魔灯。
それは可憐なるお茶会からはじまったことだという。
「戦争をしましょう、お姉さま」
互いを抱擁する双子の姫、その片方が耳元で囁いた引き金はあっという間にこの国を戦火で焼き焦がした。
真っ二つに分かれてしまった魔法の国、花は焼かれ大地は枯れ、挙句の果てに十字架は朽ちた。
人々は嘆き、星は国を憂いて泣いていた。
だが双子だった姫はいたって遊戯のように駒を進め、一方は聖剣を持ってして戦い、一方は悪魔を従えて迎え撃つ。
何年もの月日を持ってしてもその火は消えうせることもなく、やがて国はごく自然に対立を認め、ごく自然に互いを敵視するようになっていた。
双子だった姫はいずれも魔女となり、今でも飽くことなく遊戯に明け暮れているそうだ。
「馬鹿馬鹿しい」
しかしその傍ら、賢者は久しくため息をついていた。
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「魔法の国、か……」
前略、アーサーは目の前に広がる魔法文明の固まりに呆然としていた。
黒い三角帽を被った魔法使いたちが平然と行き交う仄暗い街には、簡単に言ってしまえば魔法で溢れかえっている。炎ではない光源が連なり、様々な魔法具を売る商店街。三階層で形成された居住区、高い空は背の高い建物によってひびが入ったように見え、時折人ではない妖精らしきものたちも飛び交う。勿論、移動手段に当たり前に箒があったりするわけで。
ベンウィックとはまた違う異世界感漂うこの場所は、ハイドレンスのウリエンス領というらしい。
──なんだかその辺にマーリンがいそうだな。
どうしたものか、アーサーはため息をつく。
「あれが天文台、で奥に見えるのが闘技場な」
「天文台はわかるけど、闘技場って」
「おう、あそこで模擬戦闘とかしたりするんだぜ!」
「へぇ……」
「じゃ、お次はぁ~」
ずるずると手を引かれながら、どうしてこうなったのかをひとまず整頓する。
湖に落ちてそのあと、アーサーはある人の家に保護されていた。ある人というのは、今アーサーの手を引いている魔法使い見習いを名乗る少年『ラビット=ファルーカ』のことだ。彼が湖の近辺でアーサーをみつけ、そのまま家に連れ帰ったという説明をアーサーは聞いている。さて、この状況なのだが。実はすこし厄介なことに、ラビットはアーサーをどうしてか「お忍びで外に出てきた高位の魔法使い」と勘違いをしており、人助けのつもりなのか何なのか、城まで送ると言い出したのだ。
城にいって身分を明かせばブリテンに連絡をとってくれるかもしれない、とは思ったのだが此処までいたるまでに「追われて湖に落ちた」ということがあったので、あまり派手に動きたくはないというのがアーサーの本音だった。なのであまり気は進まないが、若干の嘘をつきラビットの家に転がり込ませてもらった。そしてラビットが街を案内すると言い出したので、現状の場所をちゃんと知っておきたかったアーサーはそれに乗った。……というところだ。
「ほんとに賑やかな街だよなぁ」
「そりゃあ華のウリエンス領だからな、でも昔はもっと賑やかだったんだぜ」
「そうなのか?」
「あぁそうさ、今色々起きててさ。いや起きてるのはいつものことなんだけど、状況が違うっていうか……ま、難しいことはわかんねーや」
しかしこのラビットという少年、何というか物凄く素直というべきか真っ直ぐというべきか、輝かしい性格をしているので事実上彼を騙して利用しているアーサーは非常に苦しい思いをしている。あぁ、輝くキミの笑顔が辛い。
だが今のところ彼にしか頼れない、なにせ自分はこの国のことを何も知らないし、身分証明品はイヤーカフとなっているカリバーンだけなのだ。それ以外はある程度は取り戻せたものの、彼がいなければこんな風に警戒を緩めることも、着実な行動も出来なかっただろう。元鼠のアーサーとはいえ生きていた世界は籠も同然だったのだ、流石にこういった状況下で強く生きていけるほどの強さは持ち合わせてはいなかった。人間、環境が変わっても本質の強さなどはやはり変わるものではないらしい。
「なぁ、ラビット」
「ん、どした?」
「すこし休憩しないか……? 朝からずっと歩きっぱなしだと流石に……」
「あ、そういやそうだな。じゃあ休憩すっか! えーと、あ、あの喫茶店のケーキ美味しいんだぜー! あそこで休憩な!」
元気がまだ有り余っているらしいラビットは、金色で羽のようにふわふわした髪を揺らしながら喫茶店に突っ走っていく。若いってすごい。だがアーサーもまだラビットと同じぐらいの年齢なのだということを忘れてはいけない。自分もあの街にいたころにはあれぐらいの元気はあったはずだ、最終的に野垂れ死にそうになってはいたが。
本来ならばこんなことをしている暇はないのだが、現状をよく分かっていない以上少しずつ歩いていくしかない。追ってきたあの箒部隊や、逸れてしまったが自身を拉致しようとした魔法馬乗りのことも気になる、大体ロト王が自分を(というよりカリバーンを)狙っていた理由も分かっていないまま、もっと言えばどうして五と六の王たちがこのタイミングで同時に動き出した理由もわかっちゃいないのだ。
どの道一度落ち着いて情報を集めて、物を考える時間は必要だ。
「アーサー、実はけっこー疲れてたりすんのか」
「いや、大丈夫」
「ならいいんだけどよー」
とりあえず一旦頭を休めよう、アーサーは一度頭を振り熱を払い落とすとラビットに引き摺られながら喫茶店に入る。
ふわりと漂う紅茶の香りに混じって匂う、魔法の匂い。相変わらず魔法具が多いらしい。ラビットはこの店の常連らしく、店員と話をし始めていた。すっと、店内を見渡してみる。それなりに人はいるが、やはり少年少女の姿は少ない。当然だ、今は授業の時間らしいから。明らかに学生であろうラビットがここにいるのは、彼曰く「必須科目は全部済ましたから出なくても大丈夫」らしい。彼、意外とすごいのだろうか。
アーサーはふと何かの視線を感じ、そこに視界を映すと思わぬ姿をそこで見ることになる。
「えっ」
「やぁ、アーサー」
「……なんであんた此処にいるんだよ」
場違いな着物を着用しているそれは見間違えるはずもない、賢者マーリンだった。
しかしそれよりも驚く出来事が降りかかる。ラビットがマーリンの姿を見つけると、すこし驚いたような顔をしてすぐさま駆け寄りこういったのだ。
「あれ、師匠じゃんかー! なんだ帰ってきてたのかよー」
「おぉラビットか。久しいな」
「久しぶりも久しぶりってレベルだぜ! 師匠!」
師匠。
どういうことだおっさん《マーリン》、説明しろ。
「そういえばまだアーサーには話してはいなかったな、ラビットは私の弟子であるのだよ」
「師匠、もしかしなくてもアーサーの知り合いなのか?」
「アーサーは私の弟子二号だ」
「そうだったのか!」
「まて、誰があんたの弟子だって?」
ようするに、マーリンはアーサーの(認めるのは非常に癪ではあるが)師であり、同時にラビットの師であったらしい。偶然というのは此処まで来ると恐ろしいものだ、まさか偶々自分を拾った人物がそういう関係をもっていたというのは。偶然にしても幸運すぎる。
マーリンは相変わらず胡散臭い笑みを浮かべながら、まぁ座れとアーサーとラビットに言う。丁度いい機会だ、逃げないうちに色々聞かせてもらおう。
アーサーは珍しくこの幸運に感謝した。