訪問者。
「なぁラビット、今でいい、今すぐでいい。謝罪させてくれ」
「うぇい!? べ、べつにオレのことは気にすんなって、だってオレがオレのこと話さなかったからアーサーだって知らなかったんだしさ、な? ほら顔あげて、な? な?」
ハイドレンス国、リエンス領。
ウリエンス領の対極に位置する通称「正道の国」。幾多の歴史が伝えられる中、このリエンス領はいつでも間違いのない選択をしてきたとされている。ただ間違いではないというだけであって、本当に正しいのかどうかは観測者にゆだねられるとかないとか。
リエンス領にほぼ強制連行というよりかは物語に従うように流れ着いたアーサーは、貸してもらった傘で雨を凌ぎながらリエンスの城下町を歩いていた。そして全力でラビットに対して謝ろうとしている。むしろ謝らせてくれと懇願するような勢いで。
「スオン様。自国ではせめて敬語を、そしてせめてもう少し女性らしく」
「その呼び方すんじゃねぇって言ってるだろぉ!? モルドレッドォ!?」
ラビットはラビットではなく、スオンと呼ばれるハイドレンスの姫だった。
姫だった。
女の子だった。
そんな素振一切なかったが女の子だった。
思いっきり男子だと思っていた。訳が分からないといえばそうなのだが色々ごめんよラビット、本当に男の子だと思っていたんだよ、許しておくれラビットくん。じゃなくてスオンさん。
冷静になろう。
今目の前にいる、今までずっとラビットだと思っていた人物は実は別人だったのだ。
『スオン=ハイドレンス』。それが彼……彼女の本当の名前、そしてその名前から察してそのとおりに、彼女は分裂しているこのハイドレンス国の姫君だ。ハイドレンスはそれはもう気が遠くなるような時間この国は内戦に明け暮れている。王が二人いる現状で姫君の立場は相当危ういものとなっているらしい、だから今までずっと身を潜めていたそうだ。他に実在する「ラビット」という少年の姿と声を借りて、ずっと自分の存在を隠していたのだという。
他に実在する「ラビット」というのは、スオンの双子であり現在行方不明だということも聞かされた。マーリンは、スオンに関しては口裏をあわせていたのだろう。
我ながら絶望した、何にといえば男女も見抜けない残念な目に絶望した。いや声まで借りていたのだ、見抜けなくても仕方がないのだろうが何がどうということではない、これは男として失格だ。おのれマーリン、分かっていて黙っていたな。貴様腹の底で笑っていたな。見える、見えるぞ、次会ったら今度こそ殴ってやる。
「とにかく! アーサーもそんなに気にすんな! モルドレッドは黙ってろ!」
「すまん、ラビッ……、スオンさん」
「無理に呼び方変えなくていいからな、むしろ今までどおりでいいからな?」
「いやでも」
「今までどおりにしねぇと腹に一発叩き込む」
「あっはい分かりました」
言いくるめられアーサーはため息をつく。モルドレッドもまたやれやれと首を振っていた。
そういえばモルドレッドのことだが、スオンに雇われた傭兵だったそうだ。しかしアーサーを拉致しようとした件にスオンは無関係らしい。聞いても頑なに話そうとはしない、
ひとまず拉致の件に関してはモルドレッドの独断行動とみてよさそうだ。
さて、アーサーたちは今リエンス領の王の元へ向かっている。
リエンス領にたどり着いてからすぐの話だ、やってきた白金の鎧を着た騎士に招待状を渡された。リエンス領の王、ヴィオラからの「お茶会」の招待状だった。言い渡される話はもう目に見えている、手段は穏便で平和的に見えるが結局はウリエンスの王ローザと同じだろう。これでヴィオラ王が聖剣の一つを抱えていたならそれでこそ確定だ。ラビット(スオンではあるが以降もこれで通すことにする)の言っていた「ローザが聖剣争奪戦に参加しているかもしれない」という話も粗方肯定できてしまう。
なぜ肯定するはめになってしまうのか。
まず最初に、アーサーはここに来るまで「なぜ自分が追われていたのか」その原因をずっと考えていた。最初はまったく分からなかった、なにせ情報がなかったから。だが現状に到るまでいくつかの情報を拾い集めることはできた、現状手元にある情報のパーツたちを組み合わせると自然に見えてくるものがある。
大前提として「何かに追われる」というのは、「それだけの価値がある」ということだ。そして「何かに呼ばれる」というのも、「それだけの価値がある」ということでもある。
今のアーサーに価値があるとするならば一つしかない、カリバーンだ。聖剣の一つに数えられるとされる銀の杖カリバーン。価値があるものはそれだけであり、それを追い求める理由も暫定的ではあるが一つしかない。それが聖剣の一つであるが故、狙われるのは必然でしかない。逆算的だが、ウリエンスとリエンスの両方が「聖剣争奪戦」に参加しており、カリバーンを獲得するために動いている。という結論だ。
──まぁ、これらの話はリエンスのヴィオラ王にあってから確信を得る話であるが故的外れである可能性も大いにある。あるが、正直これしか考えられないのだ。
「ヴィオラ王は聖剣の名を冠する武器の一つを所持している、その予測は間違ってはいない」
モルドレッドが、これもまた頑なに肯定するのだ。
「エクスカリボールと呼ばれるレイピアをヴィオラが所持しているというのは、冒険者の中では有名な話だからな」
「冒険者の中では?」
「やつらは秘密主義だ、重要だと知っていても一般人には流さん」
彼の話以外にも、ヴィオラのいる城に向かう途中で人に話を聞いたらこれはもうぼろぼろと言わんばかりに「王がまた新しい遊びに手をかけた」というような話が零れるのだ。嫌な予感はよく当たる。アーサーは正直に言えばうんざりしていた、利用するのはいいが利用されるのはごめんだ。城へ歩みを進めるラビットの表情は険しい、考え込んでいるようにもみえる。
アーサーは歩きながら、とにかく思考を回していた。このままいってもウリエンス領のときと同じことが起きるだけだ。何をすれば流れは変わるのか、ラビットに任せればいいという思考も存在はしていた。今の自分が訪問者だということも重々承知しぬいていた。だがラビットの正体を聞き、そして先ほどの結論に仮定であれど達したお陰で放棄は出来なくなっていた。
たしかにアーサーは訪問者だが、アーサーはこの話においては重要な立ち位置にいる。マクガフィンではなく、行動することによって何かを変えられる立場にいる。恐らくこのハイドレンスの戦争の終止符を直接つけることは出来ないだろう、だが、終止符への「後押し」することは出来る位置にいる。
ベンウィックのときと同じだ。
考えてみればベンウィックのときもアーサーは訪問者となんら変わりない立場にいた、だが「後押し」はできた、「後押し」をした。その結果上手くいったのだ、たまたまだったかも知れない、偶然だったかも知れない。そしてその偶然が今回も起こるとは限らない。しかし、アーサーは今回だけは動かなければ後悔するとすら感じていた。
なぜかは分からない、ただそう思うだけだった。だけだったが、理由はそれで充分だったのかも知れない。
「なぁラビット」
「ん?」
「もしも、もしもの話なんだが。ウリエンスとリエンスがまだ争うつもりだった場合、ラビットはどうしてやりたい?」
「……そうだなぁ」
ラビットはまったく考える素振も見せずに言い放つ。
「今度こそ仲直りさせたい」
雨の中に聞いたその声を信じよう。身勝手な行動かも知れないが、責任は負えばいい。仮定が仮定でなくなったとき、確信に変わり果てたときが勝負の始まりだ。アーサーは何となくではあるが、少しずつ自分のやり方と言うのを見出せるような気がしていた。恐らくこの騒動の後押し、それが上手くいったときが決定打になる。
これはハイドレンス内のウリエンス領とリエンス領の争いでラビットが主役の舞台だが、その中の訪問者はただいるだけではないのだろう、訪問者には訪問者の役目がある。意志がある。行動するべきときもある。
自分を妄信するように進むしかないときだってある。
「行こう」
アーサーは、ようやくその一歩踏み出した。