えていたのはリエンスのヴィオラ王。容姿端麗、詳しく表すなら青く、まっすぐ伸びた髪。整った顔にローザと同じ色の瞳。長身、蒼を基調にしたシンプルなドレスがよく似合っている。ただ笑顔よりも憂い顔が似合う魔女……というより預言者やそういう神に通じた類の空気を感じる。
しかし、それらを統合してもヴィオラ王は王というより騎士に近いとすら思う。そして彼女が腰に下げているレイピアを見た瞬間に直感する。あぁ予測は当たった。ちろりとイヤーカフが震える。
エクスカリボール、名前を聞いたときから嫌な予感はしていたがはやりそうかそうなのか。
アーサーが一人警戒心を募らせる中、ラビットとヴィオラ王はどうやら仲がいいらしくヴィオラがラビットと話したがっているように見えたのでアーサーはそちらを優先させるように伝えた。どちらにしろ急く話ではない。そもそも誰も急く必要などないのだ。この国で起きていることは。
奥の部屋へ向かっていくラビットを、アーサーは何を思ったか呼び止める。
「ラビット」
「ん、なんだ?」
「月並みだけど、行って来い」
「……あぁ、行ってくる!」
ヴィオラ王を追いかけるように駆け出したラビットの背を見送りながら、アーサーは珍しく祈っていた。何をどうとか、そういう風ではなくただ単純に上手く行くことを祈っていた。何に、といわれれば漠然としていて分からない。無神教者なアーサーには祈りという行為は酷く不慣れで、むしろ心配していたのかもしれない。こういった話は得意じゃないとつくづく思う。モルドレッドといえば相変わらず無表情だったが、やはりどこか思うところはあるらしく唸っていた。
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「妙な空気だな」
あまり目立たないような風貌の冒険者が、ぼんやりと呟いた。
雨の中傘をさして人目につかないように歩きながら、ゆらりと視線を漂わせる。視線が捉えたのはリエンス城、少年は雨の音を聴きながらぼんやりと考える。この予感は一体なんだろう、なにか糸が通り抜けていくような感覚のさきにあるのは何だろう、勘が告げている。何かが起こる。いや、何かが終わる? こんなにかすんだ予感は、彼にとっては初めて感じるものだった。騒動が起こるにしては穏やかな、終わるにしても賑やかな。
「随分長かったからなぁ、ここの姉妹戦争は」
冒険者の隣に並ぶようにやってきた黒い三角帽子を被った少年は、どこか遠くにみるようにリエンス城を眺めている。冒険者にはその視線に含まれた意味を知らない。
「ローディはハイドレンスの歴史、どこまで知ってる?」
少年は問う。ローディと呼ばれた冒険者はすぐに首を横に振った。彼にとってハイドレンスは未知の国でしかなく、もっと言ってしまえばただの通過点でしかなかったからだ。
魔法と雨と花の国ハイドレンス。魔法道具の質は大陸一、歴史なんてただ二つの領土に別れて争っている程度しかしらない。あぁでも、聖剣争奪戦に参加しているとかそういう話は現在進行形だから歴史には含まれないだろう。
「多分、じきに終わるだと思うぜ」
「何がだ」
「姉妹喧嘩」
どこか寂しげに少年はいう。彼は、ふと少年から聞いた話を思い出す。あの少年確かこの国の出身で、色々ごたごたに巻き込まれた結果に冒険者になったのだと。人の過去を色々聞くのたタブーだと彼は思っているので詳しくはつっこまないようにしていたし、むしろ考えないようにしていたのもあってすこし驚きだった。
そもそも少年と行動しているのは仲間たちと合流するためだったのだし、深く考えていなかったのは仕方がないだろう。
少年は一歩前に進んで歩いていく、くるくると傘を回しながら楽しげに。
彼は頭痛に悩まされながらもついていく。雨の音がすこし耳障りになってきた、色々な音の中を歩いてきた彼だがここまで来ると飽きてくる。あぁ、寒い。本当に寒い。ウリエンスは賑やかだったというのに、なんでリエンスはこんなにも静かなんだ。静かなのは落ち着かない。
ふと、彼の鼓膜は歌を耳にする。聞きなじみのないリズムは明らかに少年が口ずさんでいるようだった。どうやらこの少年はこの予感を楽しんでいるらしい、しかもかなり上機嫌だ。やれやれ、自分で撒いた種だろうによくやりよる。冒険者はため息一つつくと、少年へ向けて言い放つ。
「なぁラビット」
「何だよ」
「前から思ってたけど、お前ほんっと性格悪いよなぁ」
振り返った少年ラビットは、年齢よりかけ離れた憎たらしい笑みを浮かべていた。