断章/魔法使いが見た世界。
蛇足的な話。本物のラビット=ファルーカはひたすら寂しい。
大昔の話だ。
スオンという姫は自分にそっくりの魔法使いに出会った。
自分にそっくりな魔法使いはラビットといい、自分は希望の魔法使いだと名乗った。
楽しい日々だった、スオンはラビットと一緒に遊ぶのが楽しかったし、ラビットもスオンの事を気に入っていた。
互いが血の繋がった双子だということが発覚してからも、スオンとラビットは仲のいい友人だった。
──こんな気分は何年ぶりだろうか。
ラビット=ファルーカは偶然見つけた「それ」に、興味よりも遥かに早く突き動かされるような衝動を感じていた。
初めは本当にただのそっくりさんだと思っていた、これは本当だ。けど彼女が自分と生き別れた双子の妹だと知ったとき、ラビットは一抹の嫉妬を感じていた。たいしたものではない、年端もいかない兄が新しく生まれた妹に嫉妬するのと同じだ。
スオンは姫で、自分は流れの魔法使いだ。スオンには魔力があって、ラビットには魔力というモノがまったく存在していなかった。双子。それにしては差がありすぎる双子だと、幼いラビットはその差によって自分の中に醜いと分類されるであろう感情の存在を知った。
塒を巻く嫉妬。
ラビットは常に笑顔だったし、スオンもいつも笑顔が輝いていた。けれど違う、決定的にラビットとスオンは違っていた。
スオンにはさらに双子の姉がいる。双子の姉たちにスオンは常に愛されていた、いい意味でも悪い意味でも、それでも愛されている事実に代わりはなかった。ラビットは違った、血が繋がっていると発覚したあとでもその中にあった時間の隙間は埋められない。どうしようもない差はラビットという存在を拒絶する要因にもなっていた。決して目の前で「家族ではない」といわれたわけではない、ただ自分と彼女らの間にある距離が、ひたすらに遠かった。
ずっと捜し求めていた家族。血の繋がった、姉妹たち。旅の過程でマーリンに出会い、カスほどにもない魔力をすり減らしながらも捜し求めたそれは、すでに箱の中の存在だった。
「初めてだよ、こういうの」
こんなことならば見つけなければよかった。
ずっと夢の中の存在にしていれば、妙な孤独に苛まれることもなく疑問すら感じずに、ただ愚直に旅をしていられたはずだった。
ラビットは初めて自分の運命を呪っていた。
しかしそれでもスオンは、ひたすらにいい子だった。
吐き気がするぐらいのいい子だった。いい子すぎて、不条理に恨むことすら出来ない。思考の熱暴走がおこす空回りはラビットを苦しめていた。
「ラビット」
「なんですか師匠」
「……いや、なんでもない」
とうとうそれに耐え切れなくなったあの日。ラビットはスオンに一つの魔法をかけることになる。
心臓を生かすための魔力を削り飛ばしてまでかけてしまった一つの呪い、どうなるのかラビットには分かりきっていたがそれでも止められるはずはなかった。止める理由がなかった。いやあったのかもしれないけれど、誰も止めてくれなかったのだ。誰にも、ラビットという少年の姿は映っていなかったのだから仕方がない。ひたすら耐え続けた孤独に終止符を打つように、折れた杖で弧を描き、使い魔のサファイアに最初で最後の命令を下す。
砕け散った良心が、最後の最後で悲鳴をあげていた。
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その結末は、一人の冒険者が見届けていたという。
家族というものは大変だ、基本的に互いの距離は近く、形式的なものでどうにかできるものでもない。かといって離れすぎてしまえば精神に大きな溝が出来てしまう。
多くの冒険者が家族との縁を切ってしまうのは、その面倒くささと離れすぎたときにできる疵の痛みにある。
しかし普通は家族の縁など早々切れるものではない。腐れ縁のように延々とひっからんで来る事だってよくある話であって、因縁などがあれば何かしら再訪することになってしまう。
あのラビットという少年は、不運だったとしかいいようがない。
純真無垢だったあの少年は、同じく純真無垢な少女の登場によって絞首台への道を駆けおちていくことになってしまった。しかも殆ど自分のせいで、殆どが自分の中で崩壊していった。傍らでみていた冒険者にとっては、少々厳しいものであった。話したところでどうにかなる話ではない。救えるわけがない、その場にいても自分はその場にいないものだから。手を伸ばして届くわけがない。
結末は見えた。見届けた。だが決着がつくのはいつのことになるのだろうか、冒険者には全く見当が付かなかった。彼が残した最後の呪いは、彼女の中に生き続けている。きっと死ぬまでそれは噛み付いて離さないのだろうし、そんなことになっているなんて彼女はまったく気が付かないに違いない。
自覚なしに加速していく崩落への道を止めるものはいない。今現在の段階では。
願わくばこれから先の未来へ傾く過程の中で、それをとめるものが現れてほしいものだ。マーリン? あれは期待するほうが間違いだろう。
「おいメビウス、そろそろ」
「分かっている」
「……なぁ」
「何をぼうっとしている、いくぞ」
──ハイドレンスを去る冒険者の歩みは、ひたすらに軽いものだった。
(世界はいつも、優しきものには手厳しい)
(哀れんでくれる女神は、既に世界を見放したのだろうか)